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"しあわせ"とはなにか。〈創作ズ過去編〉

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"しあわせ"とはなにか。〈創作ズ過去編〉

10 - この愛に溺れゆくだけ〈伊織ニイサンラスト〉

♥

78

2023年07月19日

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やけに重く感じる包丁の柄が、手汗でじっとりと手に吸いついてくる。もう一度ぎゅ、と握ると、震えて落としそうになってしまう。


(今から、兄ちゃんを殺す…)


待てよ、殺した後はどうなるん?…いや、そんなことを気にしていては進まない。侵入して、馬乗りして、一突き。それだけやで、伊織。


「…お邪魔しますー……」


案の定、兄ちゃんは仰向けで寝ていた。テレビをつけっぱなしで。どちらもいつもの癖なのだ。すうすうと寝息を立てている兄ちゃんに歩み寄り、じっと顔を見つめる。


(…どうしよ)


今更後戻りなどできない。殺してしまえばいいだけのことだ、早く終わらせてしまえ。自分で決めたことやろ。

ベッドに乗る。ぎし、と音がして、起こすまいと動きを止める。少しの音でさえ鳴らすのが億劫になるほど、少しの刺激で起きてしまいそうで怖かったのだ。


「…なに?まだ足りない?……あー、そういうこと」


まあ、寝てる途中に乗られれば起きるわな。俺とばっちり目が合った兄ちゃんは、包丁を捉えて余裕そうに笑う。


「余裕そうやな」

「そう?まあ、焦ってはない」


包丁を握る手が震えだす。兄ちゃんは一切抵抗をしない。こんな細い身体、すぐにどかせるのに。


「ほら、殺すんでしょ?一思いにいきな?」

「…」


視界がぼやけ始める。目から、温かな水が溢れ始めた。兄ちゃんの上に包丁を構えても、刺すことができない。それを初めから見透かしていたように、兄ちゃんは不敵に笑う。


「…刺しなよ。ぐさっといけば、俺なんてすぐご臨終だけど?」

「うゔ…っ…ひぐっ」

「あはは、泣いちゃった。…初めから、そんなんだと思ったよ」


兄ちゃんの顔が涙で見えない。兄ちゃんは腕だけ俺の足からすり抜けて、俺の顔をそっと撫でる。


「殺人なんて、伊織にはできっこない。怖いんでしょ、俺がいなくなるのが」

「…ちが、っ…おまえっ、なんか……」

「違う?嘘だ。だって、子供の頃からずうっと、君のそばにいたのは俺だけ。お母さんは家に帰る日なんて早々なかったし、お父さんは残業ばっか。こんな劣悪環境で、ずっと一緒にいたのに。違う?俺がいなくなれば独りだ。嫌でしょ?」


自分が知りもしなかった─知りたくなかったのかもしれない─俺の本心を見ているかのような言葉に意表を突かれた。余計に殺意が薄れる。

これを刺したら、俺は独りになってしまう。唐突な寂しさと、自分が今していることに気づいたことによる焦りに襲われる。



ほんとに殺すん?


嫌だ、殺さないで


殺してやりたいのに


こいつが


兄ちゃんが いなかったら


俺は生きられるのか



汗が噴き出してくる。目まぐるしく泳ぎ回る思考回路にくらくら目眩がして、包丁を傍に置いてしまった。


殺せない。俺には、無理だわ。


「あれ、殺さないの?」

「…無理……俺には、できない…」

「……そうだよね。伊織にできることじゃないもの。こんなに可愛くて、俺のために猫被って恋人ごっこしてくれる伊織がするはずない…」


ぎゅう、と抱き寄せられる。俺はもう抵抗する気などなくて、されるがままになってしまっていた。


「好きだよ、伊織」

「……俺も、好き」


この言葉は、もう嘘などではなかった。既に俺は、堕落してしまっていたのだ。キスを交わす。甘く蕩けるような感覚に襲われ、服をそっとたくし上げられていることすら気づかなかった。

行為が進むごとに、いつもよりも激しくて気持ちいい感覚に溺れていく。好意を覚えてしまったことで、兄ちゃんの囁きが余計に響いてしまうのだ。

まさか自分の口から出る声が、あれほど甘ったるく情けない嬌声になるとは思ってもいなかった。今まで出すまいと我慢していた声を初めて出したのも、それの原因だろうか。


─すき、っ。にいちゃん、好き…

─やっと言ってくれた。俺も、好き。


その行為が終盤を迎えるにつれて、俺は感情を露わにし始めた。

「好き」。その言葉だけが行為中ずっと頭の中で跳ね回り、幸福感を覚えた。身体の中の欲望が形になって全て出されきった頃には、もはやなぜ殺人なんてしようとしたのか分からないくらいに、兄ちゃんのことを好きになっていた。



今日は、珍しく兄ちゃんが起きていた。その肩幅の広い背中に抱きついて、また「好き」と言葉を漏らす。疲れていたのだろうか。返答はない。


もしかすると、兄ちゃんは俺を堕とすまでが計算のうちだったのかもしれない。でも、今はそんなことどうでもいい。ずっと、兄ちゃんの隣にいられれば、それでいい。


もう一度、俺の折れてしまいそうな手で抱きつく。暖かくて、汗でぺたぺたしているその身体を包み込むように。



永遠に、この幸せが崩れなければいいのだけれど。


そう思いながら涙を零していたのは、単純に幸せを意味していたのか、俺の身体が壊れることを意味していたのかは分からない。


もう、離さないから。


─愛してる。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

merry bad end


メリバだよ

【純愛を知らない少年:伊織&本当の”あいしかた”を知らない:兄ちゃん】

でした


語彙無かったです

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コメント

3

ユーザー

泣けてくる…兄さん良いやつだ

ユーザー

実は兄さん編結構気に入ってます

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