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레몬인
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なんたろ
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第131話:ルシフェル和尚、海を渡る〜駆け込み寺(Temple)と、英語スパチャの嵐〜
一日一食。
それが、帯広のボロアパートに暮らす俺の、ミニマリストとしての確固たるルールである。
俺は三万円のゲーミングチェアの上であぐらをかき、茶碗によそった質素な玄米をモソモソと噛み締めながら、PCモニターを呆然と見つめていた。
「……おい、結愛(ゆあ)。俺の配信画面、バグってないか?」
『バグ、と申されますと? OBSの配信ステータスはグリーン、ビットレートも正常値を維持しておりますが』
ディスコードの向こうから、我が株式会社インフィニティ・ワンの冷徹な経理担当、結愛の氷点下ボイスが響く。
「いや、ツールじゃねえ! チャット欄だよ!! なんだこのアルファベットの羅列は!!」
俺が血走った目で指差した先。
現在進行形で生配信を行っている俺(ルシフェル)のYouTubeチャット欄は、これまでの見慣れた日本語ではなく、大量の『英語』によってものすごいスピードで埋め尽くされていた。
『Is this the CEO’s stream?(これが社長の配信?)』
『LUCIFER!! The Tax Priest!(ルシフェル!! 税金の神父!)』
『I heard this is the “Temple”. Save us from capitalism!(ここが「テンプル(寺)」だって聞いたぜ。資本主義から俺たちを救ってくれ!)』
『BALD OJI-SAN!(ハゲおじさん!)』
「誰がハゲおじさんだ!! 誰だ俺の限界集落(チャンネル)に外人を引き入れたやつは!」
俺がパニックになって叫ぶと、結愛はウェブカメラ越しにわざとらしくため息を一つ吐いて、冷静に分析結果を口にした。
『原因は明確です。先日デビューし、英語圏で爆発的なバズを引き起こした我が社の新人VTuber、ヨモさんです』
「ヨモが!? あいつ、自分の配信で俺の悪口でも言ったのか!?」
『悪口というよりは、事実の陳述ですね。「私のボスのルシフェルは、税金に怯えて毎日泣いている40歳のハゲたおじさんだ。彼の配信は、日本の社畜たちが集まる駆け込み寺(Temple)と呼ばれている」と、海外リスナーに向けて面白おかしくプレゼンしたようです』
「あのズボラ猫耳女ァァァ!! 言いふらすな!!」
俺は頭を抱えた。
だが、結愛の報告はそこで終わらなかった。
『その結果、ヨモさんの配信で【リアルな労働の絶望】に共感した海外のZ世代たちが、「その上司(ボス)はどれほど悲惨な労働環境で狂っているのか」と興味を持ち、自動翻訳ツールを片手にルシフェル様の過去のアーカイブを漁り始めたのです』
「あ、アーカイブを……?」
『はい。そして彼らは、ルシフェル様がインボイス制度や消費税の恐ろしさを血涙を流しながら叫ぶ姿を見て、言語の壁を越えた【魂の共鳴】を感じたようです』
画面の右端で、突如として極彩色のエフェクトが弾けた。
『SuperChat: $50.00 (F*CK TAXES! We stand with you, Osho!)(スパチャ50ドル:税金クソ食らえ! 俺たちは和尚と共にあるぜ!)』
『SuperChat: $100.00 (This Temple is my new religion. Amen.)(スパチャ100ドル:この寺が俺の新しい宗教だ。アーメン)』
『SuperChat: $20.00 (Pay your consumption tax with this, boss)(スパチャ20ドル:これで消費税払いなよ、ボス)』
「う、うおおおおおっ!?」
俺の口から、玄米の粒が飛び出しかけた。
「ド、ドルだ!! 俺の個人配信に、海外の富裕層(オタク)から直接ドルが投げ込まれてる!!」
『おめでとうございます、ルシフェル様。日本の複雑怪奇な税制に対する貴方のリアルな阿鼻叫喚が、海を越え、過酷なインフレと資本主義に疲弊した世界の労働者階級(ワーキングクラス)の心を打ちました』
結愛の完璧なビジネス敬語が、四畳半に響き渡る。
『彼らは、ルシフェル様を「資本主義のバグと戦うサイバー・テンプル(電脳寺)の主」として神格化し始めています。さあ、社長。彼らの熱い信仰(スパチャ)に対し、グローバルな対応をお願いいたします』
「グローバルな対応って言われても……俺、英語なんて中一の『ディス・イズ・ア・ペン』で止まってんだぞ!!」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、マイクに顔を近づけた。
無視するわけにはいかない。
画面の向こうには、俺に数千円、数万円という単位でお金を投げつけてくれる、言葉の通じない『神様(顧客)』たちがいるのだから。
「あー、えっと……。センキュー! センキュー・ベリー・マッチ!! マイ・ネーム・イズ・ルシフェル!!」
俺が必死に絞り出したカタカナ英語に、チャット欄が『wwww』と『LMAO(大爆笑)』で埋め尽くされる。
「ええい、笑うな! 俺は真剣なんだよ! タックス! タックス・イズ・ベリー・デンジャラス!! アイ・アム・ノー・マネー!! インボイス・キル・ミー!!」
俺が身振り手振り(Live2Dは動かないが)で、税金の恐ろしさを適当な英単語を並べて叫ぶと。
『YEAAAAAAH!!!(イエエエエエ!!)』
『Invoice kills us all!(インボイスは俺たち全員を殺す!)』
『He is speaking the language of gods!(彼こそ神の言語を話している!)』
『SuperChat: $100.00 (PREACH, OSHO! PREACH!)(スパチャ100ドル:説法だ和尚! もっと説法してくれ!)』
「……通じた!!」
俺は、三万円のゲーミングチェアの上でガッツポーズをした。
「見たか結愛! 翻訳機越しのプロレスが成立してるぞ! 文法なんて関係ねえ! 魂の叫びと『タックス(税金)』という人類共通の敵さえ提示すれば、世界中の社畜たちとひとつになれるんだ!!」
俺が歓喜の声を上げると、結愛がスッと、いつものように冷水を浴びせてきた。
『素晴らしいエンゲージメントですね、ルシフェル様。では、先ほどから飛び交っているドル建てスーパーチャットの【為替レート計算】についてご説明いたします』
「……え?」
『外貨で受け取った収益は、原則として受け取った日のTTM(仲値)で日本円に換算して売上を計上しなければなりません。さらに、入金時と決算時のレートの変動によって生じる【為替差損益】の計算も必要です。もし円安がさらに進行した場合、帳簿上の利益が実態以上に膨れ上がり……』
結愛の言葉が、俺の脳内に絶望の鐘を鳴らした。
『来年の法人税および消費税が、ルシフェル様が現在想定している以上のスピードで跳ね上がることになります』
「…………ッ!!」
俺の顔から、一気に血の気が引いた。
「か、為替差益……!? 売上だけじゃなくて、円安のせいで税金がさらに増えるってのか!?」
『はい。グローバル企業である株式会社インフィニティ・ワンにとって、為替リスクの管理は必須の業務です。……さあルシフェル様、信者(海外リスナー)の皆様が次の説法を待っていますよ。時差に負けず、朝までドルを稼いでください』
「やめろォォォォ!! 俺はただ細々と生きていきたかっただけなんだ!! なんで四畳半から一歩も出てないのに、世界経済の荒波に巻き込まれなきゃなんないんだよォォ!!」
『SuperChat: $50.00 (Why is he crying? I love this stream)(スパチャ50ドル:なんで彼泣いてるの? この配信最高)』
『SuperChat: $100.00 (TAKE MY MONEY TEMPLE PRIEST!)(スパチャ100ドル:俺の金を受け取れ寺の和尚!)』
翻訳機越しの、言葉の通じない異文化プロレス。
海外のリスナーたちが面白がってドルを投げれば投げるほど、俺の来年の税金計算は絶望的なまでに複雑化し、首を絞めていく。
玄米を齧りながら世界と戦う四十歳のおっさんは、今日もインボイスという名の十字架を背負い、広大なインターネットの海で涙を流し続けるのであった。
コメント
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第132話、読み終わったよ〜🥀 もうね、ルシフェル和尚のカタカナ英語での必死のタックス説法、めっちゃ笑ったけどめっちゃ沁みた…。笑ってる場合じゃないのに、海外のリスナーが「PREACH!」って盛り上がってるの、ある意味すごく温かくて。でも結愛さんの冷静な為替レート解説で一気に奈落に突き落とされる流れ、大好きです。 「魂の叫びと税金さえ提示すれば世界の社畜とひとつになれる」って言葉、重すぎて深かった。和尚の苦しみが世界と繋がっちゃってる…。