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世界が木の葉のような色に包まれたこの時。僕は桜が来るのを待っていた。昨日の空とは桁違いに美しい青のグラデーション。その上、今日はオシャレをしてきた。それは、今日で桜に会えなくなるかもしれないから。最初から一人でこの世を去る予定だった。多分、桜は僕のことをなんとも思ってないから。僕をほっといて、何処か別の場所に消えてしまうのかな。そんなことを考えると胸が苦しく感じ咳き込んだ。唇につけた口紅を拭い、もう一度塗り直した。今日は雨の音は聞こえない。だから、綺麗な儘で逝ける。今日で終わりにするんだ。生存逃走を、自分の手で終わらせてみせる。
不意に、昨日のことを思い出した。
「いつ死のうかな」
僕はずっと迷っていた。当然、未練はある。僕には愛する母がいる。だが、そんな母も今では持病も兼ねて非常に厳しい状態だ。僕をここまで育ててくれた恩はとっくに返した。もう二度と僕の名前を呼んでくれる家族はいないから。極端なことを言えば認知症と鬱気味な症状に悩まされている。具体的に言えば生活保護の恩恵を受けているのだ。
僕は歩道橋の周りをうろつきながら人気が無くなるまで待ち続けた。当然、空腹気味で吐きそうだった。水分もまともに取れず。
もたもたしていた結局、雨が降ってしまった。消灯時間を待ち、遂にこの世と、琥珀美羽とさよなら、だ。
今思えば精神的に不安定だったのもあって言動が支離滅裂だった。桜には申し訳ないが僕にとっては恋をした出来事にしかならない。でも、いつまでも幸せなわけが無い。
「いつ死のうかな」
この思いはどう頑張っても消えないのだ。人間誰しも弱い、違いはその弱さに甘えて没落してしまうか自らの力で這い上がるか、だ。
「みーうさんっ!美羽さん…? 」
はっと我に帰り、桜に会釈した。僕は目を丸くした。そこには昨日の桜とは違う人が立っていた。すると、桜は僕の口元に人差し指を押さえつけて
「唇、とても綺麗ですね。」
と、囁いた。その声にビクッと肩を動かしてしまった。
咄嗟に焦って話した。
「あ、桜さん…お早よう御座います。」
「あ…ごめんね!?美羽さんってこういう軽いスキンシップって慣れてないんですか?」
「あ、は…い」
「今日の服装めっちゃ可愛いですね」
「え…そうですか?桜さんの方が綺麗で…可愛らしい…ですよ。」
「ありがとう!今日、どんな一日にするんですか?」
「あ…イチゴ狩りに行きたいなぁっって…」
上ずった声を漏らした僕は頬を赤くした。桜は僕の頬に手を当てて
「イチゴ狩り、行きましょうか」
と、優しく撫ででくれた。死んでしまいそう。俗に言う、恥ずか死ぬというものだ。桜は無意識に人をきゅんとさせてくる天才だった。桜の綺麗な髪飾りを見つめていると彼女は僕のピアスを褒めてくれた。桜は褒め上手だ。今すぐにでも手を繋いで桜の感触を知りたかった。桜の甘い香りが僕の鼻腔を刺激した。
ここがイチゴ狩り体験ファーム”いちごのせかい”だ。一人で千円払えば、直ぐに体験を行うことが出来る。僕は、二千円を払って入った。だが、今日は食べられるイチゴが限られていた。苺蜜という品種だ。苺蜜の特徴は口溶けの良さ、優しい甘さ、特徴的な柔らかい赤色、加工するにもピッタリなイチゴだ。
僕が白色のカゴを持って桜に手渡した。今日は食べ放題まで含まれているから爽やかな朝の栄養補給にはピッタリだ。桜は目を輝かせ、このせかいにある実を探し回っている。その姿は宝を縦横無尽に探し回る天真爛漫な少年のようだった。言葉遣いは綺麗なのに仕草が無邪気だ。そのギャップに度々、生命を狙われている。
僕は実っていたイチゴを二、三個採ってカゴの中に入れた。その姿は光り輝く宝石のように美しさと透明感に包まれていた。すると、桜は僕に近づき僕の採ったイチゴにかぷっと齧り付いた。
「ん、美味し…」
その行動にドキッとしてしまった。体中に熱が走った。顔が赤くなってないだろうか。気づかれたらマズい!と思いつつ桜に齧り付かれたイチゴを離すことが出来なかった。
恥ずかしずきて頭が真っ白になり、我慢できなくなった僕は
「あ…桜、さんっ!僕…の」
と、嫌がった。すると、桜は咥えていたイチゴを離し背中を向けた。急な冷たさを感じた。
急な沈黙が訪れた。まだ僕達以外にここへ訪れた人は居ないからこの沈黙は辛い。すると、桜は肩を竦めて、採ったイチゴを頬張り始めた。
気まづい空気から抜け出した僕は一人で奥のイチゴを採りにいった。だが、そこは禁止区域だった。蜂が屯していたその区域に侵入して、イチゴを採取していた。耳元に蜂が飛んでいる羽の音が聞こえた。びっくりして癇癪を起こしてしまった。それに気が触った蜂がキレて僕の方に飛んできた。僕はそれに驚いて目を瞑ってしまった。怖くて震えていたら誰かが僕を引っ張り出した。
目を開けると黒髪ロングの女性が顰めていた。僕は体を震わせていた。ふと、女性は桜の方を見つめて僕に
「お連れの方ですよね。ここは立ち入り禁止区域です。危ないですので」
と、注意した。名札には「岸辺舞」と書かれているのを見た。舞と言えば、スーパーで売っている生産者の名前で見た気がする。
僕はあそこで採取したイチゴを没収されてしまった。まだ、開発途中のイチゴなのだろうか。桜の元に向かうと
「どうして、私から離れたんですか?」
と、訊かれた。出来れば答えたくない。だが、黙ってやり過ごす訳もなく。
「イチゴを…採りに、行っていました。」
桜から離れたくて、離れて採取していたら必然性に禁止区域で採取していたのだ。
桜はほっとしたかのように、僕に抱きついた。わぁっ、と驚き後ろに下がった。
「良かった、嫌われちゃったのかなと思っていました。」
「嫌いに…なん、か…」
「え…?」
感情に任せて会話していたらつい、ポロッと本音を言い出すところだったが、理性が正常に働き判断能力が戻ってきた。
「なんでも…ないです」
そう返答すると、桜が気分を切り替えたかのように
「わぁ~楽しかった…また行きましょう」
「あ、はい…」
“また”ですか…。その、”また”が来てくれるのを僕は勝手に期待してしまうのだろう。
“いちごのせかい”から出た後に桜はバスのチケットを取り出して
「昼間は美羽さんが楽しませてくれたから今度は私が美羽さんを楽しませます。」
桜は深呼吸し、一息置いて
「まだ、帰らせませんよ」
と、呟いた。その瞬間背中から風を感じた。心地の良い爽やかな風に身を任せ、桜の手を握り
「…連れてってください」
と、言った。桜の瞳がきらきらと輝いて見えた。とても繊細で綺麗な瞳。その瞳に吸い込まれていく感覚に陥った。僕たちはバス停のベンチで他愛のない会話を試みた。少しだけ、人と話すことに慣れた。バスが着いた停車音が耳に届き、繋いでいた手を握ってバスの中に入った。
コメント
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表現が好きです! こういう小説があるとは思わなかった.....