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Smile
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No.0124。
その番号が与えられてから、一か月が過ぎた。
施設中の誰もが、少年を名前ではなく番号で呼ぶようになった。
「No.0124、検査室へ。」
「No.0124、食事の時間だ。」
「No.0124、こちらを向け。」
朔水は返事をする。
「……はい。」
もう「朔水」と呼ばれることはなくなった。
それでも夜、誰もいない部屋でだけ、小さく呟く。
「ぼくは……。」
「朔水。」
「父さんがくれた名前。」
胸に手を当て、何度も繰り返した。
忘れないために。
自分が自分であるために。
その頃、博士は理事会へ何度も掛け合っていた。
「融合実験は延期してください。」
「まだ早すぎます。」
「身体が完成していません。」
しかし返ってくる言葉は、いつも同じだった。
「先生。」
「研究を止める気ですか?」
「被験体No.0124は成功率が最も高い。」
「今さら中止はできません。」
博士は何も言い返せなかった。
研究費も、施設も、すべて理事会が握っている。
一人では覆せない。
その無力さだけが積み重なっていった。
ある夜。
朔水が眠る部屋を、博士は静かに訪れた。
小さな寝息が聞こえる。
ベッドの横へ腰を下ろし、そっと前髪を撫でる。
「……朔水。」
その名前を口にできるのは、誰もいない夜だけだった。
眠っている朔水は、少しだけ笑う。
「父さん……。」
寝言だった。
博士の目から涙が零れる。
「私は最低な父親だ。」
「昼間はお前を番号で呼び。」
「夜しか名前を呼べない。」
「そんな父親で……すまない。」
すると朔水は眠ったまま博士の白衣を握る。
まるで安心するように。
博士はその小さな手を両手で包み込んだ。
「必ず守る。」
「何があっても。」
その誓いは、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
翌朝。
研究施設の地下へ呼び出される。
そこには巨大な水槽。
厚い防弾ガラス。
無数のモニター。
そして、鋼鉄製の檻。
朔水は博士の後ろへ隠れた。
「父さん……。」
「怖い。」
博士は振り返り、小さく笑う。
「大丈夫だ。」
「今日は見るだけだから。」
本当は違う。
今日から適応訓練が始まる。
理事会には逆らえなかった。
「開始。」
冷たい声が響く。
檻の扉が閉まる。
ガシャン。
朔水は驚いて振り返る。
「父さん?」
博士は檻の外にいた。
「どうして……。」
「出して。」
「父さん!」
その声に博士の胸が締め付けられる。
だが理事長が隣で見ている。
博士は感情を押し殺した。
「……No.0124。」
その呼び方に、朔水の肩が震えた。
「父さん……。」
「どうして。」
返事はない。
代わりに研究員がスイッチを押した。
ウィィン……
檻の中へ機械音が響く。
天井から金属アームが降りてくる。
朔水は恐怖で後ずさる。
「やだ。」
「怖い。」
「父さん!」
博士は拳を握る。
爪が食い込み、血が流れる。
それでも動けない。
「固定。」
研究員の声。
金属の拘束具が朔水の両腕と両足を固定した。
「いやっ!」
「父さん!」
「助けて!」
その叫びは研究室中へ響いた。
博士は思わず一歩前へ出る。
「やめろ!」
理事長が静かに言う。
「先生。」
「ここは研究室です。」
その一言で博士は止まった。
朔水は泣いていた。
「父さん……。」
「ぼく、悪い子だった?」
「だから閉じ込めるの?」
博士は何も答えられない。
答えられるはずがなかった。
悪いのは朔水ではない。
守れない自分だった。
その日の実験は採血だけで終わった。
それでも朔水は震えが止まらなかった。
部屋へ戻ると、ベッドの隅で小さく丸くなる。
コンコン。
静かに扉が開く。
博士だった。
もう白衣は脱いでいる。
「……朔水。」
その名前を聞いた瞬間、朔水は顔を上げた。
「父さん……!」
勢いよく飛び付く。
博士は強く抱き締めた。
「ごめん。」
「ごめんな。」
何度も謝る。
朔水は泣きながら首を振った。
「ぼく。」
「父さん嫌いにならない。」
「だから泣かないで。」
博士は涙を堪えきれなかった。
「本当に……。」
「お前は優しい子だ。」
その夜。
朔水が眠ったあと、博士は一人研究室へ戻る。
引き出しを開けると、一冊の日記が入っていた。
表紙には誰にも見せない文字で書かれている。
『朔水 成長記録』
そこには研究データではなく、一人の父親としての記録が綴られていた。
今日、初めて「父さん」と呼んでくれた。
今日、一人で字が書けた。
今日、にんじんを全部食べた。
今日、笑顔が増えた。
ページをめくるたびに、涙が落ちる。
最後のページには、その日の出来事が書かれていた。
今日、初めて朔水を檻へ入れた。
あの子は何度も私を呼んだ。
私は何もできなかった。
私は父親失格だ。
博士はペンを置き、机へ額をつける。
「……すまない。」
「もう少しだけ耐えてくれ。」
「必ず……。」
「必ず、お前をこの檻から出してみせる。」
その誓いだけを胸に、博士は静かに涙を流し続けた。
だが理事会は、すでに次の実験の準備を終えていた。
それは、朔水の運命を大きく変える――狼の遺伝子移植実験だった。
コメント
1件
もう涙止まらなかった😭💦 「ぼく、悪い子だった?」って朔水くんが言うとこ、心臓ぎゅってなったよ…全然悪くないのに、むしろ優しすぎるんだよな…。 博士の「夜しか名前呼べない父親でごめん」もズルすぎるでしょ、泣かせにきてる😭 でも最後の「必ず檻から出す」って誓い、絶対叶えてほしい…! 続きが気になって仕方ないよ、ルルちゃさん…!