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芙月みひろ
280
#普通
野々さくら
57
#女主人公
そして翌朝。朝刊にも咲子の事が書き立てられた。
『帝都の歌姫、その素顔』
『華族を惑わせた女』
『純真な乙女という仮面』
内容はより過激になり、咲子を貶める物になっていた。
「おはようございます」
「おっ、お咲早いな……」
中村が、劇場へやって来た咲子に労りの声をかける。
「……楽屋口に、ちらほら野次馬がいた。新聞振りかざして叫んでたぜ」
自分がいたから大事には至らなかったと、付き添って来た京太郎が言った。
咲子は、弱りきっている。眠れなかったのか、顔色も悪く目の下にはクマも出来ていた。
「みてられねぇよ。中村のおっさん。こんなでお咲歌わせるのか?!」
「ああ、今日は初日だ。楽しみに来る客もいるだろう」
「でも、おっさん!新聞の影響で、尋常じゃねえ事になっているじゃねぇか」
「京太郎、それでもお咲は歌姫だ。花園劇場の看板芸人だからな」
「……芸人って、薄っぺらな呼び方すんなっ!」
「京太郎坊っちゃん……」
咲子が、ポツリと言う。
「私は花園咲子です。舞台で歌うのが仕事ですから」
弱々しくあるがどこか芯のある物言いに京太郎は息を呑む。
「大丈夫です。中村支配人、私ちゃんと歌います」
咲子は、歌姫の意地を見せる。
京太郎は、自分の知らない咲子を見たような気がして言葉が出ない。場違いな所にいるような、どこか地に足がついてない感じに襲われて、自分が恥ずかしくなった。
「……お咲。俺、授業に出るからもう行く」
「お父様の授業にもちゃんと出てくださいね」
「わかってる」
それだけ言うと京太郎は踵を返した。
「ちょっとは、目が冷めたか」
ふっと笑いながら中村は、去っていく京太郎の背中を見る。
「支配人?」
「お咲。お前のプロ根性に、あいつはあてられたんだよ。これで授業にも身が入るだろう。じゃあ、お咲。歌えるな?無理はしなくてもいい。だが、やるならちゃんとしろ」
「はい!」
咲子は、真顔でしっかり答えた。
こうして、初日の幕が開けた──。
しかし。
客席にはほとんど客がいなかった。
しかも……。
「女狐!」
「悪女!」
いつもの称賛は、誹謗中傷の言葉に変わっていた。
「あっ」
客の誰かが、例の新聞紙を丸めて投げ込んできた。それが咲子の体に当たった。
くすくすと笑い声が起こる。
それでも、歌い終わった咲子はいつものように笑顔を浮かべ、客席へ向かってお辞儀をした。
野次が変わらず飛んでくる。素知らぬ顔で、咲子は舞台を下りる。
舞台袖に控える中村も、動揺を隠せなかった。しかし、支配人の責任とばかりに咲子をなんとか笑顔で迎え入れる。
「良かったぞ。お咲」
「ありがとうございます」
二人共これが精一杯だった。
そして、次の日、その次の日も……。
立ち見がでていたいつもとは裏腹に、空席ばかりが目立つ。
客足は途絶えたに等しい状態だった。
加えて咲子を貶める様な誹謗中傷の声がかかる。
それでも、花園咲子は舞台に立ち歌い切った。
「……まあ、今日も色々あったが、お咲、良かったぞ」
公演後、楽屋で休む咲子へ中村が言う。
「ありがとうございます」
咲子も義務のように重く答えた。
「……だけど。このままでいいのか?」
咲子を迎えに来た京太郎が心配そうに言った。
楽屋口は悪意を持った野次馬でしめられていた。皆、新聞に書き立てられた事を信じて咲子を見に来ているのだ。
お陰で、今まで以上に出入りが困難になっていた。事実、京太郎の送り迎えがどれほど助かっているか。
「俺はもみくちゃにされてもいいけど、このままじゃ危なっかしくて仕方ない……」
暴徒にも見える野次馬の勢いを京太郎は、気がかりだと言った。
「ああ、他の劇団員まで絡まれ始めている。なんとかしなきゃいけないんだが……」
わかっているのだと中村も頭を抱えた。
「おや、お困りのようですね……」
聞き覚えのある男の声がした。
秋山男爵が、楽屋口に微笑みながら立っている。
コメント
1件
うわっ……第10話、読んだよ……咲子、すごく辛い立場なのに、それでも舞台に立ち続けて歌い切ったんだね。京太郎がプロ根性に"あてられた"って中村支配人が言ったところ、グッときた。秋山男爵、また出てきたね……何をたくらんでるんだろ。展開が気になって仕方ないよ。井川奎さん、今日もお疲れさまです🌙