─ぼくには、だいすきな ともだちがいます。
そのこのなまえは「かげくん」です。
ほんとのなまえは わからないけどね。
かげくんは、いつもやさしいおとこのこです。
ぼくにそっくりで、ぼくのことがだいすき。
ぼくも かげくんがだーいすきです。
10がつ 2にち
ふずき あきは
「…ふふっ。見てよかげくん、僕のちっちゃい頃の絵日記だ」
『一日で飽きちゃったやつ?』
「うん、そうみたい」
名前の綴り、「づ」が「ず」になっているその絵日記を見ながら、何となくノスタルジックな気分になる。やっぱり、定期的に見返すと童心に戻れていいなあ。
かげくんは隣で「上手な字だよね」と僕の幼少期を褒めてくれる。
僕によく似ているようで少し違う彼は、僕がいちばん大切に思っている”友達”だ。
『…今でも、ぼくのこと好き?』
「1番、好きだよ」
『…えへへっ』
垂れ目の僕とは違う、釣り気味の目が細まる。赤くなった頬は、とても柔らかそうだ。
『僕ら、こんなにちっちゃい頃からいっしょにいたんだね』
「そうだね」
『ずっと、友達』
「うん」
ふいに、ぎゅっと手を握られる。俗に言う恋人繋ぎである指を絡ませた繋ぎ方は、二人で水族館にいた恋人を真似した時から定番の好意を示す行動だ。
「かげくんの手、僕すごく好き」
『うれしい。ちなみに、どんなとこが?』
「あったかいとこ。……生きてるみたい」
『…そっか』
─実のところを言うと、かげくんは人間じゃない。
そのことに気づいてしまったのは、小学生の時だった。
いつものように公園の砂場で遊びながら友達と待ち合わせていた時、かげくんと話をしていた時のこと。
─ね、僕のこと紹介してよ。
─うん。そうしよっか。何だか緊張しちゃうなあ…
友達に紹介するのはその時で初めてだったから、当然かげくんが人間じゃないということは分かるはずもなく、僕は何となくやる気が湧いていた。
でも、その時だった。
─……ねえ、誰と話してるの……?
顔を上げると、話しているところを目撃した友達が、困惑の表情を浮かべて立っていた。
その一言で、たくさんのことに気付かされた。
かげくんはおそらく人間じゃないこと。
かげくんは周りの人には見えないこと。
だから、僕は空気に話しかけているように見えてしまうこと。
どう言い訳しても、気味悪がるばかり。さすがにもうまずいと思った僕は、その場を後にした。
─聖葉くん、変なものが見えるらしいよ。
次の日、教室に入ると耳に入ってきたのは、僕の噂話だった。
その後次第に避けられて友達も消え、酷くショックを受けてしまった僕は、数ヶ月不登校になってしまったのだ。
『聖葉くん、?大丈夫……?』
「……え?…ああ、大丈夫だよ。ごめんね」
『…気分転換しよっか』
いつの間にか、考え事モードになってしまっていたらしい。少し申し訳なく思いながら、かげくんに着いていく。
『…気分転換とか言ったけど、もう寝よう?』
「寝たいの?」
『聖葉くん、ちょっと表情が曇ってたから。寝るのが1番だよ、っと』
「…わっ」
急に抱き締められて、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
強引だね、とひとしきり笑いあった後、いつものあれをされた。
あれ、というのは、赤ちゃんみたいに胸をとんとんされること。恥ずかしい気もするけどなんだか可愛らしいので、そのままやらせている。
『おやすみ』
「うん、おやすみ」
『…今日は、聖葉くんより遅く寝られるかな』
「どうだろうね」
まあ、今日も僕はかげくんより寝るのが遅かったわけだけど。
すやすやと寝息を立てて寝ていたかげくんは、少し目を離した隙に消えてしまった。
……何となく、かげくんの寝ていた場所に手を置く。生命の持つ温かさは感じず、ただひんやりとしているだけだった。
「…」
ベッドの隣に立ててある鏡を見つめる。あの子とは違って垂れ目の少年が、こちらをまじまじと見ていた。
いつもなら鏡に映るのはかげくんなのに僕が映るものだから、本当に寝ているのだ。どこかで。
かげくんは元々曖昧な存在で、幽霊でもないし、ドッペルゲンガーでも双子の兄弟でもない。急に現れ消えていく、鏡の中とか現実とかのありとあらゆるこの時空列の”空間”を行き来している。そういう変な存在なのだ。
瞼が重くなる。……さあ、今日はどんな夢を見るのだろう。
そうっと目を閉じ、夢の本のページをめくるみたいに、僕は眠りについた。
『あれ、来たの?いらっしゃい』
「かげくん…起きてたの」
『夢ではね』
ああ、今日は明晰夢だな。そして、ここはかげくんの”お家”。かげくんは僕の夢の中にまで侵入して、こうやって家とともに度々現れる。
ここでは、現実世界の”まとも”とか”ふつう”とかは通じない。輪郭が曖昧な部屋の中、望み通りに出てくるお菓子を食べたり、現実には存在しない絵本を読んだりしているのだ。
「……今、何時なんだろう」
『…残念なんだけど、6時前』
「え、そうなの……?起きなくちゃ」
『…そっか』
「うん。またあとでね」
思ったより時間が経っていたみたいだ。というか、元々寝たのが12時だったからな。遅いのも当たり前か。
どこか物悲しそうなかげくんの隣で、そっと目を閉じる。
今日はあんまり遊べなかった。……まあ、いいか。
─またね。…こっちの世界。
さあ、今日も一日が始まるよ。
……一緒に頑張ろうね、かげくん。
「─おはよう、現実。」
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