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晩白柚
今日も今日とて💚💙
第二十話 煙の向こう
翔太 side
今日も今日とて、焼肉を愛す。
網の上で脂が弾ける音が、胸の奥まで届く。
焼肉はご褒美だ。努力の証明みたいなものだ。
今日はちゃんと頑張った。
だから堂々と食べる。
ビールをひと口。
喉が熱くなる。
隣に座る亮平が、黙って肉を裏返す。
火加減を見て、余分な脂を落として、焦がさない。
いつも通りの手つき。
その横顔を見ていると、妙に安心する。
「ほら、焼けた」
俺の皿にのせられる。
普段は、自分で焼く。
亮平と一緒の時は、俺は食べる専門。
いつの間にか役割が決まっている。
「ありがと」
素直に言う。
滅多に飲まないアルコール。
ましてビールはほとんど飲まない。
「焼肉にはビールでしょ」
その言葉に乗せられて、嗜む。
初めは苦いビールも、亮平と二人で掲げたビールは美味しかった。なんだかぽわぽわして心地よい。
解けていく。
そんな時間だ。
亮平は何も言わない。
ただ、次の肉を網に置く。
その無言が心地いい。
少しだけ、足が触れる。
わざとじゃない。
でも、離れない。
「なあ」
箸を止める。
「俺さ、今日めっちゃ頑張った」
仕事の話じゃない。
ただ、聞いてほしいだけ。
「うん」
短い返事。
でも、ちゃんと見ている目。
それが嬉しい。
ビールをもうひと口。
身体がゆるむ。
声も、少しだけ低くなる。
「亮平の前だとさ」
自分でも何を言うのか分からないまま、続ける。
「なんか、気抜ける」
煙が目にしみる。
誤魔化すみたいに笑う。
「外だとちゃんとしなきゃって思うのに」
亮平が肉を裏返す音。
静か。
「ここだと、別にいいやってなる」
正直すぎる。
でも今日は止まらない。
酒のせいだ。
たぶん。
無意識に、肘を少し預ける。
テーブル越しじゃなく、隣に座っている距離。
肩が触れる。
亮平は何も言わない。
避けもしない。
そのまま焼き続ける。
それだけで、甘えていいって言われている気がする。
「亮平」
名前を呼ぶ。
「ん?」
「好き」
一瞬、間違える。
「……焼肉」
言い直すつもりが、笑う。
「いや、焼肉もだけど」
視線を合わせる。
酒で少し赤くなった顔のまま。
「お前も」
一瞬だけ、亮平の手が止まる。
網の上で脂が弾ける。
言ってから、箸で皿をいじる。
照れ隠し。
でも本音だ。
亮平は小さく息を吐く。
それだけ。
でも耳が少し赤い。
それを見るのが楽しい。
またビールを飲む。
甘やかされている気がする。
焼いてもらって。
聞いてもらって。
隣にいさせてもらって。
それが当たり前みたいに。
そして。
何も考えずに、ぽろっと出る。
「昔さ」
軽いトーンで。
「涼太とよく焼肉来てたんだよ」
少し笑う。
「甘やかすの、上手かったな」
と言った瞬間。
網の上で脂が強く弾けた。
亮平のトングが、わずかに止まる。
ほんの一拍。
すぐに動き出す。
でも、火が少し強い。
焦げ目が濃い。
俺の皿に肉が積まれていく。
さっきより、無言。
煙が、少し重い。
そこでやっと、遅れて気づく。
あ。
踏んだ。
亮平はほとんど食べない。
ただ焼く。
煙が、さっきより重い。
視線は穏やかだ。
口元も笑っている。
なのに、空気が違う。
何かを踏んだ気がするのに、酒のせいでうまく掴めない。
夜風に当たって、少し酔いが回る。
そのまま帰宅した。
⸻
玄関
鍵の音が、やけに響いた。
扉が閉まった瞬間、腕を掴まれる。
引かれる。
背中が玄関の壁に触れる。
まだ靴も脱いでいない。
距離が、一気に消える。
亮平の手が壁につく。
囲まれる。
逃げ場がない。
狭い玄関に、二人分の呼吸だけ。
声は低い。
静かだ。
怒鳴らない。
けれど、逃がさない。
亮平の声が落ちる。
――俺じゃ足りない?
近すぎる距離で。
ああ。
踏んだ。
さっきの名前だ。
涼太。
甘やかす。
昔から分かってくれてた。
全部、地雷。
亮平の目は逸れない。
責めているわけじゃない。
ただ、確認している。
自分の位置を。
自分の役目を。
自分が、俺の中でどこにいるのかを。
胸が詰まる。
違う、とすぐ言いたいのに、言葉が遅れる。
足りないなんて、そんな話じゃない。
足りているのが誰か。
それだけは、はっきりしている。
俺は逃げない。
壁との隙間を、自分から埋める。
視線も逸らさない。
「亮平さんにしか満たされない……も、もっと欲しいです」
声が少し掠れる。
でも本音だ。
一瞬、亮平の呼吸が止まる。
壁についていた手が、わずかに震える。
圧が変わる。
制圧だった距離が、抱き寄せる距離に。
額が触れる。
玄関灯の下で、体温が混ざる。
「急に素直になるのなんなの?止めらんなくなる」
静かな独占。
怒りじゃない。
奪う覚悟。
その温度に、胸がじわりと熱くなる。
亮平は静かだ。
でも本気で欲しいものは、絶対に手放さない。
玄関は狭い。
靴も脱いでいない。
でも今は、それでいい。
煙は消えて、
代わりに家の匂いと、亮平の体温が近い。
俺は酔っていた。
でも今は、はっきりしている。
玄関の壁に押しつけられたまま、
俺は自分から腕を回す。
逃げない。
離れない。
家の中でだけ見せる顔を、
ちゃんと、ここに置く。
腕を回した瞬間、亮平の目が変わる。
さっきまで静かだったのに。
今度は、はっきり捕まえる目。
「亮平さん」
呼んだ瞬間。
腰を引かれる。
バランスを崩して、体がぶつかる。
亮平の胸。
そのまま抱き上げられる。
「え、ちょ――」
「静かに」
低い。
有無を言わせない声。
廊下を歩く。
酔いのせいか、世界が少し揺れる。
でも腕はしっかりしている。
逃げる気がないのが、自分でも分かる。
ベッドに降ろされる。
マットレスが沈む。
次の瞬間、亮平の影が落ちる。
覆われる。
距離がない。
指が顎に触れる。
上を向かされる。
「翔太」
低い。
「俺の前で」
息が近い。
「他の男の名前出すな」
そのままキス。
短くない。
逃がさないキス。
離れたあとも、額は離れない。
呼吸が近い。
「分かった?」
翔太は少し笑う。
「……はい」
その答えを聞いた瞬間。
亮平の手が背中に回る。
完全に閉じ込める腕。
逃げ道はない。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
胸の奥が熱くなる。
亮平が耳元で低く言う。
「酔ってる翔太、危ない」
「なんで」
「誰にでも笑うから」
少し間。
「俺の前だけにして」
次のキスは、さっきより深かった。
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やーーーん💙きゅんきゅんしちゃう!!!!!🥹🥹🥹🥹🥹🥹