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第130話:猫耳ズボラ娘、世界に放たれる〜国境を越えた「怠惰」と、バグり散らかすドルの雨〜
帯広のボロアパート、四畳半。
現在時刻、午前四時三十分。
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で、息を呑んでPCモニターを凝視していた。
画面に映し出されているのは、株式会社インフィニティ・ワンが社運(と俺の自腹三百万円)を賭けて放つ、英語圏向け新人VTuber『ヨモ』のデビュー配信である。
『――So yeah, that’s why I’m here. Honestly, I didn’t even want to turn on my PC today. Breathing is too much work.(……ってわけで、ここにいる。ぶっちゃけ、今日はPCの電源すら入れたくなかった。息するのすらめんどくさい)』
超絶クオリティのLive2Dで描かれた、愛くるしい琥珀色の瞳を持つ猫耳美少女。
その完璧なガワから放たれているのは、世界中のオタクたちを癒やすアイドルボイス……ではなく。
開始直後からずっと続く、圧倒的に気だるげで、低体温な【ネイティブ英語による愚痴】だった。
『I mean, look at this. Capitalism is a scam. Why do we have to work 40 hours a week just to afford a bed that we only get to sleep in for like, 6 hours? It’s bullshit.(てかさ、資本主義って詐欺でしょ。なんで一日に6時間しか寝られないベッドの家賃を払うために、週40時間も働かなきゃなんないの? マジでクソゲー)』
「お、おい結愛(ゆあ)! あいつまだ言ってんのか!? 開始から三十分経つのに、ずっとテンション低いままじゃないか……!」
俺がディスコード越しに慌てて尋ねると、我が社の冷徹なる経理担当・結愛の氷点下ボイスが返ってきた。
『ルシフェル様。ヨモさんは現在、「資本主義は詐欺である」「家賃のために働くのは馬鹿げている」という、極めて反社会的な労働批判を展開しております』
「デビュー配信でなんてこと言ってんだあいつはァァ!!」
俺は頭を抱えた。
三百万円だぞ。三百万円の経費をかけた「海外からドルを稼ぐための大砲」が、開始早々からリスナーに「働くのやめようぜ」と説教を続けているのだ。
これでは、誰もスパチャなんて投げてくれない。大爆死だ。
「おいヨモ! 違うだろ! もっとこう、『みんなに笑顔を届けたいにゃん!』みたいな、海外のオタクが喜ぶ萌え営業をやれって言っただろ!」
俺が裏回線で指示を飛ばすと、画面の中のヨモは、あからさまに嫌そうな顔(Live2Dのジト目モーション)を作った。
『Ugh, my boss is yelling in my ear. He’s a 40-year-old bald guy who’s obsessed with taxes. Gross.(うぇ、上司が耳元で喚いてる。あいつ税金に憑りつかれてる40歳のおっさんなんだよね。キモい)』
「誰がハゲだ!! まだフサフサだわ!!」
俺のツッコミを完全に無視し、ヨモはさらにダラけきったポーズ(頬杖)をとった。
『Anyway, I hate working. And don’t even get me started on taxes. Why does the government take my money? I didn’t ask to be born. I just want to stay in my blanket forever.(とにかく、働くの嫌い。税金の話とかマジでしないで。なんで生んでくれって頼んでもないのに、国に金取られなきゃなんないの? 一生毛布の中にいたい)』
「あぁ……終わった。俺のグローバル戦略が、初日で終わった……っ」
俺は三万円のゲーミングチェアに深く沈み込み、白目を剥いた。
ただでさえ競争の激しい英語圏のVTuber市場。
こんな、労働意欲ゼロで税金への不満を垂れ流すだけのズボラ女が、受け入れられるわけがない。
――そう、思っていた。
だが、次の瞬間。
俺の視界の端にある『チャット欄』が、かつてない異常なスピードで滝のように流れ始めたのだ。
『LMAO SHES SO REAL(クソワロタ、めっちゃリアル)』
『I feel you sis(わかる、わかるぞ姉御)』
『Capitalism IS a scam. Yomo speaks for the working class!(資本主義は詐欺。ヨモは労働者階級の代弁者だ!)』
『She is literally me fr fr(マジで俺らそのものじゃん)』
「……えっ?」
俺は、目を疑った。
批判されるどころか、海外のリスナーたちが、ヨモの言葉に大熱狂している。
『ルシフェル様。驚くべきデータが出ております』
結愛のタイピング音が、かすかに弾んでいた(ように聞こえた)。
『現在、英語圏の若年層……いわゆるZ世代は、歴史的なインフレと過酷な労働環境により、「ハッスルカルチャー(猛烈に働くこと)」への強烈な嫌悪感を抱いています』
「け、嫌悪感……?」
『はい。彼らにとって、作られた完璧なアイドルの笑顔は、もはや「企業による搾取の象徴」として映るのです。そこに現れた、ヨモさんの【圧倒的でリアルな怠惰】。そして【労働と税金への憎悪】』
画面の中では、ヨモが大きなあくびをしながら、「If you throw money at me, I will use it exclusively to sleep more.(もしお金投げてくれたら、もっと寝るためだけに使ってあげる)」と言い放っていた。
『彼女の態度は、労働に疲弊した海外の若者たちにとって、究極の【共感(チル)】と【カタルシス】を提供しています。これは……完全にバズりました』
結愛の宣言と同時に。
配信画面の右端が、極彩色に輝き始めた。
『SuperChat: $100.00 (Pay your taxes! lol)(スパチャ100ドル:税金払え!笑)』
『SuperChat: $50.00 (Buy a better bed, queen)(スパチャ50ドル:もっといいベッド買いな、女王様)』
『SuperChat: $200.00 (I hate my job too. Take my money and sleep for me)(スパチャ200ドル:俺も仕事嫌い。俺の金で俺の代わりに寝てくれ)』
「う、うおおおおおっ!!?」
俺は四畳半の畳に転げ落ちそうになりながら、絶叫した。
さっきから止まらないスパチャの嵐が、さらに加速している。
しかも、飛んでくる額がどんどんデカくなっている。世界最強の基軸通貨、『ドル』の暴力だ。
100ドル、50ドル、200ドル……狂ったような円安相場の中で、これが日本円に換算されたら一体いくらになるのか。
脳内のインボイス電卓が、ショート寸前の火花を散らして計算を弾き出す。
「す、すげえ!! ヨモ、お前すげえよ!! お前はただのニートじゃねえ、世界の労働者の星だ!! もっとだ! もっと海外の社畜どもからドルを巻き上げろ!!」
俺が手のひらをドリル級の速度で返して歓喜の舞を踊っていると。
画面の中のヨモが、飛んでくる高額スパチャを見て、信じられないほど嫌そうな顔をした。
『Ugh… Why are you guys giving me money? Now my boss is gonna make me stream again tomorrow. Stop it. I want to be fired.(うぇ……なんでお前らお金投げるの? これじゃあ明日も上司に配信させられるじゃん。やめて。クビになりたい)』
『SuperChat: $500.00 (NO ESCAPE FROM LABOR, YOMO!)(スパチャ500ドル:労働から逃げるなヨモ!)』
『SuperChat: $100.00 (Suffer with us!)(スパチャ100ドル:俺たちと一緒に苦しめ!)』
「あははははっ! 最高だ! ドMなのは日本のリスナーだけじゃなかったんだ! 世界中どこにでも、冷たくあしらわれて喜ぶ変態(大口顧客)はいるんだな!!」
俺は、狂ったように飛び交うドル建てのスーパーチャットを眺めながら、勝利を確信した。
これで、株式会社インフィニティ・ワンは安泰だ。
海外のドル箱を手に入れた。来年の税金だって、このペースなら余裕で……。
『……ルシフェル様。浮かれているところ大変恐縮ですが』
結愛の、絶対零度の声が、俺の脳髄に冷水をぶっかけた。
『先ほども警告いたしましたが、この異常なペースでドル建ての売上が急増し続けた場合、【来年の消費税および法人税】の納税額は、当初の試算すら上回るスピードで跳ね上がるということを、お忘れなきようお願いいたします』
「ひっ……!」
『稼げば稼ぐほど、莫大な【為替差益】によって日本の国税庁へ納めるべき税額が膨れ上がります。もはや黒字倒産すら視野に入るペースです』
「…………ッ!!」
俺の動きが、完全にフリーズした。
稼いでいる。確かに、莫大なドルを稼いでいる。
だが、それは同時に、俺が背負う『来年の借金(税金)』の額が、時速三百キロで肥大化し続けているということだ。
「い、インボイス……。世界に進出しても、税金地獄は加速する一方じゃないか……っ!」
『逃げられません。日本の税制は、宇宙の果てまでルシフェル様を追いかけます。さあ、絶望している暇はありません。ドル建て売上の為替レート換算という、地獄の経理作業の続きを始めましょう』
午前五時。
帯広のボロアパートに、朝を告げるカラスの鳴き声と、四十歳のおっさんの断末魔が響き渡った。
可愛い猫耳のズボラ娘が、世界中で共感の嵐(バズ)を巻き起こし、ドルを稼げば稼ぐほど。
社長である俺の胃袋には穴が空き、来年の税金地獄が深くなっていく。
グローバル展開という甘い果実は、資本主義のさらなる深淵へと、俺を引きずり込むのであった。
ゆうき あきや
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コメント
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めっちゃ笑ったわw ヨモのネイティブ愚痴が逆にバズるって、時代の闇と希望が詰まってる。社長の手のひら返しと税金地獄のオチも最高すぎる。続き、絶対読む🔥