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追憶の探偵

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追憶の探偵

52 - 3-case16 姿を現す

2025年02月17日

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「ん~久しぶりの外は気持ちいーね」

「嫌味か、それ?」



夕暮染まる橋の上を俺たちは並んで歩いていた。車道と歩道が区別されていないその橋は、車も人もいなくて、橋の上からは大きな夕日を眺めることが出来た。橋の下には川が流れており、底が見えない。

結局今日は神津の押しに負けて、外出することを許可したが、それでも神津の心配性がうつった俺は、夕方限定という条件をつけて二人で外に出た。


神津は、久しぶりの外に少し上機嫌になりながら俺の前を歩く。

あまり先にいかれると、置いて行かれてしまいそうだった。



「やっぱ、春ちゃんには感謝してもしきれないね」

「いきなりどうしたんだよ」

「うーん? 春ちゃん覚えてる?」



神津は立ち止まり、橋の上から川を見下ろして呟く。

何を? と聞けば、神津はこちらを振り返り微笑みながら答えた。忘れた? と神津は俺に聞く。神津の言っている意味が分からず、首を傾げれば、神津はふっと笑った。

風に揺れる亜麻色の三つ編みは、夕日を帯びて仄かにオレンジ色に染まっている。夕日に溶けて消えてしまいそうな儚さの神津を見ていると、無意識に手が伸びていた。


別にいなくなるなんて事、ないだろうに。



(これからは、ずっと一緒だって……恭が言ってくれたじゃねえか)



それでも、何処か心細さを感じてしまい、俺は伸ばした手を握って下ろした。

神津は、微笑みながら、また視線を橋の下へと落とす。



「ほら、子供のときさ。ここよりもちょっと田舎に住んでたじゃん。近くに遊びに行ける山があって、林があって、川があって……」

「ああ」

「その時のこと、ちょっと思い出して」



と、神津は笑う。


過去を懐かしむようなその笑顔に、俺は口を開いたまま神津を見つめていた。

神津のいうとおり、昔は捌剣市の端の方に住んで居て、それこそここよりも田舎でちょっと不便なところだった。小学生時代、理科の実験でそこら辺の草を摘みにいったりもしたし、ハイキングだと称して山にも登らせられた。夏には川で賑わう子供の声が聞えて、釣りに行ったりもした。

今思えば凄く懐かしくて、いい思い出だったと。


だが、何故そんな昔のことを思い出しているのかと不思議に思った。俺たちは十二年一緒に過ごし十年離ればなれになり、また二年間一緒に過ごし始めた。止っていた十年間。もし、神津がこっちにいたまま、中学、高校と進んでいけたらどうだっただろうか。きっと、こっちでもモテていたんだろうなとか、人気者になっていたんだろうなとかも考えた。

それでも、こっちにいたら今の神津は出来なかったわけだし、プロのピアニストの神津も生れなかっただろう。空っぽな神津が生み出した音は、離ればなれになっていたからこそ生れたものなのだから。



「春ちゃんは、小さい頃から僕を助けてくれた。もっとも、今も現在進行形でそうなんだけど」

「俺は……」

「そうやって助けられて、春ちゃんの格好いいところ一杯見せてもらったから春ちゃんのこと好きになったんだ。だから、前いったけど僕の方が春ちゃん好き歴は長いと思うよ?」



と、神津は悪戯っ子のように笑って言った。


俺が何か言おうとすればそれを遮って、神津は言葉を紡ぐ。



「春ちゃんは格好いい、僕のヒーローだよ」

「……俺も、お前の事格好いいって思ってる」



そういえば、神津は目をまん丸くさせ、え? と聞き返した。



「は、春ちゃん今、僕のこと格好いいって……!」

「い、いってねえ! 空耳だろ!」

「え~言った、言った! 僕のこと格好いいって思ってるって言った!」



聞えてんじゃねえか、と叫びたくなったが色々突っ込めば神津の思うつぼだと思って口を閉じた。

神津は、嬉しそうに頬をゆるゆるにさせ俺のほうによってくる。ぷらりぷらりと揺れる三つ編みを見て、俺は気を紛らわせていた。



「ん~春ちゃんって格好いいけど、すっごく可愛い!」

「どっちなんだ!」

「可愛い春ちゃんを知ってるのは僕だけ!僕にしか見せちゃダメだからね!」

「独占欲凄えな、おい」



と神津の頭を軽く小突けば、神津はふへへと笑った。


だが、そのまま暫く見つめ合っていれば、その雰囲気をぶち壊すような声が響いた。



「恭君から離れてください!」

「あぁ?」

「ビンゴ、引っかかったみたい」



そう言って、隣でニヤリと笑う神津とは違い、目の前に現われた二十代半ばぐらいの女性は、俺と神津を……俺をすごい凝相で睨んでいた。

それを見てああ、こいつが神津のストーカーかと、瞬時に理解する。



「おい、神津、俺の事囮に使ったのか?」

「事務所に乗り込まれるよりかは良いでしょ?ご近所迷惑になるし」



確かに、俺たちの住居である事務所を把握されている以上、いつ乗り込まれるか分かったものではない。あの恐怖のラブレター攻撃から、恐怖のピンポン攻撃になると、近所迷惑になるのは目に見えている。だが、こんなにもタイミング良く現われるものなのだろうか。

そう思い神津を見れば、餌に引っかかった魚でも見るように微笑んでいて、その様子はどこか楽しげだった。でも、それが今の俺には悪い顔に見えて仕方がない。



「お前が、神津のストーカーか?」



そう俺が神津を守るように前に出れば、後ろで神津が「男前春ちゃん」などとはしゃいでいる。目の前にいる女性が、恐怖のラブレター攻撃をしてきたストーカーだというのに、当の本人ははしゃいでいるのだ。意味が分からない。

だが、そんな俺たちとは違い、怒りに狂ったような女性は俺を見るなりまた「早く離れろ!」と先ほどよりも強い口調で怒鳴った。



(ああ、こりゃ話が通じる相手じゃねえな……)



俺はそう思いつつも、穏便に済ませようと口を開く。だが、話す隙与えまいと女性が口を開く。



「アンタが私の恭君を奪ったんでしょ!この泥棒猫!」

「意味分かんねえ……」



ギャンギャンと叫ぶ女性の言葉の意味が分からず、思わず呆れてしまった。



「恭君は私の為にピアノを弾いてくれたの。恭君も恭君の音も私のものなの! それなのに、アンタが恭君を……そのせいで、恭君はピアノを辞めて!」

「言ってることがわからねえな。神津は、お前のために弾いてたんじゃねえよ。少なくともお前『だけ』の為にはな」

「ね?恭君。恭君は私のものだよね? ね?だってずっとコンサートいってたし、恭君だって私の手紙もメールも全部読んでくれてたんでしょ? 恭君も私の事好きって事だよね。恭君の音は私のものだよね? ね? ね?」



プロ時代の神津の音は誰もに向けられた無償の愛そのもの。そこに愛はない形だけのものだったが、少なくとも誰にでも等しくその音を届けていた。だから、誰かが独り占めも、自分のものだって言う権利は無い。

それに、今じゃその音は俺だけに向けられている、それこそ俺のものなのだ。

俺は、どうにか女性を宥めようとしたが、あまりに的外れなことを言うのでこっちまで口調が荒くなってしまう。もう早く警察にでも突き出せればと思っていると、神津が俺の肩を掴んで下がらせると、女性の方へ歩いて行く。



「恭君!」

「近付かないで貰えるかな? それに、僕に触れて良いのは春ちゃんだけなんだけど」



そう女性に冷たく言う神津。

これは、相当怒っているなあと、いつもの神津では考えられないぐらい低い声で、表情も冷たく目も笑っていない。身震いするぐらい恐ろしい殺気が立っている。



「僕は春ちゃんしか興味ないんだ。だから、さっさと消えてくれる?」



そう神津が言えば、女性は「うっ」っと声を出して後退りをした。



「恭君はその男に騙されてるだけよ! それか、その男に何か言われたんでしょ。脅されてるんじゃないの!? だから、私に冷たく当たるんだ」



と、俺を指さす。


神津はそれを見ても、顔色一つ変えなかった。いい加減、神津の変化に気付けよと思っていれば、女性は何やら鞄の中を漁り出した。



(嫌な予感がするな……)



俺はそう身構えつつ、何が出てくるのか待っていると、女性は徐に包丁を取り出してきた。



「なら、もういっそ、一緒に死んじゃいましょ。そしたら、恭君と私は幸せになれる。天国で二人幸せに……!」



ブツブツとお経のように女性は呟いていた。これは不味い。そう思い、俺が駆けだしたと同時に、女性は両手で包丁を握りしめて走り出した。神津はそれを受け止める気なのか動かない。いや、それか本気で驚いて動けないのか。



「恭君、一緒に逝きましょう!」

「恭――――ッ!」

「――――ッ!?」



俺は咄嵯に神津を突き飛ばす。



「……ッ」

「春ちゃん!」



そんな神津の声が聞えるのと時を同じくして、俺の腹からは赤い液体があふれ出した。



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