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急にオフィスの中が明るくなり、うわっ、という北村の声がした。
のどかを送ったあと、ひとり、暗がりのデスクに座っていた貴弘は顔を上げ、呟く。
「ああ、北村か」
「ど、どうしたんですか……? 社長」
「お前こそ、どうした。
こんな時間に」
と貴弘が言うと、
「いえ、僕はあれから帰って寝てたんですが。
スマホを忘れてたのに気がついて。
……今日、デートなんで」
ちょっと照れたように北村は言ってきた。
「そうか、デートか。
そりゃよかったな、おめでとう」
確か幼なじみの彼女がこっちに引っ越してきて、どうとか言ってたな、と思いながらそう言ったのだが、何故か北村は、少し心配そうに、また、
「どうかしたんですか?」
と訊いてくる。
……どうかしたのかと問われるということは、俺はなにかがおかしいのだろうか。
ただ、真っ暗なオフィスで、ひとり、じっとしていただけじゃないか、と貴弘は思う。
ずっと暗い場所で考え事をしていたせいか、宇宙の成り立ちにまで話が広がってしまい、どうかしている基準が少しおかしくなっていたようだ。
「……のどかと回転寿司に行ったんだ」
唐突に、貴弘は告白を始める。
「あ、いいですねー。
僕も回転寿司に行こうかな。
最近、デザートも凝ってるところが多くて楽しいですよね」
と笑う北村に、貴弘は言う。
「帰り際に言われたんだ。
お会計は別々で」
「はあ」
「俺とのどかは夫婦には見えていないということだな」
「いや……単に初々しい感じだからでは」
と北村は、そんなフォローを入れてくる。
「社長とのどかさんは、付き合い始めか、まだ、これから付き合おうかなーと思ってるくらいの、一番ウキウキしている感じのカップルに見えますよ。
でも、そんなことを気にするなんて、社長、やはり、のどかさんがお好きなんですね」
と笑って北村は言うが、
「……わからない」
なにせ、酔っていたから、と貴弘は言った。
今まで誰かを恋愛対象として好きになったことなどないので、この気持ちが恋なのかどうかも判断つきかねていた。
「でも、離婚届を撤回できる機会があったのに行かなかったんですから。
やっぱり気に入ってるんじゃないですかね?
幾ら忙しくても、気がついたら、好みじゃない人と結婚してたとかだったら、すぐに撤回しますよ、普通」
「そうかな。
自分ではよくわからないんだが。
ただ……」
と言いかけたところで、貴弘は別のことに気がついた。
「そういえば、夫婦に見えなかったショックで、のどかを送って帰ってきてしまったが。
またイケメンの呪いで、新たなイケメンが降ってくるかもしれん」
と立ち上がる。
「なんとか呪いを解きたいものだが」
と言って、
「いや……引っ越したらいいんじゃないですかね?」
と北村に言われた。
「それは無理だ。
のどかがとり憑かれているから」
「あの家の呪いにですかっ?」
「いや、雑草の効能に――」
と言った貴弘は帰る準備をし始めた。
「こうしている間にも、なにかバカなことを始めているかもしれんっ。
雑草カフェを始めるとか言ってたからな。
しかも、あいつ、無駄に準備がよくて、此処は第二種低層住宅専用地域だから、150㎡以下のお店なら作れるから、自宅カフェも作れるとか。
学生時代、友人につられて食品衛生責任者の資格と、防火管理者の資格を取ったから、カフェを開くのに必要な資格はそろってる、とか言ってるし」
「友だちにつられて、英検とか秘書検とか取る人居ますけど、防火管理者とか、なんで取ったんですかね……?」
「そろばん3級も持ってるとかって。
レジにそろばん埋め込まれてないし、俺は1級だが、カフェは開かんっ」
そうだ。
やはり、戻らなければっ、とスマホをポケットに入れながら貴弘は言う。
「次に行ったら、カフェが完成してるかもしれんっ」
……そんな莫迦な、と苦笑いしながらも、
「なんだかんだで、目が離せないですね、のどかさんから」
恋かどうかは知りませんが、と言う北村に見送られ、貴弘はオフィスを出た。
ちょっぴりお酒も入り、気持ちよく帰ってきたのどかは屋敷の奥に向かい呼びかける。
「泰親さんー?
ただいま帰りましたー。
泰親さんー?」
すると、人間の姿で泰親が現れた。
「お前、ほんとに順応性あるな」
とすっかり、あやかしが同居していることに慣れたのどかに言う。
「いやいや、泰親さんが普段は私の望んだ通りの猫に変化してくださってるからですよ。
飼いたかったんですよ、ミヌエット」
マンチカンのように足が短くて、よちよちした感じで、ふさふさふわふわの毛で可愛いな~といつもショッピングセンターの中のペットショップで眺めていたのだ。
「はい、ご飯です」
とのどかはカリカリを差し出したが、腕を組み、キャットフードの入った皿を見下ろした泰親は、
「私は順応性ないんだ。
別に食べる必要もないが。
どうせ、差し出すなら、この姿のときは、人間の食い物を寄越せ」
と言ってくる。
「猫に戻ったらどうですか。
美味しくカリカリを食べられますよ」
「……お前はどうしても、私にカリカリをたべさせたいのか」
「いやあ、それがうちに猫が住んでるみたいと残務整理に行った会社で言ったら、うちの猫、これ、食べなくなって困ってるからって大量のカリカリもらったんですよ」
とのどかは言う。
「何故、よそんちの猫が食べなくなったカリカリを私に食べさせようとする」
「いやいや。
まずいわけじゃないらしいですよ。
猫がちょっと病気して、食欲なくなったので、高い餌を与えてたら、カリカリ食べなくなったらしいです。
うちの実家の猫もそうだったんですよね~。
あ、そういえば、泰親さん、うちの中猫はメス猫ですよ」
「……メス猫を私にどうしろと言うんだ。
っていうか、中猫ってもしかして、名前か?」
はあ、中くらいのサイズだったので、と言いながら、のどかは、
「でも、泰親さんが食べないのなら、カリカリ食べてたの、誰だったんですかね?」
と呟いた。
「ネズミじゃないのか?」
「ええっ?
此処、ネズミいるんですかっ?」
「あやかしが居るんだから、ネズミも居るだろうよ」
と最早、会話に付き合うのがめんどくさくなったのか、泰親は適当なことを言ってくる。
「夜中に耳とか齧られそうで怖いですね。
泰親さん、お礼はしますので、退治してくださいませんか?」
とのどかは言って、
「だから、私は猫じゃないんだが……」
と猫耳を生やした神主に言われる。
「あーあ、それにしても、どうしましょうね、あの大量のカリカリ」
と言いながら、のどかは呪いの部屋に向かう。
押入れを開けると、米俵サイズのカリカリが三袋も置いてあった。
「……何故、お前は呪いの部屋を猫のカリカリ置き場にするんだ」
「いや、他に使い道ないですし」
「そういうことするから、祟られるんじゃないのか……?」
「祟られてるの、私じゃなくて、この家でしょう?
いや、実は泰親さんなんじゃないですか?」
などと話をしていたとき、
「のどかー。
居るのかー?」
と玄関から貴弘の声が聞こえてきた。
「あ、社長っ?」
えっ? なんで?
と急いで玄関に向かうと、走ってきたのか、貴弘は息を切らせている。
「あ、のど……」
とホッとしたように言いかけた貴弘がのどかの後ろを見て叫ぶ。
「のどかっ。
誰だっ、その男はっ」
えっ? とのどかは振り返る。
猫耳神主が立っていた。
その後ろに誰か居るのかと思ったが、居ない。
「……社長、泰親さんが見えてるみたいですよ。
八神さんみたいに呪いにかかったわけでもないのに」
「そうか。
では、きっと心がピュアな男なのだろう」
……ピュアなのですか? 社長、
と思いながら、のどかは、なにかわめいている貴弘を眺める。
「お前もあっさり私が見えたから、なにかがピュアなのかもな」
と言われ、なにかがピュアなのどかは、ピュアな貴弘に、
「まあ、とりあえず、お上りください」
とそこにあった呪いのスリッパを差し出した。
いや、別に呪われてはいないだろうが、此処に最初からあったものには、なんとなく、「呪いの~」をつけたくなる。
「いや、いい。
かえって汚れそうだ」
と貴弘はスリッパを断り、上がってきた。