俺はミノリに言われた通り、配置につくことにした。
俺はしぶしぶミノリたちが円になって座っているちゃぶ台の前に来ると、ゆっくり腰を下ろした。
それと同時に体長十五センチほどの妖精が俺の右肩に止まった。あとで、こいつの名前を考えてやらないといけないな……。
「うーん、まあ、とりあえず『はじまりのまち』に行って色々買い揃えないとね」
俺がそのようなことを考えていると、ミノリ(吸血鬼)がそう言った。
その件について全く口を出さなかったコユリ(本物の天使)の表情から察するに、ミノリの判断は別に間違っていない……ということが分かった。
だが、ここで一つ問題があることに気づいた。
それは、この家をどうやって移動させるかである。
この家……というかアパートが巨大なモンスターであることは知っているが、移動が可能なのかは分からない。
俺は、おそろくその件に詳しいであろう体長十五センチほどの妖精に目をやると、そのことについて訊ねようとした……。
しかし、妖精は俺がそうする前に、そのことについて話し始めた。
「このアパートは、巨大な『亀型モンスター』と合体しています。簡単に言うと……クマノミとイソギンチャクの関係そのものです」
「えーっと、それって共生関係ってやつか?」
「はい! その通りです! ですが、その『亀型モンスター』には一つ問題がありまして……」
「問題? それはいったい何なんだ?」
「それはですね……えーっと」
妖精は少し困った表情を浮かべながら、そう言った。
妖精が考えごとをしている間、俺のその妖精の名前を考えていた。
こいつの旧名はイチコ。エメラルドグリーンの瞳や黄緑色のショートヘアが特徴的な妖精……。
おっ! いい名前が思い浮かんだぞ! よし! 質問がてら言ってみよう!
俺は、まだ考え中の妖精に話しかけた。
「なあ、そのモンスターって、なんか俺がらみのことなんだろ? チエミ」
「はい、そうなんですよ……って、今なんと言いましたか?」
「ん? そのモンスターって、なんか俺がらみのことなんだろ? チエミ……って言ったぞ」
それを聞いた全員がこちらを向いた。(今さらだが、俺はミノリと向かい合っていて、俺の右側にシオリとマナミ。左側にコユリとツキネが座っている)
えっ? 俺なんかおかしなこと言ったかな?
み、みんなが俺を凝視しているのだが……。少し焦りを感じた俺は、思わず苦笑いをしてしまった。
「あ、ありがとうございます。その……よろしければ、名前の意味というか、由来というか……。うまく言えませんが、そういうのを教えてもらえないでしょうか?」
俺は、彼女が顔を真っ赤にして訊いているのを口調から察すると、名前の由来を彼女に教えることにした。
こういう仕事があれば、すぐにでも就職したいが、そんな仕事はおそらくこの世界にはないため、俺はそれ以上、そのことについて考えるのをやめた。
そんなどうでもいいことを考えている場合ではないことに気づいた俺は、妖精に名前の由来を説明し始めた。
「えーっとだな。まず、前の名前から一文字取って『イチコ』の『チ』。エメラルドグリーンの瞳だから『エ』。そして全体的に緑が多かったから『ミ』。三つ全部合わせて『チエミ』だ。漢字は『知恵(ちえ)』と『美しい』という字で『知恵美』だ。『王○ゲーム』とか芸能人にそんな名前のやつがいたような気がするけど。どう……かな?」
「素敵な名前を付けていただき、どうもありがとうございます。一生大切にします!」
「そ、そうか。なら、よかった」
「はい、とてもいい名前です……ひぐっ」
「お前……なんで、泣いてるんだ?」
「なんでも……ひぐっ……ありません」
「そ、そうなのか?」
「……ただ、その、嬉しくて」
「う、嬉しい?」
「はい。今まで十五番と呼ばれていたので」
「そうだったのか。でもこれから、お前の名前は『チエミ』だ。だからその……これからよろしくな」
「こちらこそ……ぐすっ……よろしくお願いします」
ミノリたちも俺と会う前は名前がなかったわけだから、当然そんな風に呼ばれていたことになるんだよな……。
旅立つ前に、お袋に連絡しとけばよかったな……。
俺は改めて『名前』の素晴らしさを知った。
だが、そんな中、俺を温かい目で見守っている者たちがいることに気づいた。
「な、なんだよ」
「べっつにー」
「な、なんでも」
「ないよおー!」
ミノリ(吸血鬼)とマナミ(茶髪ショートの獣人)とシオリ(白髪ロングの獣人)がそれぞれそう言った。
「そ、そうか、ならいいんだが……って、なんでツキネは俺を撮ってるんだ! というか、そのポラロイドカメラは高校時代の同級生からもらった大切なものなんだから勝手に触るなよー!」
「ダメでーす! 兄さんが油断するのがいけないんですー」
「……ツキネさん、あとで私にそれを売ってください。高値で買い取ります」
「はい、よろこんでー」
ツキネ(変身型スライム)とコユリ(本物の天使)がそんな会話をしている最中、俺は『チエミ』(体長十五センチほどの妖精)を頭に乗せたまま必死になって写真を取ろうとした。しかし、全《まった》く追いつけなかった。
その時『チエミ』の笑い声が聞こえてきたため、チエミの件はこれで安心だな……と思ったが、アパートが急に揺れ始めたため、それどころではなくなった。
全員が一箇所に集まると身を寄せあい、状況を確認し始めた。
地面……いや、このアパートだけが揺れているようだな。
だとすると原因は……。
「どうやら起こしてしまったらしいな」
「はぁ……せっかくいいところだったのに、空気の読めないモンスターね」
「あ、あの、あまり挑発しない方がいいと思います」
「私たちの楽しみを返せー!」
「兄さんの写真をあげますから、おとなしくしてくださーーい!」
「これ以上、私たちの邪魔をするのなら、こちらにも考えがあります」
「みなさん! 落ち着いてください! まずはモンスターの頭上にナオトさんを運ぶことが先決です!!」
『チエミ』の言葉を聞いた俺たちは何が最優先事項なのかを理解した。
それは『亀型モンスターと仲良くなること』である。
これから共生していくのだから友好関係をある程度、築いておく必要がある。
よって、一刻も早く俺が『亀型モンスター』のところに行くことが何よりも重要なのである。
俺たちは激しい揺れの中でアイコンタクトをとり、自分たちがそれぞれ何をすべきかを伝達しあった。
そして……一斉に行動を開始した。
『作戦名 巨大亀の怒りを静めよう!』作戦開始!!
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