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 今から話すことは、紛れもなく俺が体験した話しなんだけれど、信じられないというなら嘘だと思ってくれても構わない。むしろ、嘘だと思ってくれていい。

 俺自身、どうか嘘であってくれと思う程に、にわかには信じられないような体験をしたんだ──。




 大学進学を機に上京してしまったGと再会できたのは、実にこの日が数ヶ月振りのことだった。



「訛ってんな、やっぱり。アクセントがちげーんだよ」



 俺の目の前に腰掛けているGは、鼻で笑うかのような素振りを見せるとグラスに注がれた酒を喉に流し込んだ。

 確かに俺は田舎者だけれど、久しぶりに会ったというのに随分な言われようだ。元を辿ればGとて同じ田舎育ちだというのに、この数ヶ月ですっかりと都会に染まってしまったらしい。が、それもGらしいといえばGらしいところだ。

 そんなGと二人、居酒屋でひとしきりくだらない話しで盛り上がっていると、不意に何かを思い出したかのように、突然Gが話しを切り出した。



「お前、さいの河原の事覚えてるか?」



 その言葉にピクリと肩を揺らした俺は、持っていたグラスをテーブルに置くと、目の前にいるGの顔を見つめた。

 何の脈絡もなくその名を口にしたGは、先程までと変わらぬ様子で飄々ひょうひょうとしている。



(なんで今、そんな話しをするんだ……?)



 以前、そこで奇妙な体験をしたことがあった俺は、その名を聞いて思わず眉をひそめた。

 俺達の地元でもある福島県にある、水子を供養するための霊場。“賽の河原”と呼ばれるその場所は、心霊スポットとしても名が知られていて、正直、あまり思い出したくはない場所だ。それはGも同じはずだというのに、何故、今になって突然その名を口にしたのだろうか。



「覚えてるっていうか、忘れられねぇだろ」



 俺はぶっきらぼうにそう答えると、目の前にいるGに向けて怪訝そうな顔を向けた。


 賽の河原とは、親よりも先に亡くなった子供が苦行を強いられる場所とされ、ここで石を積み上げて塔を作ろうとすると、鬼が来て石を崩し子供を責めさいなむとされる、地獄のような場所だと言われている。

 そんな“賽の河原”と同じ名が付けられているその場所は、『この世には人間や生物以外の未知なる“何か”が存在している』と、そう俺に思わせるきっかけとなった場所でもあった。



「あれは怖かったよな。まじで石の積む音が聞こえたし、なんかおかしくなっちまう奴もいたし」



 そんな出来事など思い出したくもないというのに、俺の様子に気付く素振りもなく飄々ひょうひょうと話し続けるG。



「もういいだろ、その話は」



 不機嫌さを隠すでもなくそう告げると、途端に暗い表情をさせたGがカタカタと小さく震え始めた。



「俺さ、最近夢見んだよ。あん時の夢。みんなで怯えてたあの場所で、俺が一人で、川の……そう、賽の河原で石積んでんだよ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイって言いながら。俺、そんなことやったり言ったりした覚えなんてねぇだろ? なんか……っ、なんかよ、隣で黒いモヤモヤとしたやつが俺のこと見てんだよ。じっとりとめ付けるような視線でよ……っ。それが怖くて怖くて、仕方がねぇんだよ! 頼むよ、もうキツイんだよ……! 誰かに話さねぇとキツイんだよ!」



 異常な程に怯えきったGの姿を見ると、決して冗談で言っているわけではないということは分かる。けれど、そんなものにどう対処すべきか俺には分からなかった。かといって、このまま放置することもできない。何より、このままではGは眠ることことすらままならない勢いだ。

 そんな状況をどうにかしようと話し合った結果、俺達は一度、あの“賽の河原”に行ってみようという結論に至った。果たしてそれでどうにかなるという確証はなかったけれど、何もしないよりは幾分かマシだろう。早速明日にでも行って、Gの気持ちが少しでも晴れてくれれば──。

 そんな期待を胸に、この日はGの暮らすアパートで一泊させてもらうこととなった俺は、浮かない表情を浮かべるGの後について居酒屋を後にした。


 当初は酷く怯えていたGも、アパートに着いて暫くすると落ち着きを取り戻したのか、時折笑顔を溢すまでの回復をみせた。

 そんなGの姿を見てホッと安堵の息を溢した俺は、まだ飲み足りないとばかりに缶ビールを開けると、その内の一本をGに向けて差し出した。



「ほら、乾杯しようぜ」



 そう言って笑顔を向ければ、素直にその缶ビールを手に取ったG。



「おう。今日は話し聞いてくれてありがとな」



 そう言って小さく微笑んだGの顔には、よくよく見てみれば薄っすらと隈ができている。きっと、ここ数日はまともに眠れていないのだろう。



(とりあえず、寝かせなきゃヤバイよな……)



 俺もGも酒には弱い方なので、これで少しは熟睡できるだろうと、ちょっと多めに酒を勧めてみる。すると、暫くしてスヤスヤと寝息を立て始めたG。怖くて寝たくないと頑なに言ってはいたものの、どうやら酒には勝てなかったらしい。

 そんなGの姿を見て一人安堵すると、俺は電話を掛ける為に静かに部屋を後にした。



『──はい』



 二回ほど鳴って途切れた呼び出し音は、そんな声を乗せて俺の鼓膜を響かせた。



「おう、久しぶり。今ちょっと話せるか?」



 Gとの共通の友人でもあるEへと電話を掛けたのは、この問題に対して、Gと二人で対処するにはどうにも不安が残っていたからだった。

 昔から博識でこの手の話しにも詳しいEは、以前体験した賽の河原での出来事も勿論知っている。そんなEなら、きっと何か良い策を講じてくれるのでは──そんな期待が、少なからず胸の内にはあったのかもしれない。



『ああ、少しなら大丈夫だけど。どうした?』



 遅い時間にも関わらずにそう答えてくれたEは、そのまま黙って俺の話に耳を傾けてくれた。

 ことの経緯いきさつとGの現状を伝えると、それまで黙って話を聞いていたEは重い口を開いた。



『なんとも言えないけど……。あの場所に行って何か変わるのか? それ、多分だけどあの場所に呼ばれてるんじゃねぇかな』


「呼ばれてる……?」


『ああ。俺的な見解だけど……アイツ、都会に出て少し浮かれてるだろ? けど、知らないうちにストレスとか溜まってるんじゃねぇかな。やっぱ、人との付き合いが深かった地元とは違って、都会じゃそういった付き合いもないだろ? だからさ、ちょっと疲れてるんだよ』


「じゃあ、あそこに行く必要はないってことか?」


『多分な。行っても意味はないと思う。それより、もう少しGの傍についててやってくれよ。……じゃあ、忙しいからもう切るな』


「おう、忙しいとこありがとな。じゃ、また」



 それだけ告げて通話を終了させると、俺は静かに灯り続ける携帯画面を見つめた。


 Eの言い分も分からなくはないけれど、尋常ではない様子のGの姿を見てしまった後では、どうにも納得がいかない。このまま何もしなくても本当に大丈夫なのだろうか──?

 拭えない不安にどうしたものかと思案しながらも、俺は携帯をポケットへとしまうと室内へと続く扉を開いた。



「……えっ!?」



 目の前に広がる光景を見て思わず驚愕した俺は、その焦りから驚きの声を漏らした。


 先程まで酔い潰れていたというのに、部屋の中央で項垂れるようにして正座をしているG。その手には、なにやらハサミらしきものが握られている。

 もしや、死ぬ気なのでは──。そんな嫌な考えが頭をよぎり、俺はGに向けて勢いよく声を上げた。

 


「オイオイオイオイ! 何やってんだよ……っ!!」



 慌ててGの元へと駆け寄った俺は、勢いよくその手を掴もうとした──次の瞬間。

 目の前のGが、突然狂ったかのように大きな声を上げると、何かに取り憑かれたかのような絶叫を響かせた。



「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……!!! ア゛ァァア゛、……ア゛アァァア゛!!!」



 あまりの迫力に思わず腰を抜かしてしまった俺は、ただ、目の前にいるGの姿を呆然と見つめることしかできなかった。

 そんな俺を他所に、手に持ったハサミで自分の髪の毛を切り始めたGは、喉の奥から地を這うような唸り声を上げる。その姿はバケモノのように恐ろしく、まるでホラー映画でも見ているのかと錯覚してしまう程だった。



(駄目だ……なんとか……っ、なんとかしないと!)



 目まぐるしく駆け巡る思考のままなんとか立ち上がると、俺は目の前のGを思い切り殴りつけた。手加減なく殴ったせいか思いのほか吹き飛んでしまったGは、「う゛ぅ……」と小さく呻き声を上げるとそのまま倒れ込んだ。

 そんなGにすぐさま駆け寄って意識を確認するも、目の焦点が定まっていない。



(どうすりゃいいんだよ……っ)



 パニックに陥りながらも何とか病院へと駆け込むと、その後、俺は明け方近くに目を覚ましたGへと謝罪をした。いくら咄嗟な判断だったとはいえ、手加減なく殴ったことに罪悪感があったのだ。けれど、そんな事など全く気にしていない様子のGは、「ごめん……。助けてくれてありがとう」と告げると小さく微笑んだ。

 当の本人にはあの時の記憶は一切ないらしく、俺から聞かされる話しに耳を傾けながらも、その表情はどこか不満げなものだった。けれど、それが事実なのだから受け止める他ない。それが分かっているからなのか、Gも特に何かを言ってくることはなかった。


 今にして思えば、この時のGは一人で何か思い詰めていたのかもしれない。あの時、俺がその異変に気付けてさえいれば──あの後、Gが行方不明になるなんてことはなかったのかもしれない。

 自宅まで送り届けたGを一人部屋へと残し、ほんの五分ほどコンビニへと出掛けた俺が帰って来た時には、もう既にGの姿はそこにはなかった。


 すぐに捜索願いを出したものの、一向にGの足取りを掴むことはできず、いつしかそんな出来事もおぼろげな過去へと変わる頃には、あれから数年の月日が流れていた。



「よう。久しぶり」


「おう、久しぶりだな」



 久しぶりに地元へと帰って来た俺は、ちょうど地元に帰省していたEとの約束を取り付けると、近所のファミレスで久しぶりに顔を合わせた。というのも、やはりGの行方が気になっていたからだった。

 あの場に居た当事者なのだから、当然といえば当然のことなのかもしれない。それはEも同じだったようで、現場にこそ居なかったものの責任を感じているようだった。



「そっか……お前も探してたんだな」


「ああ。で、目撃情報のある場所には色々行ってみたんだけど、やっぱりGは見つけられなかったよ。……それと、もうGは戸籍上亡くなったことになってるらしい」


「マジかよ……」


「これだけ探しても見つからないからな。親としては、もう生きてないって判断したんじゃねぇかな」


「……そっか」



 なんともやるせない結末に心を痛めながらも、こればかりは家族の判断なのだから仕方のないことなのだと自分自身に言い聞かせる。

 けれど、そうと分かってはいても容易に受け入れられるようなものでもなく、たちまち重い空気に包まれた俺達は、互いに示し合わせるでもなくそっと顔を伏せた。

 


「結局さ、Gが言ってた黒いモヤモヤって何だったんだろな……」



 ポツリと小さく声を漏らすと、それに反応したEがゆっくりと顔を上げた。

 俺はそんなEの瞳を見つめると、自分の考えていることを口にしてみた。



「俺的にはさ……多分だけど、Gが見てたその黒いやつってのは鬼か何かじゃねぇかって思うんだ。よくさ、見える人とかって言うじゃん。鬼とかそういう悪いモノってのは、黒いモヤモヤしたものに見えるって」


「まぁ、お前の言うことは一理あるとは思うけどさ。俺もお前も霊感なんて何もねぇ訳だし、そこに関してはなんとも言えねーってのも事実で……。でも、前にも言ったと思うけど、俺はこの世には人や生物以外の“何か”は存在してると思ってる。……それでも、Gがどうしていなくなっちまったかってのは説明つかないんだけどな」



 そう告げたEは、何だか腑に落ちないような表情をさせると小さく息を吐いた。



「あの時さ……俺とG、例の河原に行こうって話ししてたんだよな。なんかあるんじゃねぇかって。今となっては、それも叶わないんだけどよ」


「そういや、今日でアイツがいなくなってもう四年位か……。ちょっと行ってみるか、あそこに」



 何の気紛れか、そんなEの言葉で“賽の河原”へとやって来た俺達は、すっかりと様変わりしてしまったその場所を眺めた。

 かつては心霊スポットとしても名が知られていたその場所も、東日本大震災の影響でその形を失うと、今ではサーファー達が利用する駐車場へと変わった。その片隅にひっそりと立てられた小さな祠。“賽の河原”と書かれたその祠を見つめながら、ただ、静かな沈黙だけが流れる。



「「…………」」



 何もあるはずなどないのだ。ここに来たところで、Gに会えるわけでもない。そうと分かってはいても、それでも何かを期待せずにはいられなかった俺は、肩を落とすと小さな声を溢した。



「……別に、ここに来ても何もねぇな」



 塞がらない心の穴を更に広げただけのような結果に、気落ちしたままの俺達はGの実家へと向かった。

 何を思ってそうしたのかは、今となってはよく分からない。ただ、あの時の俺達は、Gの存在を感じられる何かが欲しかっただけなのかもしれない。


 そんな俺達を快く迎え入れてくれたGの母は、俺達を相手にGの思い出話を始めると、その瞳に薄っすらと涙を浮かべた。

 そんな姿を前に、俺の目頭も自然と熱くなってくる。

 


「そういえば、あの子からの手紙があるのよ」



 おもむろに立ち上がったGの母は、そう告げると戸棚から一通の封筒を取り出した。



「消印がね……あの子が行方不明になった日なの。これを読んだら、もう二度とあの子に会えないような気がして……未だに読めてないの」



 そう言ったGの母の手元を見てみると、確かにその封筒は未開封のままだった。

 もしかしたら、この手紙を読めばGがいなくなった理由が分かるのでは──。そう思った俺は、はやる気持ちを抑えながらもゆっくりと口を開いた。



「あの……っ、その手紙、開けさせてもらってもいいですか?」



 おそらく最初からそのつもりで見せたのであろうGの母は、俺の提案を断ることなく手紙を差し出してくれた。

 恐る恐る開封した手紙には色々と書かれてはあったものの、正直、内容はあまり覚えていない。ただ、その中でも鮮明に覚えている一文がある。



【俺は親不孝者なんだ、こんな俺でごめんな】



 一体何を思ってそんなことを書いたのか、それは俺には分かりようもなかった。分からないからこそ、こんなにも強烈に印象に残っているのかもしれない。

 人とは、理解し得ないものにこそ恐怖を覚えてしまうものなのだ。



 これが数年前に俺が実際に体験した話しで、特にオチなんてものは何もない。強いて言えば、それから数日してGは帰ってきたということだろうか。

 なんの変哲もなく、当たり前のように以前からそこに居たような感じで。


 当然、俺には聞きたいことが沢山あった。何故、突然姿を消したのか。今まで一体どこに居たのか──そして、何故今になって突然帰ってきたのか。

 けれど、俺もEも決してそれをGに問うことはなかった。その理由は、今も尚平然と俺の前に居続ける、Gに対する言い知れぬ違和感のようなものがあったから。それはおそらく、きっとEも俺と同じ思いなのだろう。



 あれはGじゃない。Gの姿をした何かなんだ。






─完─


短な恐怖〜短編集〜

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