テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
共に夢を叶えることを約束した二人は、早速行動を起こすことにした。 消灯時間を過ぎた夜中。二人はセレンの部屋で、僅かな明かりを頼りに、机を囲んでいる。
「…本当に、これで大丈夫なのだろうか」
コバルトは、終始不安気な表情をしたまま、沈んだ声で問いかけた。机の上には、走り書きのメモと、巡回用に渡された研究所の見取り図が広げられている。
「大丈夫だって、コバルト。何がそんなに不安なんだよ?」
セレンが相変わらずの明るい調子で尋ねると、コバルトは更に深刻な顔をして答えた。
「この計画は、やはりリスクが高過ぎると思う。それに、勝手にデータを抜き取ることは、盗む行為と同じようなものだ。俺たちは、本当にこんなことをしても、良いのだろうか?」
コバルトの手が、電撃チョーカーに触れる。もし見つかれば、無事では済まない。彼の声には、深い迷いと葛藤が滲んでいた。
「…なるほどな。コバルトの気持ちは分かった」
セレンは、黙ってコバルトの言葉に耳を傾け、それを冷静に受け止めた。
「でも、オレはそんなに心配しなくて良いと思う。此処には、外と繋がる手段がないだろ?だから、逆に堂々とバックアップを取ってれば、誰も証拠集めだなんて思わねぇし、もし見つかったって、大事なデータなんでって言っとけば、向こうもそれ以上何も言えねぇよ。それに、世間に暴かれたら、どっちが悪いかなんて一目瞭然だろ?今は悪いことしてる気分になるかもだけど、気にしなくて良いって」
口調こそ軽いものの、セレンの声は落ち着いていて、説得力があるものだった。そして、彼の瞳には、揺るぎない、明確な『正義』があった。
そんなセレンに感化されたコバルトは、まだ拭い切れない不安があったものの、決意を固めて言った。
「…分かった。やろう、セレン。明日から、すぐにだ」
その熱い言葉に一瞬驚きつつも、セレンはニッと笑って言った。
「そう来なくっちゃ」
翌朝。研究員たちは、朝礼を終え、すぐに業務に取りかかった。
この研究所は、実験のデータを更新し、管理をする事務部、実験に使う薬を開発する薬品開発部、人体実験や解剖を担当する施術部に分かれている。
コバルトとセレンが配属されたのは、専門的な知識や技術が無くても出来る、事務部だった。情報収集には、これ以上ないほどに好都合である。
事務室は薄暗く、古い空調の音がやけに響いていた。壁沿いに立ち並ぶ、ステンレスの棚にびっしりと詰められたファイルキャビネットの列は、ここで日々、どれほどのデータが管理されているかを物語っている。
この日、コバルトは昨日行われた実験の記録を元に、被験者ごとのデータを更新する作業を割り当てられていた。
番号で表記された被験者、実験の進捗、身体データの推移。無機質な数字の羅列の裏には、生々しい苦しみが隠れている。
『被験者ナンバー42、脳派異常亢進のため、投薬量増化の必要性有』
ある被験者のデータの備考欄に、テンプレート通りの文を打ち込み、コバルトはため息をついた。まるで人を人とも思っていないような文字列に、一抹の嫌悪感がよぎる。しかし、同時にこれこそが真実への手掛かりだと、彼は自分に言い聞かせた。
隣では、セレンがキーボードを叩く音が単調に響いている。彼に割り当てられたのは、紙媒体しかない古い資料のデータ化だった。そこには、過去の実験記録が山ほど記されており、彼らに取っては情報の宝庫であった。セレンは、それらをスキャンし、迷いなく完成したデータを自分USBメモリに保存して行った。これらは間違いなく、この研究所が違法な人体実験を行っている確固たる証拠になるだろう。
「コバルト、そっちはどうだ?」
セレンが、画面から目を離さずに尋ねた。
「あぁ、順調だ。」
コバルトは、言葉少なく答える。
多くの研究員が出入りするこの場所での会話は、いつ誰に聞かれているか分からない。ただ言葉を交わすのにも、細心の注意を払わなければならなかった。
その日の業務は、単調な作業の繰り返しだった。しかし、それらは全て、彼らの計画に進展をもたらすものであった。昼休憩もそこそこに、二人はひたすら情報を集め続けた。
終業時間になると、研究員たちはそれぞれの持ち場を離れて行く。コバルトとセレンもまた、他の研究員たちと同じように席を立った。彼らのポケットには、研究所の闇を暴くための、小さなUSBメモリが隠されていた。
消灯時間を過ぎ、周囲が静まり返った頃。二人は再びセレンの部屋に集まっていた。
机にはノートパソコンが広げられ、今日集めたデータが次々と表示されていく。
「これが今日一日の収穫だ」
セレンは、複製したデータの数々を、コバルトに見せた。
「過去の実験の記録と、被験者カルテ。…オレたちが被験者だった頃のデータも見つかったぜ」
そこには、過去の被験者たちに対する非人道的な処置が詳細に記されていた。日付、薬品名、投与量、被験者の状態など。この研究所がどれほど残酷なことをしてきたかを大いに証明する情報が詰まっている。
コバルトも、自分のノートパソコンを開いて、今日の成果を報告した。
「俺は今日、データの更新を担当していたんだが…その時に、昨日の実験があった被験者の、心電図と脳波、それから投与された薬品の成分表を手に入れた」
セレンは、コバルトが持ってきたデータに目を通しながら、満足げに呟く。
「うん、良いな。これも物的証拠になりそうだ」
彼は、ノートパソコンをコバルトに返すと、伸びをしつつ、部屋の天井を仰いだ。
「それにしても…」
セレンは、どこか訝しげな表情で呟く。
「実験の証拠だけなら、これでも結構集まった方だけど…調べなきゃいけないことは、まだたくさん有りそうだな」
「どういうことだ?」
コバルトが怪訝そうな顔でセレンを見つめる。
「もう死んでる子も含めて二百人弱はいる被験者を、どうやってかき集めて来たのかとか、これだけ大がかりな研究をするための金はどこから来てるのかとか、思い付くだけでも怪しいとこはたくさんある。きっと、この研究所の闇は、オレたちが想定してるよりもだいぶ深いぜ」
セレンの言葉は、コバルトの知らなかった研究所の側面を示唆していた。彼は、目の前の悲劇に囚われがちになっていたが、セレンは既にその背景にある巨大な構造に目を向けている。
二人が静かに作業を進める間、深夜の研究所は、重く、沈んだ静寂に包まれていた。しかし、時折、悪夢に魘されていたであろう、被験者の悲鳴や泣き叫ぶ声が、微かに聞こえてくる。
コバルトの体が、ビクッと震える。セレンは、表情一つ変えずに研究所の見取り図と向き合っていたが、その瞳には僅かな緊張感が宿っていた。彼らは、自分たちがこの研究所の闇の真ん中にいて、そこへ更に踏み込もうとしていることを改めて実感する。
「…オレたちの深夜巡回は、来週からだな。その時に、倉庫内に手掛かりがないかとか、脱出に使えそうなルートがないかとか、少しずつ探ってみよう」
セレンは、研究所内にある倉庫にマークを付けながら、淡々と告げた。
研究所の闇を暴くためには、ゆっくりと時間をかけて行動する必要があった。二人の抵抗は、静かに、着実に進んで行く。
真実への道は、夜の闇に隠れたまま、静かに二人を待っていた。