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颯空
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颯空
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第二話放課後の教室。窓ガラスに映った異様な光景と「本当の自分を失いかけている」というアカリの言葉に、灯は言葉を失ったまま立ち尽くした。
「っ……、何言ってるの……!」
驚きのあまり声が裏返る。しかし、アカリは不敵な笑みを浮かべたまま、すいーっとガラスの表面へ溶けるように消えていった。 あとに残されたのは、静まり返った夕暮れの教室と、波打ったまま元に戻った窓ガラスだけだった。
「……夢、だよね。疲れてるんだ……」
震える手でカバンを掴み、灯は逃げるように教室を飛び出した。 頭の中は混乱で満ちていたが、不思議と現実の家路を急ぐ足だけは止まらなかった。
自宅に帰り、母親の冷たい視線をやり過ごして自室のドアを閉める。塾は二十時から。結局学校に残らず帰ってきてしまった。ふと視線を部屋の隅に置かれた姿見に移す。 そして姿見の前に立ち、灯は深呼吸をした。
「……ただの幻覚。勉強のしすぎで、おかしくなったんだ。」
そう自分に言い聞かせながら震える手でブレザーのボタンをはずし、塾へ行く服に着替えようとしたその時だった。 部屋の明かりを反射して静かに佇んでいた姿見の表面が、まるで水面に波紋が広がるように、ぐにゃりと奇妙に歪んだ。
「――おや、一人反省会はおしまい?」
ひんやりとした声とともに、姿見の中から上半身を滑り出させて、あの少女が再び現れた。
「っ……! あなた、どうしてここに……!」 「どうしてって、反射するものがあれば、私はどこにだって行けるって言ったでしょ。で、さっきの続きなんだけどさ」
アカリはふわりと身軽に、姿見のフレームから抜け出した。 床から十センチほど体を浮かせて、すいーっと灯の目の前へと近づいてきた。
「ねえ、そんな狭い部屋で一人悩んでないで、私の『美術館』に来てみない? キミの知らない面白いものが、たくさん展示してあるよ」 「……………美術館…?」
戸惑う灯の手を引くように、アカリは振り返って姿見の向こう側を指さした。 そこには、先ほどまでの自室の景色とはまったく違う、どこまでも続く美術館の廊下のような空間が広がっている。壁には、形や大きさの異なる無数の鏡が、まるで美術館の絵画のようにずらりと並んでいた。
「行くよ」
「えっ⁉」
アカリに引っ張られるまま、灯は恐る恐る姿見のフレームに足をかけた。 ――が、次の瞬間。
「わっ……⁉」
灯は、足をすべらせ、床へ勢いよく落ちた。思っていたよりずっと下に床があったのだ。
「あーあ、やっちゃった」
上空から、のんびりとした声が降ってくる。っ膝をさすりながら見上げると、アカリは相変わらず宙に浮いたまま、どこか面白そうに灯を見下ろしていた。
「ごめんごめん、伝え忘れてた。現実世界の鏡からこっちに入る時なんだけどさ、美術館に展示されてる鏡って床から高い位置にあるから、普通に歩いて入ると足を踏み外して派手に転ぶんだよね。私は浮いてるから平気なんだけどさ」
(……先に言ってよ……)
灯は痛む膝を押さえながら、心の中で盛大に毒づいた。体を起こすと、不思議なことにこの美術館の中では灯も足が軽くなっている気がしたが、アカリのようにふわりと浮くことはできず、しっかりと床に足がついていた。浮遊できるのは、どうやらアカリだけの特権らしい。
気を取り直して周囲を見渡すと、その空間の奇妙さに改めて息を呑んだ。 壁に掛けられた無数の鏡や、床の水たまりのような反射物。それらの下には、小さなプレートが取り付けられており、『水城灯の部屋の姿見』『宵月高等学校の女子トイレの洗面鏡』『駅前ロータリーのガラス窓』といった文字が刻まれている。
「すごい……いろんな場所の鏡が、ここにつながってるんだ」
灯が呟くと、アカリはふっと目を細め、館長のような、どこか芝居がかった口調で胸を張った。
「ようこそ、我が『記憶と映像の美術館』へ。当館に展示されておりますのは、現実世界のあらゆる反射するものの先にある世界です。雨の日の水たまりも、誰かのスマホの画面も、ここではすべて一つの展示品として保管されているのさ」
不思議に思った灯は、近くにあった壁の鏡の一つを覗き込んだ。 そこには、今まさに夕飯の支度をしている母親の姿がリアルタイムで映し出されている。別の鏡を覗けば、誰もいないはずの放課後の教室や、今夜の街を急ぐ見知らぬサラリーマンの姿があった。
過去の映像が記録されているわけではない。この美術館にあるすべての鏡や反射物は、今この瞬間の「現在」の現実世界をリアルタイムで映し出しているのだ。
「………へぇ、今、外で起きている現実が、そのままここに……」
「そう。現実世界の『今』を、特等席から覗き見できる場所。それがこの美術館だよ」
アカリはそう言うと、ふわりと宙を滑るように廊下の奥へと進んでいった。 現実から切り離されたような静けさと、どこか冷たい美しさに満ちた美術館。
灯は、アカリと共に、目の前に広がる不思議な世界の奥へと、恐る恐る歩みを進めていくのだった。
コメント
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うわ、面白かった…! 第1話で予告された「鏡の向こう側の世界」が、まさかこんなにしっかりした美術館として描写されるとは思わなかった。アカリが浮いてて灯だけ転ぶギャップとか、展示品の一つひとつにプレートが付いてて「今」を映してるって設定、すごく好みです。世界がどう成り立ってるかわかる瞬間って、やっぱりワクワクしますね。この美術館、どんな展示が待ってるんだろう…続きが気になる!