テラーノベル
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冷酷な教育係が耳元で囁いた、呪いのような言葉。
そして、三年前のあの九月十五日。
王宮を襲撃したのは、ジェルが語った「反乱軍」などではなかった。
私の正体に気づき、影武者ごと王女の存在を抹殺し
王位継承権を力ずくで奪い取ろうとした、本物の王家の親族たちの刺客だったのだ。
地獄の業火に包まれ、逃げ惑う私の細い手首を掴み、死の淵から掬い上げたのは──
血塗られた剣を握りしめた、若き日のジェルだった。
彼は足元で虫のように息絶えようとしている本物の王女を、感情の失せた冷ややかな眼差しで見捨てた。
そして、腰を抜かして震える私の手を取り、暗い瞳の奥に狂気を宿してこう囁いたのだ。
『本物は死んだ。今日から君が、僕だけの……世界でたった一人の本物の王女になるんだ、シェリー』
彼は、私を救ったのではなかった。
彼は私を「王女」という名の最高級の駒として拾い上げ、自らが影からこの国を支配するための
美しく従順な「偽りの象徴」へと丹念に作り替えたのだ。
あの宝石のような優しさも、肌を焦がすほどの溺愛も、すべては私が「ただの村娘」であることを永遠に忘れさせ
彼が望む完璧な女王へと私を洗脳し、塗りつぶすための、甘美な毒薬に過ぎなかった。
「……全部、全部嘘だったのね。私には、最初から何もなかった」
鏡の中に映る自分を見つめる。
月の光を吸い込む白銀の髪、王家の格式を誇示する高貴なドレス
そして……あの日
ジェルが執拗に付けた指跡が消えないままの、白く細い首筋。
そこに写っているのは、誇り高き王女などではない。
一人の男の歪んだ狂気によって過去を剥奪され
生きながらにして美しく装飾された、哀れな亡霊の姿だった。
「──ようやく、思い出してくれたのかい。愛しい僕のシェリー」
背後で、重く冷たい扉の閉まる音が、この世の終わりを告げる断頭台の音のように響いた。
振り返ると、そこにはいつの間にか、影そのものと化したジェルが立っていた。
彼は怒るでもなく、むしろようやく目覚めた幼子を慈しむような
それでいて絶望的に冷ややかな眼差しで私を見つめている。
その手に握られた漆黒の弓が、窓から差し込む青い月光を浴びて、毒蛇のように鈍く光った。
「君は、僕が泥の中から拾い上げ、僕の心と魂を削り続けて作り上げた、世界で一番美しく、完璧な傑作なんだ……」
ジェルの影が、床を這うように、ゆっくりと、けれど確実に私の足元を侵食していく。
記憶の檻が砕け散ったその場所で
私は今、逃げ場のないジェルの真の狂気という名の底なしの深淵を、その目に焼き付けていた。
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