テラーノベル
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「ただいま戻りました」
京子が、玄関のガラス戸を開けたとたん……。
「ですからっ!!」
父京介の怒鳴り声に迎えられた。
居間から流れてくる大声に京子は何事かと固まった。
京次郎も驚きから転びそうになっている。
「……お母様?また、宴会?」
二代目、中村がやって来ているのとはどうも様子が違うと思いながら、京子は京次郎を連れて廊下を歩む。
「おお!京子ちゃん、戻ってきたか」
恐る恐る覗いた居間には、明らかに不機嫌な京介とおろおろしている月子がいる。そして、向かいには、男爵夫婦が座っていた。
「あっ、おじ様とおば様……」
慌てて京子は男爵夫婦に挨拶するが、どことなく空気が違った。針の筵的に、両親、おじとおばに見つめられているのだ。
「京子ちゃんも帰ってきたことだし、京介!」
「ですから言っているでしょう!」
男爵と京介が、小競り合いのような掛け合いをし始めた。
「もう!京介さん、声が大きいわねえ。京次郎ちゃんびっくりしているし、月子さんの胎教にもよくないわよぉ」
「義姉上、それとこれとは関係ないでしょ!」
京介が、何か一人粘っているようだった。
何かが起こっているのだろうが、京子には皆目わからない。
「……あ、あの、これ……白井様が……」
京子は、恐る恐る、恒彦から受け取った最中を差し出す。
「いやだあ!先様やっぱりその気なのよお!」
芳子が、はしゃいでいる。
「まあ、白井様が?京子?」
母月子が不思議そうにしていた。
「あ、あの、ちょうど女学校の前でお会いして……昨日のお礼だと。お父様が、好きかもしれないと……最中を……」
「あらまっ!京子ちゃん!白井様と一緒だったの?!というより、偶然女学校の前で出会うなんてありえないでしょ!」
芳子が黄色い声をあげる。
「ほら!京介!白井様はその気だぞ!話を進めるのが筋だろう!」
男爵が、身を乗り出して京介に迫った。
やはり、何が起こっているのか分からない京子は、
「あ、あの、着替えてきます……」
と、その場から逃げ出した。
分からないなりにも、京子は自分が関係している、いや、お見合いの話だとピンと来ていた。その場にいると、大人たちの思惑に巻き込まれそうで、どことなく怖かった。
居間をあとにして、廊下を再び歩むと柱の影からお咲が顔を出した。
「おかえりなさいませ。……話はお部屋で……」
意味深な口ぶりのお咲に京子は、やはり見合いのことかと思う。
その間も、居間からは、興奮した京介の大声が流れていた。
「……ええ、男爵様が、今回のお見合いをお受けしろと……」
京子の部屋で顔を突き合わせながら、お咲がぽつりと言った。
相手は、岩崎家なら大丈夫そうだと安心したようだった。
「……大丈夫そうって言っても……」
「……白井様が、フランスから戻ってこられたら祝言をというお話になっているようで……」
そこまでしか聞こえなかったと、お咲は申し訳無さそうに言う。
「……お戻りになったら……」
「ええ、白井様は、お一人でフランスへ赴任されるそうですから、その間は婚約ということで、二年の任期を終えご帰国されたら、京子お嬢様も女学校を卒業されていますし……ちょうどよいのではと……」
「……」
「京子お嬢様?白井様のことお嫌いですか?」
「……そんなんじゃなくて……私まだ結婚なんて……」
「……二年ありますよ?」
「そうだけどお咲……私どうすればいいの?」
「……誠実そうなお方に見えました。私は、良いお話かと……それに……」
「それに?」
「今すぐというお話ではありませんしね……」
「だけど……婚約……させられるんでしょ?」
「京子お嬢様、本当は、白井様のことお嫌いなのですか?」
「いえ!あっ!そうじゃなくて!なんというか……」
「戸惑い?」
言ってお咲は、京子の手を取る。
「うん。結婚だよ?お咲……」
「お嫌いじゃないんでしょ?」
ふふふと、お咲は笑う。
「……うん……お手紙書くの……」
「じゃあ、お書きになったらいいですよ?私、白井様も京子お嬢様のこと気になっていると思います。つまり、両思い」
「えっ?!」
お咲に言われて、京子は声をあげた。
まるで恋愛小説に出てくるかのような言葉に驚いたのだ。
まさか、自分がそんな想いに巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
「決まり!というよりも、男爵様が動いている以上、このお話は進みます……」
「うん。家の話だものね。でも、お咲……白井様は、どう思ってるのかなあ。やっぱり家同士の話だから断れないと……」
「断る?それはないですよ!わざわざ女学校まで、最中は持って来ませんよ?もし、京子お嬢様のことお断りになりたかったら、従者の方が、こちらへ直接お持ちになるでしょう。お礼だと……けじめだと、儀礼的にね」
「……京次郎ちゃんもお迎えに行って……肩車もしてくださったわ……」
「ほら!嫌ならそんなことしますか?!」
「でも、弟が欲しかったって……それだけじゃないかしら?」
惑う京子に、お咲はぎゅと力を込めて再び手を握った。
「まあ!お見合いなのに、ちゃんと両思いになっています!」
「お咲!そんなんじゃないわよ!」
ムキになる京子へ、はいはいと、お咲は軽く返事した。
「悪い方ではありません。だから、京子お嬢様?男爵様にお任せするのが一番です。でも……」
「でも?」
「旦那様が、京子にはまだ早い!と言い張ってて」
お咲は、京介の声色を真似た。
それが、あまりにも似ていた。京子は思わず吹き出した。
「まあ、なるようになりますよ。そしてね、白井様は、悪いお方じゃありません。花園咲子の目は節穴じゃないんです!」
歌姫として、数々の人を見てきたと、お咲は豪語した。
「贔屓の人にも色々いましたからね。はい、白井様なら大丈夫!」
お咲は、ポンと京子の頭に手を乗せた。
「うん、悪い人じゃないのは私もわかってる」
「あら、のろけですか?京子お嬢様?」
ふざけるお咲に、京子は、そんなんじゃないわよと向きになるが、すぐに二人して笑いあった。
「……ほんと言うとね、結婚にびっくりしてるだけ。想像がつかないから……。白井様のことは嫌じゃないの」
京子は、はにかみながら言う。
「ええ、そうだと思います。誰だって。じゃあ、京子お嬢様。そろそろ居間へ顔出しに行きますか?」
お咲と話して気分が落ち着いた京子は、こくんと頷いた。
「あぁ、白井様からの最中……お出ししても旦那様はお食べになりませんよねぇ……」
眉間にしわを寄せた京介の姿が想像できるだけに、京子とお咲はくすくす笑いあった。
#普通
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コメント
1件
第13話、読ませていただきました! お咲と京子さんのやりとりが本当に温かくて、ほっとする場面でしたね。「お咲、そんなんじゃないわよ!」ってムキになる京子さんと、はいはいと軽く返すお咲の距離感が絶妙で、思わず頬が緩みました🤍 それにしても、白井様が自ら最中を届けに来たって、お咲の言う通り「両思い」って感じがしますよね。京子さん自身はまだ戸惑っているけれど、二年後の結婚に向けて、どんなお手紙のやり取りが始まるのか、すごく気になります! 京介さんが「まだ早い!」と抵抗しているのも、親心って感じで微笑ましかったです。