TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する






『ミオは食べたいものはある?』



聞かれて、私は飲食店の看板を見た。



『……レイは?』



気をつかって聞いてくれたんだろうけど、どうせ私はあまり食べられないし、レイが食べたいものがいい。



そう言うと、彼は通りの奥、赤ちょうちんの店を指さした。



どうやら焼き鳥屋さんのようだけど……。



『え……あれ?』



『嫌?』



『いいんだけど、なんであそこ?』



『グルメガイドに載っている店って、だいたいああいった雰囲気だから』



レイは口の端を少し上げて笑った。



(なんとなくわかるような、わからないような……)



そんなことを思いつつ、断る理由も気力もない私は、レイに続いてのれんをくぐった。







中はカウンターと座敷が数席あるだけの、こじんまりしたお店だった。



煙の漂う、ガヤガヤした店内。



空席はカウンターのみで、私たちはサラリーマンに挟まれて座った。



焼き鳥を焼いていた店員さんが、「いらっしゃい」と前からおしぼりを出してくれた。



私は手を拭きながらこっそりレイに言う。



『ねぇレイ……注文できるの?』



私はこういった店が初めてで、なんとなく緊張していた。



彼は前にあったお品書きを手に取る。



眺めてはいるけど、写真もない文字だけのそれを、レイが読めると思えない。



(……そういえば)



レイは外で食事してる時、どうしてるんだろう。



彼はひとしきりメニューを見ると、持っていたお品書きを私に渡した。



『ミオが頼んで』



『えっ』



『飲み物はなんにする? ムギチャ?』



『麦茶はないってば。ええっと……烏龍茶かな』



レイはすぐ手をあげて店員を呼び、烏龍茶とビールを注文する。








店員さんは「beer」が聞き取れなかったらしく、レイはとなりのおじさんのジョッキを指差して、もう一度繰り返している。



『えっ……ビール?』



思わず呟いた私を見て、レイはさっきと同じ顔で笑った。



『なに、俺が飲めないと思ってた?』



『……そういうわけじゃないけど』



ビールを飲むレイを見たことがなかったから、完全にイメージになかった。



だけど彼は未成年じゃないし、私の知っているレイがすべてのはずもない。



『ミオ、なにか頼んで』



促されて焼き鳥を適当に注文した時、ビールと烏龍茶が前から差し出された。



私たちは同時に受け取り、すぐに口をつける。



お腹はすいていないけど、喉はカラカラだった。



コーラと同じようにビールを飲む彼は、なんだか知らない人のようで落ち着かない。



私は息をつき、前を向いて焼き鳥から立ちのぼる煙を眺めた。








ぼんやりしていると、お父さんのことが頭に浮かんだ。



心の中にぽっかり穴があいた。



それなのに胸は詰まっているんだから、いったい私の体はどうなってるんだろう。




『……なにも聞かないの?』



ぽつりと尋ねた。



レイは注文を済ませてからずっと、黙ってビールを飲んでいる。



『聞いてほしいなら聞くけど、そうじゃないなら聞かないよ』



レイは私を横目に見て、あっさり言う。



予想外の答えに、私は間をあけて苦笑してしまった。



からっとした言い方でも、関心がないわけじゃないと伝わるのは、レイが私のことを考えてくれているからだろう。



私は烏龍茶のジョッキを両手で包み込んだ。







『今はまだ……心の整理がつかないんだ』



それが正直な気持ちだった。



お父さんを見送るまでのたった数分で、私は嬉しくも悲しくも、切なくも苦しくもなった。



その気持ちがぐるぐると混ざり合って、うまくコントロールできない。



レイもジョッキを置いて私を見た。



さっきよりも真剣な眼差しを向けられ、私は碧い目を見て笑う。



『心の整理はまだだけど、レイには感謝してるよ。


 ありがとう』



からっとしたレイの言い方を真似たのは、半分は無理にだけど、半分は自然とそうなった。



変に負担に思って欲しくないし、なによりレイにはちゃんと伝えてもいい安心感があった。








レイは私の頭に手を置いた。



そっとといってもいいくらいに、優しく。



彼からもらった返事は、それがすべてだった。




それから焼き鳥とつくねを、ざく切りのキャベツをつまみながら食べた。



『おいしいね』



味がわからないかもしれないと思っていたけど、そんなことはなかった。



呟いた私を、レイはビールを片手に見る。



穏やかな目で自然にそうされたけど、これがとても特別なことだとわかっていた。




焼き鳥屋を出て、電車に揺られ、最寄り駅で降りた。



車両の中では、私たちのまわりだけ煙の匂いがした。



今日は笑えないと思っていたのに、そのことが少しだけおかしかった。



こうしてみれば、私が勝手に思っていることはことごとく外れている。

























シェア・ビー ~好きになんてならない~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

25

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚