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『ミオは食べたいものはある?』
聞かれて、私は飲食店の看板を見た。
『……レイは?』
気をつかって聞いてくれたんだろうけど、どうせ私はあまり食べられないし、レイが食べたいものがいい。
そう言うと、彼は通りの奥、赤ちょうちんの店を指さした。
どうやら焼き鳥屋さんのようだけど……。
『え……あれ?』
『嫌?』
『いいんだけど、なんであそこ?』
『グルメガイドに載っている店って、だいたいああいった雰囲気だから』
レイは口の端を少し上げて笑った。
(なんとなくわかるような、わからないような……)
そんなことを思いつつ、断る理由も気力もない私は、レイに続いてのれんをくぐった。
中はカウンターと座敷が数席あるだけの、こじんまりしたお店だった。
煙の漂う、ガヤガヤした店内。
空席はカウンターのみで、私たちはサラリーマンに挟まれて座った。
焼き鳥を焼いていた店員さんが、「いらっしゃい」と前からおしぼりを出してくれた。
私は手を拭きながらこっそりレイに言う。
『ねぇレイ……注文できるの?』
私はこういった店が初めてで、なんとなく緊張していた。
彼は前にあったお品書きを手に取る。
眺めてはいるけど、写真もない文字だけのそれを、レイが読めると思えない。
(……そういえば)
レイは外で食事してる時、どうしてるんだろう。
彼はひとしきりメニューを見ると、持っていたお品書きを私に渡した。
『ミオが頼んで』
『えっ』
『飲み物はなんにする? ムギチャ?』
『麦茶はないってば。ええっと……烏龍茶かな』
レイはすぐ手をあげて店員を呼び、烏龍茶とビールを注文する。
店員さんは「beer」が聞き取れなかったらしく、レイはとなりのおじさんのジョッキを指差して、もう一度繰り返している。
『えっ……ビール?』
思わず呟いた私を見て、レイはさっきと同じ顔で笑った。
『なに、俺が飲めないと思ってた?』
『……そういうわけじゃないけど』
ビールを飲むレイを見たことがなかったから、完全にイメージになかった。
だけど彼は未成年じゃないし、私の知っているレイがすべてのはずもない。
『ミオ、なにか頼んで』
促されて焼き鳥を適当に注文した時、ビールと烏龍茶が前から差し出された。
私たちは同時に受け取り、すぐに口をつける。
お腹はすいていないけど、喉はカラカラだった。
コーラと同じようにビールを飲む彼は、なんだか知らない人のようで落ち着かない。
私は息をつき、前を向いて焼き鳥から立ちのぼる煙を眺めた。
ぼんやりしていると、お父さんのことが頭に浮かんだ。
心の中にぽっかり穴があいた。
それなのに胸は詰まっているんだから、いったい私の体はどうなってるんだろう。
『……なにも聞かないの?』
ぽつりと尋ねた。
レイは注文を済ませてからずっと、黙ってビールを飲んでいる。
『聞いてほしいなら聞くけど、そうじゃないなら聞かないよ』
レイは私を横目に見て、あっさり言う。
予想外の答えに、私は間をあけて苦笑してしまった。
からっとした言い方でも、関心がないわけじゃないと伝わるのは、レイが私のことを考えてくれているからだろう。
私は烏龍茶のジョッキを両手で包み込んだ。
『今はまだ……心の整理がつかないんだ』
それが正直な気持ちだった。
お父さんを見送るまでのたった数分で、私は嬉しくも悲しくも、切なくも苦しくもなった。
その気持ちがぐるぐると混ざり合って、うまくコントロールできない。
レイもジョッキを置いて私を見た。
さっきよりも真剣な眼差しを向けられ、私は碧い目を見て笑う。
『心の整理はまだだけど、レイには感謝してるよ。
ありがとう』
からっとしたレイの言い方を真似たのは、半分は無理にだけど、半分は自然とそうなった。
変に負担に思って欲しくないし、なによりレイにはちゃんと伝えてもいい安心感があった。
レイは私の頭に手を置いた。
そっとといってもいいくらいに、優しく。
彼からもらった返事は、それがすべてだった。
それから焼き鳥とつくねを、ざく切りのキャベツをつまみながら食べた。
『おいしいね』
味がわからないかもしれないと思っていたけど、そんなことはなかった。
呟いた私を、レイはビールを片手に見る。
穏やかな目で自然にそうされたけど、これがとても特別なことだとわかっていた。
焼き鳥屋を出て、電車に揺られ、最寄り駅で降りた。
車両の中では、私たちのまわりだけ煙の匂いがした。
今日は笑えないと思っていたのに、そのことが少しだけおかしかった。
こうしてみれば、私が勝手に思っていることはことごとく外れている。