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エージェント67
#いじめ
#仕事
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会場は、墓場のような静寂のあと、一気に怒号と困惑の渦に飲み込まれた。
「異臭がするぞ!」
「放送を止めろ!」
「あの手は何だ!?」
パニックのただ中で、蓮だけが糸の切れた人形のようにガタガタと震えていた。
僕の右手の火傷の痕と、真っ赤に浮かび上がった『泥棒』の文字。
その二つが、彼の脳内で最悪のパズルを完成させたらしい。
「湊……。生きて…いたのか? その顔、その名前……全部、俺をハメるためにか……っ!?」
「ハメた? 心外だな。僕はただ、君が望むままに『最高のレシピ』を差し出しただけだよ。それを自分のものだと偽って世界に見せびらかしたのは、君だ」
僕は、あえてマイクの近くまで歩み寄った。
僕たちの会話は、逃げ場のないスピーカーを通じて全世界に垂れ流されている。
「この黒い泥を見てごらんよ、蓮。君が『僕の魂だ』と豪語した料理の成れの果てだ。他人の才能を掠め取り、自分の血肉だと偽り続けた、君の醜い内面そのものじゃないか」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」
蓮が狂ったように調理台を叩く。
「俺はスターだ! 天才シェフなんだよ! お前みたいなゴミに、俺の築き上げたものを壊されてたまるか!」
「天才? 笑わせないでくれ。君はこの数ヶ月、僕が計量した塩一つなければ、まともな味付けすらできなかったじゃないか。君が君自身で生み出したものなんて、この世に一つも存在しない」
僕は懐から、もう一つのデバイスを取り出した。
あらかじめメインモニターのシステムに潜り込ませておいた、決定的な「隠し味」だ。
「……みんな、見てほしい。これが、この『天才』の真実だ」
巨大スクリーンに映像が流れる。
数年前のコンクール前夜、蓮が僕のレシピを盗み見ている防犯カメラの映像。
そして、僕を襲わせた男たちへの報酬を振り込んだ、銀行口座の履歴。
さらには、この数ヶ月、厨房で僕に泣きつくようにレシピを乞うていた蓮の情密な音声データ。
証拠は、これ以上ないほど「完食」されていた。
「あああああぁぁぁ!!!」
蓮は耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちた。
かつての自信に満ちた面影はどこにもない。
ただの、嘘で塗り固められた哀れな詐欺師の姿が、高画質のカメラによって全角度から中継されている。
観客席から、軽蔑の罵声が飛ぶ。
「人殺し!」「泥棒シェフ!」「詐欺野郎!」
かつて彼に惜しみない拍手を送っていた人々が、今は彼を地獄へ突き落とすための石を投げている。
因果応報
僕が味わった地獄を、今度は彼が、もっと残酷な形で味わう番だ。
「さあ、蓮。終わりだよ。お前の人生、たった今『品切れ』だ」
僕は、足元に転がっていたコック帽を冷たく踏みにじった。
蓮は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、僕の足にしがみつこうとしてきた。
「助けてくれ、湊……俺が悪かった!金ならやる、店もやる!だから、これは何かの間違いだって、演出だったって言ってくれ!」
「残念だけど、僕は料理人なんだ。不味い嘘を『美味しい』なんて、口が裂けても言えないよ」
僕は彼の手を冷たく振り払い、背を向けた。
火傷の痕が、今までにないほど静かに、そして深く癒えていくのを感じた。
ステージの袖から、警察と大会関係者がなだれ込んでくる。
僕は混乱に乗じて、暗がりの奥へと足を進めた。
背後からは、連行されていく蓮の、獣のような悲鳴がいつまでも響き渡っていた。