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学パロ
CPなし
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「ねぇ、知ってる? “ひとりかくれんぼ”って」
7月13日。
放課後の音楽室で若井がそう言ったのはなんでもない金曜日だった。
隣で大森がため息混じりに「やめときなよ」と言うのを藤澤は少し笑って聞き流した。
「ぬいぐるみの中に米と自分の爪を詰めて、水を張った風呂に沈めた後『最初の鬼は○○』って言って隠れるんでしょ? 知ってるよ。昔流行ったよね」
軽くそう言ったはずなのに若井ニヤッと笑って言う。
「じゃあやってみれば? 今日の夜、一人だろ?」
からかい半分の提案だった。
でもちょうどその日、親はどちらも出張で不在。寂しさを紛らわせたくて、藤澤はふとその誘いに乗ってしまった。
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深夜2時
家には藤澤ひとり。
ぬいぐるみは小学生の頃に買った白い犬のぬいぐるみ。綿を抜き、代わりに米と自分の爪を入れる。不器用ながらも縫い合わせて名前をつけた。
「最初の鬼は――スノー」
水の張った風呂桶にぬいぐるみを沈める。風呂場の明かりを消し、家中の灯りを消してナイフを持って押し入れの中へ。
息が詰まるほどに暗く、湿っぽい。畳のにおいと自分の汗のにおいが混ざって、不快な湿度がじわじわと肺に広がっていく。
藤澤涼架は小さな声で何度も呟いていた。
「だいじょうぶ、ただの遊び。ただの儀式。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
10分が過ぎた。
20分。
何も起こらない。
(やっぱ、ただの遊びか……)
そう思って押し入れのふすまを開けたようとした瞬間
コツ……コツ……
誰かが廊下を歩いている。
(え……? まさか……)
あのぬいぐるみ、白い犬の形をした「スノー」今ごろは風呂場の桶の中に浮いているはず。
いやもう違う。三分前にかくれんぼ開始の言葉を言った。もう鬼になっている。
音が止まる。気配が近づいてくる。
部屋のふすまのすぐ向こう。布一枚の向こう側で、何かがじっと立っている気がする。
息を止めた。
ギィ……
畳を踏む、わずかなきしみ。人間の足音とは思えない、ぬるりとした、濡れた足音。
トン……
押し入れの戸を、ノックするような音。
トン、トン、トン……ドンドンドンドンドン!!!!!
連続で軽く叩くような音。次第にリズムが狂い、強くなっていく。やがてそれは明らかな爪の音に変わった。
カリ……カリ……
(……爪?)
手が震える。ナイフを持っているはずなのに、指の感覚が鈍い。スマホの明かりをつけたくても画面をタップする勇気が出ない。
そのときだった。
「りょうかくん、みーつけた」
耳元で、聞こえた。
確かにふすまの向こう側にいたはずの声が突然、押し入れの内側で囁いた。
藤澤は、心臓が跳ねるのを感じた。息を吸おうとして喉が詰まる。叫ぼうとして、声が出ない。
押し入れの奥――暗闇の中に、濡れた布のにおいがした。
ぬいぐるみの綿のにおいと、古い水のにおいと、知らない誰かの体温。
そのすべてが、藤澤の背中に、ぴたりと触れていた。
「次は君の番だよ、りょうかくん」
どこからともなく声が聞こえた気がして藤澤はナイフを持って、風呂場へ走った。
「やめる! やめる、ひとりかくれんぼ終わり!」
口の中、乾いた舌で何度も唱える。でも終わらない。
水の張られた風呂桶の中、ぬいぐるみはいなかった。
翌朝
大森のスマホに深夜3時すぎの未読メッセージが残っていた。
「もとき、ちょっとだけ声きかせて」
「怖い夢、見た」
「ひとりかくれんぼ、終わらないかもしれない」
それが藤澤から届いた最後の言葉だった。
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「ひとりかくれんぼ」という都市伝説には昔から妙なリアリティがつきまといます。
単に「ぬいぐるみと遊ぶ怖い儀式」ではなく、そこには「誰かに見つけてほしい」や、「1人じゃないと証明したい」という、人間の深層心理が染みついているように感じるからかもしれません。
私がこの話を書いたのはちょうど夜の2時ごろでした。途中でふと物音がして、部屋の隅に置いてあるぬいぐるみを見たらほんの少し、首の角度が変わっていた気がして
きっと気のせいです。
ぬいぐるみという存在にはどこか「魂が宿る」ような感覚がありますよね。
子どものころ抱いて眠っていたぬいぐるみ。名前をつけて、大事にして、気がつけば「家族」のようになっていた。その記憶はもう何年も触れていないはずなのに、不思議と今でも心のどこかに残っている感覚があります。
大切にされた記憶は嬉しいものです。
でも、大切にされた「だけ」で終わる存在が、どんどん自分を忘れていく持ち主を見たらどう思うのでしょう。
「もう一度見つけてほしい」
「名前を呼んでほしい」
「隣に置いてほしい」
それが、強く、強くなっていったとき。
思い出は思念になります。
それでもこれは、あくまで物語です。
あなたが押し入れの奥にしまったはずのぬいぐるみが、少しだけ前に出ていたりしても
このあとがきを読んでいる時に水の音がしたり、床に小さな米粒が落ちていたりしても
それはきっと、気のせいです