テラーノベル
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いつもなら、ここでランディリックの物言いが入る。
リリアンナは今更ながら、ほんの少しだけそれを期待していたのだけれど、ランディリックは何も言わなかった。
その沈黙が、今夜の彼は自分の選択に口を出すつもりがないのだと、リリアンナに悟らせる。
誰にも気づかれないよう、リリアンナは奥歯を噛み締め、気持ちを切り替えた。
そしてランディリックの傍を離れ、差し出されたセレンの手に、そっと自分の指先を重ねる。
それを受けるセレンの所作は、ひとつひとつが洗練されていて、強引さがない。
その慎ましさが、かえって周囲にはリリアンナたちを親密そうに見せた。
二人がフロアへと歩み出すと、視線の流れもまた、自然とそちらへ移る。
ひな壇の上からも、フロア内の二人を静かに見下ろす視線があった。
玉座に座すイスグラン帝国王オルディス・ヴァルター・ヴァルドール。
その隣には皇太后クラウディア・エリザベート・ヴァルドール、そして一歩控えた位置に皇太子アレクト・グラン・ヴァルドールが並んでいる。
オルディス王は威厳を保ってはいるものの、長く背を伸ばしてはいられない様子だった。
挨拶も短く、式次第の多くは側近に委ねられている。
その様子を、皇太子は誰よりも冷静に見据えていた。
(――彼は……やはり、あの娘に興味を持ったか)
ひな壇という最も目立つ位置にありながら、アレクトの視線は拍手や賛辞には向かない。
彼の視線は、さして熱を持った様子も持たず、異国の皇太子でありながらイスグラン帝国民の色を持つ青年と、イスグラン帝国民でありながらマーロケリー国の色を持つレディの踊りを、見るとは無しに見つめていた。
ふたりの距離、周囲の反応、そしてそれらが持つ意味だけを、静かに量っている。
踊る二人は、あくまで舞踏会の一場面にすぎない。
だがその一場面が、いずれ別の場所で語られるであろう可能性を、アレクトは見据えていた。
自分が持たないものに惹かれるのは人間の性だ。
こちらから多くを仕掛けずとも、二人を引き合わせさえすれば、セレノ皇太子がウールウォード伯爵令嬢に興味を持つ可能性は高いと思っていた。
(案の定、セレノは、あの令嬢を気に入っている)
赤みを帯びたヴァーガンディ―色の髪と、翡翠の瞳。
マーロケリーの色を宿す令嬢に、イスグラン帝国民にしか見えないマーロケリー国皇太子が手を差し伸べている。
てっきり一番の障壁になると思っていた令嬢の後見人――ニンルシーラ辺境伯ライオール侯爵が、珍しくセレノに令嬢を任せている。
アレクトは、見たままの光景を、事実として切り取った。
そこに感情は挟まない。
この夜の光景は、いずれ政治の盤面に載るだろう。
(思った通り、あの令嬢は使えるな)
父王オルディスが、すぐそばのクラヴィスに何か耳打ちしている。
両親の視線の先に、自分と同じようにウールウォード伯爵令嬢の姿を認めたアレクトは内心でほくそ笑んだ。
オルディス王は、マーロケリー国を目の敵にしている。
ウールウォード伯爵令嬢が、イスグラン帝国民の血を引いていると知っていても尚、母方の血があそこまで色濃く出てしまっていては、目障りに思えて仕方がないのだろう。
国王であるがゆえに滅多なことで何も罪を犯していない者を裁くことはできないが、ウールウォード家が王都エスパハレに邸宅を構えていることも知っているだろうから、どうにかして彼女を排したいと思っているはずだ。
吐息交じりにウールウォード伯爵令嬢を見守る銀髪の男――ニンルシーラ辺境伯ランディリック・グラハム・ライオールへ視線を投げていることからも、〝あの男さえいなければ〟――。そう考えているのだと、アレクトには容易に想像がついて、全てが自分の掌の上で踊っているように感じられた。
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