「そっか、良かった」
そう言ってニコッと笑ったかと思ったら
「でもね、悔しいけど隊長はもっと強いよ」
彼の顔は笑ってはいるが、どこか切なそうな顔をしていた。
倒れている男たちは、応援の隊士たちに任せて最後の往診に向かう。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
いつものおばあちゃんの家だ、月城さんとも来たことがある。
「いいんだよ。あら、今日は違う人なんだね」
「はじめまして」
さっきの出来事など何もなかったかのように、小野寺さんは愛嬌よく答えている。
おじいちゃんを診てみる。先日とあまり変わりない。この前と同じ薬を飲んでもらって、様子を見てもらうように伝えた。
「じゃあ、また来ますね」
そう言って帰ろうとした時、おばあちゃんに呼び止められた。
「この間ね、来てもらった日なんだけど、小夜ちゃんたちが帰ったあと、若い女の人が訪ねて来たの。この辺りに最近越して来たのらしいけれど、病気を患っているんだって。どこで聞いたのかわからないんだけど、薬師の小夜ちゃんのこと教えてほしいって言われたの。小夜ちゃんのお家と、私の知っていること教えてほしいって言われて答えちゃったんだけど、いいわよね?変な人じゃなかったし」
病気があるのに、引っ越して来た先に薬師がいないといろいろと不安だろう。
「もちろん、いいですよ」
そう答えたとき、隣で聞いていた小野寺さんが
「おばあちゃん、その人の引っ越して来た先って聞いた?」
「そう言えば、聞かなかったわね。あの人も言わなかったし。この辺りって言ってたわよ」
そうか、と静かに呟いた後
「確かに女の人だった?」
「ええ。綺麗な若い女の人だった。身長が高かったけれど、お化粧もしていて着物も高価なものを着ていたわよ」
「よーく思い出してほしいんだけど、首にさ、痣みたいなものがなかった?」
おばあちゃんは悩んでいたが
「ああ、あったわ。お顔は綺麗なのに、もったいないわねって思ったわ」
「そっか、ありがとう。最近、物騒だから知らない人が訪ねて来たら気を付けてね」
またねっと言って、玄関から出る小野寺さん。私もその後に続く。
珍しく静かな小野寺さんに
「どうかしましたか?」
そう尋ねると
「なんでもないよ。俺たちが捜していて逃げている女の人がいるんだけど、特徴が一緒だったから報告をしなきゃいけないなって思っただけ。さあ、今日は帰ろうか」
その後は、小野寺さんらしくない無言が続いていた。
帰宅をすると
「一条様に荷物が届いています」
家で警備をしていた隊士さんにそう言われた。
二つ荷物が届いていて、一つは見てすぐわかるものだった。
「あっ、私の薬箱」
それは、修理をお願いしていた私の薬箱だった。
「もう直ったんだ」
仕事の時は常に持ち歩き、長年愛用していたものだったので、久しぶりに触ってみると感触が懐かしい。
「すごいな、あんなに切れちゃってたのに」
真っ二つに切れてしまったとは思えないほど、綺麗に修復をされていた。
もう一つは、風呂敷に包まれている。
なんだろう、そう思い開けようとすると
「危険なものが入っているかもしれないから、俺が最初に確認するね」
小野寺さんが結ばれている風呂敷を解いてくれた。
「ん?着物?」
そこには、薄桃色の生地で桜の刺繍が施されている着物が包まれていた。
「これって……」
この着物は、月城さんと薬箱を修理に出したあとの着物屋で、私が綺麗だと思って見ていた物だった。
「どうして?」
そこには一通、手紙が添えられていた。
「小夜に似合うと思って、俺が勝手に買ったものだ。気にしないで着てほしい」
たったそれだけの一文だった。
「もうちょっとさ、色気のあること言えばいいのにね、隊長もさ」
横で手紙を見ながら、小野寺さんが呟いた。
「どうしましょう。こんな高価なもの」
私なんかが着て良い物じゃない。一生の中でも縁がないような品物だ。
「いいんだよ、気にしないで。そう書いてあるじゃん」
「でも……」
「着てあげなよ。喜ぶよ、隊長も。返品とか、逆に失礼じゃない?」
どんな思いで買ってくれたのだろうか、私は月城さんのことを思い出せないでいたのに。思わぬ贈り物と、複雑な思いで涙が出そうになる。
「えっ、なんで泣きそうなの?」
小野寺さんも驚いている。
私は送られてきた着物を抱きしめて、堪えきれなくなり、泣いてしまった。
早く会いたい、そう願ってしまった。
会って直接お礼が言いたい、なぜ昔のことを黙っていたのか知りたい。
私が思い出せなかったことを怒っているのか聞きたい。
「会いたい……」
聞き取れないような声で漏らしたつもりだった。
そんな私を見て、小野寺さんは一つの提案をしてくれた。
「小夜ちゃん、隊長に会いたい?」
「えっ」
もちろん会いたい、けれど、彼は今任務中だ。
邪魔をするわけにはいかない。
どの道、一週間ほどで戻って来てくれる約束だ。
それまで待てばいいことなのに。
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