『暁』と『血塗られた戦旗』の激突から二ヶ月の月日が流れロザリア帝国では冷たい風が吹き、実りの秋が訪れていた。
シェルドハーフェンでは『海狼の牙』、『オータムリゾート』が勢力を拡大させていたが、大勢に影響は無かった。七番街は小さな区画であり、主だった商業も無く支配者であったトライス・ファミリーは奪うだけで統治に力をいれなかったと言う事情もあった。
『オータムリゾート』としても七番街の統治に力を入れるつもりはなく、最低限の治安維持のみを行うことにした。
一方港湾エリアは七割を『海狼の牙』が支配することとなり、その莫大な資金の大半を独占することになった。
得られる資金で戦力の大幅な拡大はもちろん、『ライデン社』を招いて帝都に劣らぬ大規模な造船所の建設を開始していた。サリアもまた港湾エリアの近代化を推し進め始めたのである。
そしてシャーリィ率いる『暁』は戦力の再編成と交易の拡大、『黄昏』の開発に注力。シャーリィ自身としても立て続けに発生した戦いでの消耗を加味して内政に励んでいた。
「これはまた大掛かりな」
「今年中に完成させることを目指していますわ。資材を用意してくれましたし、十分可能です」
『ライデン社』の工場建設予定地を訪れたシャーリィは、大勢の人夫達が行き交い賑やかな建設現場を視察して感嘆の声を上げる。
現場で建設の指揮を取るマーガレットも設計図片手にシャーリィの視察に同行していた。
「今年中ですか、随分と急がれますね」
「あまり帝都を留守にしていては、お父様がまた変なものを作り始めますからね。それに」
マーガレットは視線をシャーリィへ向ける。
「今年は内政に力を入れるなら、来年からまた動き始めるのでしょう?」
「そのつもりです。今回カイザーバンクの圧力に屈する形となりました。それは私達に力が無いからです。だから、力を手に入れなければいけません」
「シャーリィさん個人の力は承知しておりますわ。更に求めるのですか?」
「組織としての力は必要不可欠ですから。マーガレットさん達にも期待しているんですよ?」
「ええ、もちろんですわ。ただ、ここの環境を知ればお父様が来てしまうかもしれませんわよ?」
溜め息を漏らすマーガレットを見て、シャーリィは笑みを浮かべた。
「ライデン会長なら大歓迎ですよ。ここにはライデン会長の足を引っ張る勢力はいません。思う存分研究開発に精を出して頂ければと思います」
確かに柵はないし、邪魔も入らない。更に資金や資材も豊富となれば、ライデン会長からすれば理想的な環境とも言える。
「その時はご厄介になります」
マーガレット自身保守勢力が根強い帝都での経営に限界を感じていたこともあり、シャーリィの言葉を前向きに捉えていた。
最も、命の危険は帝都の非では無いため決断には至れていない。
暁が次の躍進に向けて準備に入った頃、シェルドハーフェン一番街にあるカイザーバンク本社ビル最上階の執務室では、二人の男性が密談していた。
「予想通り『血塗られた戦旗』は『暁』に大敗しました。いや、予想よりも不甲斐ない結果となったので、些か困惑しています」
一人は『カイザーバンク』を率いるセダール=インブロシア。
そして彼の対面に座る目深に帽子を被る男。
「だが、そのお陰で労せずに十五番街を手に入れた。違うかね?」
『闇鴉』首領マルソンである。
「それはそうですが、あの様な僻地を貰っても嬉しくはありませんな。統治するだけの価値を見出だすことが出来ません」
溜め息混じりに話すセダールを見て、マルソンは口許に笑みを浮かべる。
「価値は作り出すものだ。違うかね?」
「それには同意しますが、何かお考えがあるのですか?」
「確認するが、カイザーバンクは十五番街の統治に消極的。間違いはないかな?」
「ええ、負債の回収を行うために確保しましたが扱いに困っています。十五番街には主要な産業が存在せず、荒くれ者ばかりが集まっています」
それ故に傭兵家業が盛んとなって『血塗られた戦旗』が台頭したのだが、『カイザーバンク』は傭兵家業に手を出していない。そのため強みを活かせない問題が発生していた。
「では、有効活用しようじゃないか。十五番街を手離すことになるが問題はなさそうだね?」
「ありませんな。それで、策とは?」
「あの区画は抗争の影響で疲弊してるし、多数の難民や戦火孤児が発生している。つまり、救いの手を求めるものが大勢居る」
マルソンの言葉を聞き、セダールも目を細め、ゆっくりと足を組み自らの師を見つめる。
「大胆なお考えですね。聖女様に十五番街を差し出すと?」
「あの位置は黄昏から近い。理由は分からないが、暁の代表と聖女は相容れん存在だ」
「なるほど、対立を煽るのですな」
「『聖光教会』については心配無用だ。私にも伝手があるのでね。多少の金を積み上げれば、教皇領が増えると諸手を挙げて喜ぶだろう」
「多少の支援が必要になりますが」
「初期投資だと割り切れば良い。君に損ばかり押し付けるのも本意ではない。不足分は、我々が補填しようじゃないか」
「分かりました。貴方の要望に添うよう取り計らいましょう。上手くいけば、暁の力を削げる。いや、或いは」
「壊滅させることも夢ではない。彼らは些か増長して私の計画をご破算にした。クライアントも代表の首を望まれているしね」
「ただ、少しばかり懸念があります。暁が西部と交易を始めました。レーテルで暁代表の妹の目撃情報もあります」
「ほう……レンゲン公爵家が動いたか」
「裏社会との関わりを極力排してきた女公爵に心境の変化が現れたのかもしれません。或いは帝都でのゲームに影響を及ぼすかもしれませぬ」
「ふむ、少し探るか。クライアントは第二皇子を推していてね」
「レンゲン公爵家が力を付けるのは避けたいですな。ガズウット男爵を爵位剥奪の上追放するなどと言う強行に出ました。どこから露見したのか……」
「暁と女公爵に関わりがあるのは間違いないだろうねぇ。ターラン商会が潰れた上にガズウット男爵も行方知れず。ふむ、不愉快だ」
「どうされますか?」
「君は聖女の件に集中を。状況次第では、殿下に動いて貰うことになるかもしれないからね」
「では、その様に」
「まあ、焦ることはない。計画は順調だ。皇帝は今年一杯持たないだろう。いよいよ我々の世が来る」
「楽しみですな。ようやく表舞台へと返り咲ける」
二人は静かに笑みを浮かべる。
シャーリィに新たなる試練が立ちはだかろうとしていた。
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