テラーノベル
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颯空
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颯空
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放課後の静まり返った廊下に、きゅっと上履きが鳴る。
灯は、数学のワークブックを抱えながら、自分の教室へと向かっていた。窓の外では、茜色の空がゆっくりと夜の闇に飲み込まれようとしている。
歩きながらブレザーのポケットからスマホを取り出す。もうすぐ十七時。…塾までまだ時間がある。
(やっぱり自習室に戻って勉強しようかな…)
中学受験、そして高校受験。母親の敷いたレールから少しでも外れそうになるたび、冷ややかな視線とため息を向けられてきた。 「あんなに進学塾に通わせたのに、どうしてこの程度の学校なの」 あの日の母親の落胆した顔が、今でも呪いのように灯の心を縛り付けている。好きでこの高校に入ったわけじゃない。ただ、親の期待に応えられなかった自分を埋め合わせるために、今は机に向かい続けているだけだ。 得意でもない勉強を何時間も続け、模試の偏差値が一桁上がったところで、母親の表情が明るくなることはない。ただ「もっと上を目指しなさい」と言われるだけ。 自分は、何のために生きているのだろう。何が好きで、何がしたいのか。そんなことを考える余裕すら、恐怖で塗りつぶされていた。
灯は息を潜めるように教室の扉を開け、自分の席に座った。誰もいない静かな空間で、カバンから青い表紙の参考書を取り出す。 けれど、文字を目で追っても、頭には何も入ってこない。ただ焦燥感だけが、鉛のように重く胸に沈んでいた。
「――ねえ、そんなにつまんない顔して、何考えてるの?」
唐突に、耳元で声がした。 息が止まりそうになる。誰もいないはずの教室だ。灯はびくっと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、誰もいなかった。 ただ、夕陽を反射して鈍く光る、教室の窓ガラスが――奇妙に歪んで見えた。
その鏡の一つから、上半身を奇妙な角度で乗り出している少女がいた。
顔は灯とそっくりだが、どこか空気が違う。艶やかな髪がふわりと宙に浮き、その唇には、温度のない不敵な笑みが張り付いていた。
「あ、やっと気づいた。無視されるかと思ったよ」
少女はくすくすと笑いながら、まるで重力などないかのように、すいーっとガラスの表面をすり抜けて現実世界へと浮き出てきた。
「っ……、誰……?」
ガタッと音を立てて席を立つ。足が椅子に引っかかって焦る。
少女 が近づく。
震える声で問う灯に、少女は楽しげに目を細めた。
「私? 私はアカリ。キミが『本当の自分』を失いかけているから助けに来てあげたんだよ」
と言いにやりと笑った。
不気味なほどの笑みを浮かべた「もう一人のアカリ」が、静まり返った教室の空気に溶けるように、灯を見下ろしていた。
コメント
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第1話、読ませていただきました。静まり返った教室と灯さんの息苦しい内面の描き方がとても丁寧で、冒頭からぐっと引き込まれました。母親の「どうしてこの程度の学校なの」という言葉、あれがずっと心に残っています。好きで生きているわけじゃない、という感覚のリアルさに胸が締め付けられました。そこに現れた“もう一人の自分”アカリ――タイトル回収も含めて、これからどう動き出すのか楽しみです。温かく、しかし少し背筋の冷えるような空気感が素敵でした🌷続きが気になります。