医務室へと運ばれていくカイルを追いかけ、リリアンナも駆け出そうとする。 そんなリリアンナの腕を、ランディリックがすっと掴んだ。
「リリアンナ。さっきナディエルからも言われただろう? まずは着替えてからだ。君のその姿では……カイルが目を覚ました時に心配させる」
見下ろしたリリアンナは、雪でドレスの裾を濡らし、カイルの血で袖口が赤黒く染まっていた。
「でも……!」
ランディリックがそう説明してもなお、彼の手を振り切ろうとするリリアンナの前に、ナディエルがそっと立ちはだかる。
「リリアンナお嬢様、旦那さまのおっしゃる通りでございます。どうか……」
リリアンナを押し留めながら、ナディエルはランディリックに深々と礼をする。
「お嬢様をお部屋へお連れいたします」
リリアンナはナディエルに腕を引かれて連れ去られながらも、まだ何やら言い募って渋っていた。だが、ナディエルに「お嬢様!」と常ならぬ強い口調で促され、しぶしぶ自室へと戻っていく。
ランディリックはナディエルをリリアンナの侍女に選んだ執事のセドリックの采配に感謝しつつ、自身は医務室へと足を向けた――。
***
医務室へ入ると、カイルの治療に当たった医師セイレン・トウカから彼の容態を聞いた。
帝都出身の老医師であるセイレンは、灰緑の瞳に深い皺を刻んだ男だ。若き日に東方の国で薬術を学んだという片鱗が漂っている。物腰は穏やかだが、声には揺るぎない芯があった。
「命は助かりましょう。ただ、傷が深く、獣に負わされたものですので発熱が始まっています。すでに意識が朦朧としており……数日は目を覚まさぬ可能性も高いかと。とりあえず、セリファリス草の煎液で患部を洗い、ルエリアの根を煎じて飲ませました。あとは熱が下がるのを待つばかりです」
そう言ってセイレンが示した木盆には、銀緑の葉を干した包みと、深紅の球根をすり潰した薬湯が置かれていた。
セイレンが処方したセリファリス草は霧深い渓谷に自生する希少な薬草で、古来より「狼よけの草」として知られ、猟師たちに重宝されてきた。強い殺菌作用を持ち、傷口を洗うことで感染症の悪化を防ぐ。
ルエリアの根は、解熱と鎮痛に効果を持つ苦味のある球根で、煎じて服用させることで獣毒による熱を鎮める効果があった。薬師らの間では、「血熱(炎症による熱)を下げる根」として知られている一般的なものだ。
「任せる。……それと、悪いがリリアンナと彼女の侍女ナディエルのことも気遣ってやってくれ。二人ともオオカミに襲われ、衝撃を受けている」
「承知いたしました」
セイレンは盆を捧げ持ったまま、ランディリックに深々と頭を下げた。
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カイル、大丈夫かな?