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燃えていた。
家も。
畑も。
空も。
すべてが赤かった。
炎が夜を塗り潰している。
木が弾ける音。
誰かの悲鳴。
崩れ落ちる屋根。
熱気は肌を刺し、煙は喉を焼いた。
それでも緋色の少年――レウは逃げなかった。
――逃げられなかった。
足首に繋がれた鎖が、彼を地面へ縫い付けている。
結果を知りながら、鎖を引く。
ガシャン、と鉄が鳴る。
もう一度。
ガシャン、と鳴る音は変わらない。
鉄はびくともしなかった。
「……はは、」
乾いた笑いが漏れる。
当然だ。
今さら外れるわけがない。
十六年間、一度だって外れたことがないのだから。
レウの瞳は赤かった。
血のような、真紅に染まった眼。
だから忌み子だった。
だから嫌われた。
だから鎖を付けられた。
村人たちは口を揃えて言った。
化け物だ。
災いを呼ぶ。
近付くな。
レウ自身は、そのどれも信じていなかった。
ただ、自分の目が他人と違うことだけは知っていた。
皆と違う。
それだけで十分だった。
人は、自分と違うものを嫌う。
理由なんて必要ない。
炎が近付いてくる。
木造の家々はよく燃えた。
熱風が頬を撫でる。
髪の先が焦げる匂いがした。
死ぬのだろう。
そう思った。
不思議と怖くはなかった。
生きたい理由がなかったからかもしれない。
鎖に繋がれたままの人生だった。
自由になったことがない。
愛されたこともない。
だったら死ぬことは、案外生きることの続きなのかもしれない。
そんなことを考えていると、背後で何かが崩れた。
轟音。
火の粉が舞う。
熱風に思わず目を細める。
視界が赤く染まる。
炎。
炎。
炎。
どこを見ても赤ばかりだった。
その中でひとつだけ。
紫秋_4aki.
966
ただのあまとう
189
#stgr
ポテサラ
4,540
まるまろ
3
違う色があった。
青。
目を瞬かせた。
見間違いだと思った。
こんな炎の中に青なんてあるはずがない。
だが、それは確かに存在していた。
揺らめく熱気の向こう。
煙の隙間。
月明かりみたいな色が、そこに立っていた。
人影だった。
背が高い。
細い。
長い羽織をまとっている。
そして。
その瞳だけが異様だった。
青かった。
透き通るような青。
初めて見る色だった。
いや。
正確には違う。
青というもの自体は知っている。
空の色だと聞いたことがある。
海の色だとも。
だが彼は見たことがなかった。
鎖の届く範囲でしか生きられなかったからだ。
だから、その”青”は。
まるで物語の中から抜け出してきたみたいだった。
「……誰」
掠れた声が漏れる。
人影は答えなかった。
代わりに近付いてくる。
炎を避ける様子もない。
焦る様子もない。
まるで散歩でもしているみたいに。
やがて人影は目の前で立ち止まった。
こちらを見下ろす、青い瞳。
その瞳と目が合う。
数秒の沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは相手だった。
「生きてるんだ」
感想。
たったそれだけ。
「……は?」
「死んでると思った」
「いや、⋯生きてる、けど」
「そう」
興味なさそうに頷く。
会話が成立している気がしなかった。
変な奴だ。
そう思った。
少なくとも村の人間ではない。
その時。
相手の口元から覗いた牙が見えた。
長い。
鋭い。
獣みたいな牙。
レウは目を見開いた。
「⋯ヴァンパイア」
「そうだよ」
あっさり認めた。
普通なら恐怖する場面なのだろう。
人間を襲う怪物。
夜を支配する種族。
子供の頃から散々聞かされてきた。
だが不思議と怖くなかった。
目の前のヴァンパイアは、あまりにも気の抜けた顔をしていたから。
助けて、とレウが頼む前に。
ヴァンパイアは鎖を見た。
少年の足首。
鉄。
焼けた地面。
そして。
「邪魔だね」
そう呟いて、鎖を掴んだ。
次の瞬間。
バキン。
鉄が砕けた。
レウは固まった。
何が起きたのか分からない。
十六年間、一度も壊れなかった鎖だった。
大人が何人引っ張っても壊れなかった。
それが今。
枝でも折るみたいに砕かれた。
「……え」
「動ける?」
「え」
「動けるかって」
「いや、待って」
「待つの嫌い」
「ちょっと待って」
足首を見る。
本当に外れていた。
自由だった。
鎖がない。
重さがない。
信じられない。
夢みたいだった。
ヴァンパイアは欠片も興味なさそうに背を向けた。
「じゃ」
「え?」
「帰る」
「帰るの?」
「うん」
「ちょっと待って」
思わずさっきと同じ言葉を繰り返した。
ヴァンパイアが振り返る。
面倒臭そうな顔だった。
「何」
「助けてくれたんじゃないの」
「助けたよ?」
「じゃあ、」
「それで終わりでしょ」
それだけ言う。
本当に終わりらしかった。
感謝も要求しない。
名前も聞かない。
そのまま立ち去ろうとする。
理解できなかった。
どうして。
どうしてこんなことをするのだろう。
どうして見知らぬ人間を助けるのだろう。
どうして何も求めないのだろう。
分からない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
このヴァンパイアは。
今まで出会った人間よりも。
誰よりも。
孤独そうだった。
その背中が。
どうしようもなく。
独りに見えた。
「待って」
また呼ぶ。
今度はヴァンパイアも止まらなかった。
レウは立ち上がった。
生まれて初めて。
誰にも許可を取らずに。
自分の意思で。
一歩を踏み出した。
そして、その背中を追いかけた。
「ねえ」
ヴァンパイアは振り返る。
面倒そうな顔。
「何?」
「なんで助けたの」
「近くにいたから」
「それだけ?」
「うん」
嘘だろ。
そう思った。
だって、命を助ける理由としては適当すぎる。
けれど、ヴァンパイアは本気らしかった。
「じゃあ今度こそ帰るね」
「待って」
三度目だった。
男がため息を吐く。
「何」
「名前は?」
「らっだぁ」
「らっだぁ、?」
「君は?」
「レウクラウド」
「長いね」
「そんなこと言われたの初めてなんだけど」
「レウでいい?」
「別にいいけど」
「そう」
興味なさそうだった。
本当に会話が続かない。
そのくせ帰ろうとはしない。
だからレウは思い切って聞いた。
「どこに帰るの」
「城」
「城?」
「住んでるから」
「城に?」
「うん」
そんな奴いるんだ、と思った。
ヴァンパイアだからかもしれない。
よく分からない。
しばらく沈黙が続く。
炎が爆ぜる音だけが聞こえる。
やがてらっだぁが言った。
「じゃあね」
本当に今度こそ帰るつもりのようだった。
だから。
反射的に一歩踏み出した。
らっだぁの後ろへ。
らっだぁが止まる。
振り返る。
「何してるの」
「ついていく」
「なんで」
少し考えた。
なんでだろう。
自由になった。
どこへ行ってもいい。
もう鎖はない。
なのに。
答えは意外とすぐ見つかった。
「俺を見てくれたから」
らっだぁが瞬きをした。
初めて表情が動いた気がした。
「見たから?」
「そう」
「鎖のことじゃなくて?」
「違う」
レウは首を振る。
「俺を」
らっだぁは黙る。
炎が揺れる。
夜風が吹く。
「みんな、俺の目しか見なかった」
レウは続けた。
「気味悪いとか、呪われてるとか、災いだとか」
目を伏せる。
「そういうのばっかりだった」
炎の赤が瞳に映る。
「でも貴方は違った」
らっだぁは何も言わない。
「俺を見た」
少し迷う。
言葉にするのは苦手だった。
けれど。
「それに、行く場所ないし」
最後は誤魔化した。
らっだぁはしばらく何も言わなかった。
やがて。
「やだ」
と言った。
「え?」
「めんどくさい」
「ひどくない?」
「ひどいかもね」
悪びれもしない。
レウは思わず笑った。
変なやつだ。
本当に。
らっだぁは少し考える。
それから。
「俺の命令、聞ける?」
と聞いた。
「命令?」
「うん」
「なんで」
「ヴァンパイアっぽいから」
意味が分からない。
けれど、らっだぁは真面目そうだった。
「どんな命令でも?」
「たぶん」
「死ねって言われても?」
「言わない」
「なんで分かるの」
「言う気ないから」
それもそうか。
レウは少しだけ考えた。
そして頷く。
「聞く」
らっだぁが目を細める。
本当に青い瞳だった。
炎の赤の中で。
そこだけ違う色だった。
「じゃあ命令」
「何」
「勝手に死なないこと」
レウは固まった。
予想していなかった。
もっと変なものだと思った。
「……それだけ?」
「うん」
「簡単じゃん」
「そう?」
らっだぁは少しだけ笑った。
これが初めてだった。
笑った顔を見たのは。
「じゃあ来る?」
「行く」
「後悔しても知らないよ」
「しないよ」
「即答するんだ」
「だって」
前を向く。
青い瞳のヴァンパイア。
夜の中を歩いていく背中。
不思議と。
その背中はもう孤独には見えなかった。
「行く場所ないし」
もう一度そう言った。
半分は本当で。
半分は嘘だった。
たぶん。
レウは最初から決めていた。
鎖を壊した瞬間から。
この青い瞳の男についていこうと。
そうして二人は歩き出した。
燃え尽きていく村を背に。
誰もいない夜の中へ。
城へ向かう道は暗かった。
けれどレウには、不思議と前より明るく見えていた。
NEXT=♡1000
またまた新連載です。
最近新作無限に思いつくんですよ。
ほかの作品書けてないけど((
今作はレウさんとらっだぁさんのお話です。
人外らっだぁさんが好きすぎる。
のんびり更新するのでお楽しみに。