坪井も酔っているのだろうか。
今日はやたらとその口から『可愛い』が聞こえる。
真衣香にとっては慣れない言葉。
その度に揺れて、大げさに反応する心臓がうるさい。
「あー、やっぱ今のなし!ごめん、全部独り言な!」
坪井の慌てたような声が珍しい。
真衣香がそのことに気を取られていると、次に続いた声は既に平静というのか。
いつもの『らしさ』を取り戻した余裕のある声。
「てゆーか急がなくていいじゃん、そんなの。今日から俺お前の彼氏でしょ」
「か、彼氏……」
うんうん、と。
嬉しそうな顔で坪井が頷く。
例え事実だとしてもだ。
サラッと直球で言えてしまう、いや、言ってしまっても違和感がない。
そんな坪井は、やはりどう考えても。
(坪井くんの『つきあってみる?』がなかったら遠いままの人だったよ)
「そ、彼氏。だから、まさかそんなもったいないことできないじゃん」
「もったいない?なんで?」
今の会話の流れから、坪井が何を『もったいない』と表現しているのか。
「何がって、マジで言ってる?流れ的にわかるじゃん」
笑顔が一転。
「相手がさぁ、マジで今日初めて会った合コン相手の男だったらお前ヤバかったと思うよ?」と言って、不機嫌そうに眉をひそめる。
(流れも何も経験なさ過ぎて男女の会話の駆け引きなんてわかんないから!)
なんて言ったらもっと怖い顔をされてしまうかもな。と、予感して。
真衣香は思うだけにしておいた。
(それにしても……)
コロコロと変わる表情。
次はどんな表情を見せるだろうか。
どんな言葉で、笑ってくれるだろうか。
真衣香は会社で、坪井のまわりに人が絶えないことを改めて思い出す。
そして、納得する。
(近くで見るとこんなに頭の中から離れなくなる人だったんだ)
「これからいつだってできるじゃん。だから勢いじゃなくてちゃんと、しようよ」
「……う、うん」
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