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世界の終わりは静かに始まった。海が高くなり、空が暗くなり、人々の声が遠ざかる。
アトランティスが、ゆっくりと沈んでいく。
「……もうすぐだね」
藤澤涼架は白い衣を纏ったまま静かに空を仰いだ。金の装飾のついた細身の首飾りが光を受けて鈍くきらめいている。
水はすでに足元に届いていた。
潮騒がすぐ近くまで迫り、石畳に波紋を描いている。
その隣に立つのは大森元貴。王家の末裔と噂されながらも街の誰よりも穏やかで、誰よりも国家に怒りを宿していた青年だった。
「涼ちゃんったら。逃げようと思えば逃げられたのに」
「うん。でももときが残るなら、僕も残るよ」
優しい声だった。何度も聴いたはずのその声が、今日は少し震えている。
大森は視線を落とし藤澤の手を取る。
彼の手は冷たかった。もうずっと水に触れていたように。
「怖くないの?」
「ううん。もときがいるから怖くない。ただちょっと、寂しいだけ」
アトランティスは栄えていた。
技術も、芸術も、祈りも、すべてがこの都市にあった。
でも同時に傲慢だった。それが神の怒りを買ってしまった。
「この結末を誰も止められなかったね」
藤澤がそっと目を閉じる。
「ううん止めなかったのかも。僕もさ、もときが心から笑える場所がなくなるのが何よりも怖かったのに、なにもできなかった」
波がさらに高くなる。
ふたりの足を、腰を、胸を包み込んでいく
「最後にお願いがあるんだけど、いい?」
藤澤が言う。
「なに?」
「キスして」
大森は言葉なく彼を抱きしめた。水の中、冷たさとぬくもりが溶けあって何も聞こえなくなる。
海がすべてを覆うその前にふたりの唇が、確かに重なった。
世界は青に沈みアトランティスは眠る。
ふたりの魂だけが寄り添ったまま永遠の静寂へ。