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耳鳴りが、まだ消えない。
崩れた鉄骨のすぐ横で、蒼真は膝をついていた。
呼吸が浅い。
心臓が、胸を内側から叩いているようだった。
助かった。
それだけは分かる。
だが。
「…なんで」
声が掠れる。
自分のすぐ横に落ちた鉄骨。
本来なら、確実に押し潰されていた位置だ。
ほんのわずかな差で、生きている。
そんなことが、ありえるのか。
「お、おにいちゃん…」
腕の中の少女が、震えた声を出した。
蒼真は、はっとして顔を上げた。
「あ…悪い、大丈夫か」
ゆっくりと身体を離す。
少女は何度も涙を拭いながら、何度も頷いた。
「うん。…ありがとう」
ホッとした。
だが、それ以上に。
頭の中には、さっきの瞬間が焼き付いていた。
鉄骨が落ちる寸前。
あたりが光源に包まれ、ありえない方向へ、ほんの少し外れた。
(偶然か?)
そう思おうとする。
だが、納得できない。
自分の中に、確かな感触が残っている。
あの瞬間。
何かを”選んだ”感覚。
「立てるか?」
少女に手を差し出す。
少女は恐る恐るその手を掴み、立ち上がった。
「ありがとう」
その声を背に受けながら、蒼真は前を見た。
瓦礫を踏みしめる音が、ゆっくり近づいてくる。
煙の向こうから、黒装束の三つの影。
「運がいいな」
先頭の男が、低く言った。
「普通なら、今ので死んでる」
冷たい視線が蒼真に向けられる。
まるで、物を見るような目だった。
「あんたらがやったのか」
蒼真が問いかける。
声は震えていたが、目は逸らさなかった。
男はわずかに笑った。
「関係ない」
そう言うと、男は一歩踏み出した。
それだけで空気が張り詰める。
「問題は、お前だ」
「おれ?」
「見たぞ」
男の目が細くなる。
「あの回避。ありえない」
「偶然だろ」
反射的に返す。
「違うな」
即答だった。
「偶然で片づけるには、都合が良すぎる」
言葉が刺さる。
自分でもよく分かっている。
あれはただの偶然ではない。
「知らないよ」
吐き捨てる。
これ以上踏み込まれたくなかった。
「そうか」
男はあっさりと頷いた。
そして。
「なら、確かめる」
男の手が動く。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
蒼真は少女を引き寄せた。
破片が飛び散る。
衝撃が身体を揺らす。
(やばい)
これは、さっきとは違うと直感する。
本気だ。
「逃げろ!」
少女をわきへ送り出す。
だが、足が動かない。
恐怖で身体が固まる。
(無理だ)
戦えない。
勝てるはずがない。
相手は明らかに能力者だ。
そして、自分は。
(無能だろ)
そのはずだった。
だが。
頭の奥に、あの感覚が残っている。
結果を変えた、あの瞬間。
(できるのか?)
分からない。
何も分からない。
目の前で、男が再び手を上げる。
次の攻撃が来る。
(避けられない)
そう思った、その瞬間。
(本当に?)
問いが浮かぶ。
当たるのか。
当たらないのか。
その結果を分けるもの。
(確率)
その言葉が、はっきりと形になる。
起こる可能性。
起こらない可能性。
それを…。
(変えられるなら)
蒼真は目を見開いた。
「ーー当たるな!」
そう叫んだ直後、世界が光に包まれた。
そして、音が消えた。
一切の雑音が途切れる。
しかし、自分の思考だけが鮮明になる。
それが、わずか数秒の間に起こっていた。
そして…。
光が、音が、すべてが戻る。
男の攻撃は、蒼真のすぐ横を通り過ぎた。
「…え?」
男が初めて動揺する。
ありえない、という顔。
蒼真も息を呑む。
(今のは)
分かる。
意図して起こした。
自分の意思で、結果を変えた。
「…できた」
確信が生まれる。
そのとき、視界の端で何かが薄れた。
自分の影が、わずかに淡くなった気がした。
違和感。
だが考える暇はない。
目の前の男が、笑っていた。
「面白いな」
低く呟く。
「やっぱりお前、普通じゃない」
一歩踏み込んでくる。
圧が増す。
だが、蒼真はもう目を逸らさなかった。
恐怖はある。
それでも、さっきとは違う。
確かな手応えがある。
(やれる)
根拠はない。
だが、分かる。
自分はもう、無力じゃない。
でも。
その代わりに、何かとてつもない領域に足を踏み入れてしまった。