テラーノベル
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案の定、京介は眉間にしわを寄せ恒彦からの最中を食べようとはしなかった。
「あら、これ、筒井屋の最中じゃないの。人気のものよ!」
手を付けない京介へ、芳子が言う。
「だからといって……」
京介は、かたくなに拒んでいる。
「京介、いい加減にしろ!先方のお気持ちもこれで分かるだろうがっ!話は進めさせてもらうからな」
男爵も、我慢の限界が来ているようで、芳子へ視線を向けると腰を上げた。
「京子ちゃんもいいね?」
男爵は、京子へひと言かけるとそのまま玄関へ向かった。
こうして、居間には不機嫌な京介と手つかずの最中だけが残った。
京子も、お咲と話してある程度は覚悟できていたが、おじである男爵に直接命を受けたとなると、やはり複雑だった。
父京介の不機嫌さも気になった。しかし、黙って部屋へ下がった。
そして……。
文机に向かい、恒彦に買ってもらった万年筆を眺めている。
とはいえ、眺めるだけでは事足りないと、インクを入れて試し書きしてみる。
何度も何度も意味のない言葉を書いている内に、ふと、恒彦に手紙を書こうと思いつく。
最中のお礼をちゃんとしてなかった。京次郎の面倒まで見てもらっている。
京子は、ふうと息を吐くと、恒彦へ向けてのお礼状の下書きをしたため始めた。
前略で始めるべきか。それともちゃんと時候の挨拶を入れるべきか。迷った。
それでもそれらしい物を書き終えたところへ……。
「京子お嬢様。夕飯のお支度できましたよ」
お咲が、京子を呼びに来た。
「旦那様はお部屋で食べるそうですから気兼ねなく……」
聞いて京子は、ホッとした。夕飯の席が見合いの話にはならないと分かったからだ。だが、父京介が、別室で夕飯を摂るというのは、よほどご機嫌斜めということだ。
「……月子様がなんとかしてくださいますよ」
お咲も、事情を読み取ってか苦笑っている。
「とにかく、食べましょう。お腹いっぱいになったら気分も落ち着くものです」
お咲の気遣いを、京子も素直に受け止めた。
深く考えても仕方ないこと。
お見合いの話は進むのだろうけれど、恒彦もしっかり考えを持っているはずだ。京子一人で考えたところでどうにもならない。相手方が、実際なんと言うのか、今のところ分からない。二年という時間もある。
「……お咲、くよくよ考えても仕方ないよね。まだ、どうなるかわからない事だものね」
「ええ。先様のお考えもありますからね。部屋に閉じこもっていても仕方ありませんよ。それより、お夕飯冷めちゃいます」
今はそれが大事だと、お咲は笑った。
そして数日後──。
学校から帰ってきた京子を迎えたのは、母月子の耳打ちだった。
「京子ちゃん。白井様からお手紙が来てるのよ。文机の引き出しにしまっておいたわ」
京介には内緒にしておくようにと、月子は言った。
刺激してしまうということらしい。
京子は、頷くとすぐに部屋へ向かった。
言われた通り、手紙は引き出しの中にあった。
岩崎京子様──。
初めて見る恒彦筆跡に、京子はつい見惚れてしまう。
人柄がにじみ出ているような、優しい筆跡だった。
封を切り、手紙を取り出す。
ドキドキしながら京子は目を通した。
時候の挨拶から始まり、とりとめのないことが書かれてある。読み進めて行くと、フランスへの出発日が、書かれていた。
その後に、フランスでの勤務先、フランス領事館の住所が記されていた。
住処はまだ分からないらしく、引っ越してからまた知らせるとのことだった。
そして、日本からはこれが最後の連絡になるかもしれないと手紙は終わっていた──。
恒彦の多忙さが、京子にも伝わってきた。
渡航の準備に追われている姿が目に浮かんだ。
邪魔立ては出来ないと思いつつも、やはり気になる。
慌てて、万年筆と便箋を取り出し、考え込む。最中のお礼、京次郎の面倒をみてもらったお礼、そして、ご無事に……、到着したらお手紙を……などなど、書きたいことが頭の中でぐるぐる巡る。
「……落ち着かなきゃ」
京子は、自分に言い聞かせる。
「京子ちゃん、ちょっといいかしら?」
襖の向こうから、母月子の声がした。
「あ、はい!」
京子の返事とともに、襖が開き月子が顔を覗かせる。
「……なにか、変わったことでも?」
遠慮気味にしかし、心配そうに月子は尋ねてきた。
「あっ、なんでも……ない。えっと、出発日と、フランスの連絡先をお教えくださったの」
「まあ、そうなの」
「うん」
月子は、少しホッとしているように見えた。
安堵している母を見て、京子は、つい言ってしまう。
「お母様……私、白井様をお見送りに行きたいの……」
「え?」
「だって、出発日を知ってしまったんですもの……」
お願いしますと言って京子は、頭を下げた。
娘の態度に月子は驚き、
「わかったわ。お父様にお願いしてみましょう」
そう答えるのが精一杯だった。それほど京子の姿は真剣に見えたのだ。
「お父様に?」
「ええ、そうよ。これは、お友達のお見送りではありませんからね」
見合いという、家と家の体面もあるのだと月子は京子へ言い聞かせる。
「……でも……」
「大丈夫。お母様もお願いしてみますからね」
「はい。お母様、よろしくお願いします」
京子は、また頭を下げた。
ここまで真剣に願ってくる京子を初めて見た月子は、驚きを隠せない。
京子を嫁がせる時が来たのだと、嬉しいような淋しいような複雑な気持ちになった。
しかし、京子が望んでいるのだ。相手の恒彦も悪い人間ではない。動いてやらねば、京介を説得しなければと月子は奮い立つ。
「わかってる。お父様もわかってくださるわよ」
「そうかなあ……」
「何か言ったら、お食事抜きにすればいいだけよ」
ふふふと、月子は笑う。
京子も、そんな母につられて笑った。
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コメント
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第14話、読み終わりました。恒彦からの手紙、優しい筆跡に「人柄がにじみ出ている」と感じる京子の気持ちがすごく伝わってきました。見合いの話が家の体裁として動く中で、京子が「お見送りに行きたい」と母に打ち明けるシーン、真剣さが胸に響きます。月子が「お食事抜きにすればいいだけよ」と笑って背中を押すあたり、親子の絆が感じられてほっこりしました。恒彦の多忙さと距離を感じさせつつも、二人の繋がりを大事にしたいという空気が丁寧に描かれていて、次が気になります。