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浴室内はほんのりと湯気が残っていて、涼さんがお風呂に入った直後だと分かる。
彼は私のためにお湯を貯めてくれたみたいだけど、気遣ってか自分では浸かっていないようだった。
加えて、使ったシャワーブースの中も可能な限りバスタオルで拭いてあるし、排水口も綺麗。加えて洗面所の使い方も綺麗だ。
(こんなに気遣いができる人、モテて当然でしょ……)
溜め息をついた私は、涼さんが美女とホテルに泊まった時の事を妄想し……、「あああ!」と小さくうめいてから両手で自分の頬を叩き、何も考えないようにして髪と体を洗う事にした。
ドライヤーを掛けたあと、私は鏡の前で変な所がないか確認し、緊張しながらバスルームを出る。
涼さんはバスルーム側のベッドの上に座り、耳にイヤフォンをつけたままタブレット端末を見ていた。
「……い、いただきました」
ペコッと会釈をした私は、ぎくしゃくとした足取りで窓際のベッドに乗り、モソモソ……と布団に潜る。
「あれ、もう寝ちゃうの?」
するとイヤフォンを取った涼さんに尋ねられ、私は前を向いたまま固まる。
「よ、夜なので」
「そうだけど、明日は帰るだけだから少しゆっくりしようよ。俺、もう少し恵ちゃんと話してみたいな」
胡座をかいてこちらを見る涼さんは、ワクワクした顔をしていて、期待に応えないとなんだか悪いような気がしてくる。
「……あんまり面白い話はできませんけど」
「綺麗なオチのある落語を披露しろなんて言ってないよ」
涼さんはクスクス笑い、少し考えてから尋ねてきた。
「ストレートに聞いて悪いけど、今まで彼氏はいた?」
「あー……、三人ぐらい。でも長続きしませんでした」
「理由は?」
「……うーん……。大切にできなかったし、異性として意識もできませんでした。……好きになってキスしたいとかイチャイチャしたいとかの前に、……『気持ち悪い』って思っちゃうんです。そのスイッチが入ったらもう駄目で、『無理』って言って別れました。一番続いて半年だったかな……」
それぐらい、私は友人の中で〝長続きしない女〟として有名だった。
あとになってから女子会で『○○くん、特に悪くなかったじゃん』と言われ、確かに悪い人ではなかったけど、どうしても好きになれなかったのは確かだ。
「そういう事を繰り返すうちに、相手に申し訳ないから応えるのをやめたんです。……好きな人に想いが届かないからって、間に合わせで付き合っていたら相手にも失礼だから」
「……〝好きな人〟は朱里ちゃん?」
尋ねられ、私は膝を抱えてコクンと頷く。
「……でも、分かってます。私と朱里は同性同士で、彼女には篠宮さんがいる。どう足掻いても報われない想いだったんです」
「下世話な話だけど、朱里ちゃんに肉体的な性欲を抱いた? それともプラトニックのみ?」
「……プラトニックだと思います。確かに『抱き締めたい』とかは思いましたけど……。あの子、見ての通り胸が大きいからたまに揉ませてもらったり、スキンシップの範囲でイチャイチャはしました」
「ご家族とはスキンシップがあるほう?」
「いえ。もうお互い、いい大人ですし、子供の頃みたいに兄貴に叩かれたりもなくなりました。両親もベタベタする人じゃないです」
「うーん……」
涼さんは少し考えてから、申し訳なさそうに言った。
「気を悪くしたら申し訳ないけど、多分ご家族がややドライなだけに、恵ちゃんは無意識に朱里ちゃんから温もりを分けてもらい、愛情を注いでもらおうとしていたのかな。いやらしい意味じゃなく、柔らかいものに触れると安心感を抱くって言うし、そういうのもあったと思う」
そう言われて、自分の想いを否定されたような気がして少しガッカリするも、納得する自分もいた。
「痴漢に遭った事、ご家族に言えてなかったんだよね? そんな目に遭ったらズタズタに傷付いて、誰かの愛情に包まれて安心したいと願ってもおかしくない。恵ちゃんは朱里ちゃんにだけ秘密を打ち明け、彼女に慰めてもらった。……だから余計に特別に思えたんじゃないかな」
彼が言いたい事を察し、私は溜め息をつく。
「……〝刷り込み〟みたいな感情だったと?」
すると涼さんは、また申し訳なさそうに笑う。