Side赤
久しぶりに掛ける電話の相手。
何コール目かのあとに、聞き慣れた声がした。
『もしもし』
「もしもーし、北斗、今大丈夫?」
『大丈夫だけど』
「あのさ、時間あったらどっかショッピング行かない?」
え、とつぶやいて静かになる。
「だって最近外行ってないでしょ? 俺と一緒なら大丈夫だよ」
ここ最近、グループラインで北斗が新しい服を買ったとかいうメッセージが全然来ない。
きっとなかなか外出ができていないのだろう。
『…いいの?』
もちろん、と答える。「だって俺が考えたんだもん」
『ありがとう。じゃあ渋谷行きたい』
少し声が明るくなって、それに嬉しくなる。
『でも、それならメールでも良くねーか?』
「いや…メールは見にくいかなって思って」
大丈夫だよ、と北斗の笑い声が小さくする。
『別に文字は読めるし。でも声が聞けて嬉しい』
へへ、と照れ笑いが漏れる。
「じゃあ都合いい日教えて。合わせるから」
タクシーで北斗が指定したショッピングビルの近くまで行き、そこで降りる。
玄関の近くで待ち合わせすることになっている。
自動ドアをくぐると、すぐにその長身の茶髪が見つかった。
「お待たせ」
「待ってないよ」
今日も北斗はお洒落な古着を着こなしている。俺とは色味が正反対だけど。
「ていうか、なんで誘ってくれたの?」
と訊かれる。
「北斗がいつも通りに趣味を楽しめるようにするため。ちゃんと色とか伝えるから」
「そっか。ありがとう」
北斗は柔らかい笑みを見せた。
「景色、見えづらくない?」
うん、とうなずく。「ちょっと眩しいけど、これサングラスだからまあマシ」
確かに、撮影のときに照明が眩しいと言うことが増えた。照明さんに調整してもらうんだけど、そういう症状もあるんだと思った。
やがて北斗の好きなブランドのお店に着く。
店頭のマネキンの服装を見て、途端に目を輝かせた。
「うわっ、すげえこのデザイン。見て、良くね?」
「おー、いいんじゃない」
「色教えて?」
と言われたが、見たところ黒と白しかない。
「黒地っていうのかな、それに白い模様がある。ほかに色はないよ」
良かった、と嬉しそうに言って値札を見る。
サイズを選んで手に取った。
「それにするの?」
北斗はうなずく。
サングラスの奥の瞳は、きっと笑っている。
そうだといいな。
「ねえ北斗、俺らといるの楽しい?」
一通り2人の買い物を終えてタクシーに乗り込んだあと、俺はそっと訊いた。
「え、もちろんだよ。なに、俺が色が見えなくなったからって疑ってるの?」
そんなんじゃない、と首を振る。
「絶対そうだと思ってる。でも、北斗最近『大丈夫』って言うの多いから。俺らに対して気遣ってるのかなって」
「そっか」とつぶやいた。
「…無意識だけど、安心させようとしてるかも。っていうか、自分が大丈夫じゃなくなることを怖がってるのかな…」
俺は頭を頑張って回転させて、言葉を探す。
「北斗はさ、北斗じゃん」
サングラスを外した北斗は、こちらを見る。
「見た目も変わんないし、喋り方だって一緒だし、歌声とかもそのまんま。ちょっと不便なことはあるかもしれないけど…」
北斗は何も言わないけど、俺は続ける。
「怖がることはない。だって俺らがいるのは変わりないし、北斗の色も変わんないよ」
舌足らずだけど、北斗は笑ってくれた。
「ありがと」
そして、
「やっぱモノクロのほうがかっこいいな、ジェシー」
と言って肩に手を回してくる。
「ちょ、もう着くよ」
「いや樹もかっけーしな。でも京本もすっごい綺麗なんだよな」
などと笑顔でつぶやいている。
俺は安心したよ、北斗。
あのときは一緒にいられなくなるかと思って気掛かりだったけど、今は隣で笑ってる。
それがどれだけ嬉しいことか。
色なんて、またこれからどんどん塗り重ねていけばいい。
俺らにはそう、特別な“軌跡の色”があるから。
終わり
コメント
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泣ける(´;ω;`)