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#主人公最強
かませ犬S
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#転生
歯磨き粉
886
――夜。ディアナの研究室。
彼女は窓辺に立ち、静かに星空を見上げていた。
……彼女の中にレクトはいない。
しばらく憑依するのは中止だと切り出され、それを受け入れていたのだ。
「今……、この身体にはあたしだけ。今ある意識が、あたしの意識……」
ディアナは小さく、そう零した。
自分の意識が無いときの記憶は、それ以外のときと同様……しっかりと彼女の中に残されている。
レクトに憑依されているとき――彼女の身体には、彼女の意識は無かったはず。
つまり今、彼女が自分の意識を認識できている以上、彼女の意識は確かに存在するのだ。
「魂の証明――とは、また違う。
これはただの、意識があるという認識だけ……」
そっと髪の毛をかき上げる。
不思議なことに、その所作だけで……自分が女性であることに注意が向かう。
「――レクト君の価値観……。
いや、彼の考えたことが記憶として根付いて――あたしの感覚に、作用している……」
そんなことを考えながら、ディアナは口元を緩ませた。
本来ならあり得ない、他人との記憶の共有。それを介して生まれる、自身の内側での変化。
錬金術には様々な分野があるが、一通りを学んできたディアナにとっては――
……その変化も、憑依スキルという存在も、強く興味をそそるものだった。
「――君は、あたしの身体を使って、動かして……何を考えた?」
ディアナは、レクトが憑依していたときの記憶を掘り起こした。
思考的な部分は明瞭には残されていないが、状況から察すれば、ある程度のことは知ることができる。
「――あたしのことを、女としては……見ていない」
エステル、セシリア、フローラ、リゼ……そして、自分。
さすがに5人目ともなれば、女の身体としては意識しないかもしれない。
……あるいはディアナという存在を、そういう目で見れなくなっているのか。
ただ、だからこそ――性差という観点で、思考を邪魔されることは無い。
彼がディアナという容れ物に入っているとき、不純な思考を最初から除外できる――
「……素材としては、打ってつけだよ。レクト君。
だからこそ、あたしは……気になるんだよ……」
ディアナの見解では、魂というモノはある程度の『形』を持っているはずだった。
通常の憑依というのは、きっと自身の魂がある場所――魂の座から抜け出し、他人の魂の座に潜り込むことなのだろう。
ならば憑依の深化とは、他人の魂の座で、他人の魂と同じ形を取ることを指す……?
同じ形の魂がふたつあることによって、身体が魂を誤認してしまう……?
……まったく同じ形の魂があるのであれば、両方を自身の魂として扱い……そして、いずれは混ざり合ってしまう……?
――そうなれば、最終的にどうなる?
元々の身体の持ち主……例えばディアナの意識が残り、そこに統合されるのか。
あるいは憑依者……レクトの意識が残り、そこに統合されるのか。
もしくは、ふたりの魂からまた別の――全く別の、新しい意識が生まれるのか。
……リゼの身体で深化を行った話を考えれば、外の世界からは何も変わらないはず。
リゼはリゼのまま存在して、リゼの思うように、考えるように、彼女の人生を歩んでいくだろう。
ただ、そのとき――彼女の意識は、どうなっている?
それは、リゼのもの? レクトのもの? あるいは、全く別のもの……?
「――ああ。深化されたい……」
外の世界から見て、何も変わらないのであれば――
今あるこの意識が残っても、残らなくても……どちらでも、良いように思えてしまう。
……そこに見えるのは、純粋な好奇心。探求心。知を得たいという――欲望。
ディアナは壁にもたれて、目を閉じて、自身の鼓動をそっと確認した。
今、自分はここに在る。しかし、この世界から自分が失われても――自分という客観的存在は残り続ける……という可能性も存在する。
不思議な感覚。想像だけの領域――
――歪んだ、知への価値観。
ディアナはそれを、認識している。認識しながら、了としている。
「レクト君……ッ。好きだよぉ……?」
ただ、その好意もまた歪んでいる。
自分の知らない領域に連れていってくれる存在――……愛情とはまったく別の、歪んだ感情。
ディアナは妖艶な笑みを浮かべて、研究室に沈んでいった。
……誰も来ない、夜は続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後、修練場にはレクトの姿があった。
いつになく真剣で、エステルはいつも以上に距離を空けている。
レクトの剣の一振り一振りが力強い。
今までに覚えたものではなく、何かを探しているような……そんな剣筋。
「えっちゃん、こんにちはー♪」
「あ。ディアナさん。こんにちは」
「ふふっ。レクト君、頑張ってるねぇ」
「はい……、本当に」
エステルはレクトを優しく眺めたが、ディアナの目はエステルに向かっている。
それに気付いたエステルは、警戒心を強める。
「……ど、どうかしましたか?」
「ううん。えっちゃんって、本当にレクト君のことが好きだなぁ……って」
「そそそっ、そんなんじゃないですよ!? た、ただの幼馴染ですし……!」
「……それじゃ、あたしが告白しても良い?」
「へ……?」
ディアナの言葉に、エステルはおかしな声を上げてしまった。
顔に熱がこもるが、それは突然変なことを言われたから――エステルはそう思うことにした。
「わ、私があれこれ言うことではありませんし……」
「可愛いけど、そんなんじゃ大切なものを取りこぼすよ?」
ディアナは笑みを浮かべて、エステルを真っすぐに見て言った。
エステルはそんな彼女から目を逸らし、何も無いところに目を移す。
「――あはは、うそうそ♪ しばらくは、そういうことはしないから安心して!」
「しばらくは……って!? そのうち、その……告白する、ってことですか!?」
「えっちゃんがのんびりしてたら、そうするかもね?
でも――」
ディアナは少しだけ歩いて、エステルに背を向けてから……静かに言った。
「……レクト君の気持ちは、あたしなんかに向いてないからね」
「え……? いや、まぁ……何でしょう。
フォロー、しなきゃダメですか?」
「してくれないの!?」
「いや、だって……。ディアナさんって、レクトとよく喋るようになったの……最近でしょう?」
エステルの言葉に、ディアナは驚いた。
確かに……以前から話したり、取り引きをしたりはしていたが――ここまで惹かれたのは、ごく最近のことだ。
ディアナは改まって、それについて考え始める。
「なるほど……。頭が良いっていうのも、こういうところでは不便だね」
「えぇ……? どういうことですか……?」
頭の回転が速いからこそ、他人よりも思考が速く進んでしまう。
そして思考が進みやすいのと同じように、感情もまた……速く進んでしまうのかもしれない。
「――うん、わかった。
えっちゃんの説得により、あたしからの告白はしばらく止めておくよ」
「はぁ……。でもそれって、やっぱりいつかは……告白するってことですよね?」
「ふふっ、そういうことだね♪」
ディアナは身体を伸ばして、改めてエステルに向き直る。
「ところで、本題なんだけどさ」
「あ、今からですか? な、何でしょう?」
「この前、黒い海と守護者の話をしたでしょ?
それで、たぶんレクト君が欲しがっている剣――リベリオンなら、ちゃんと戦えると思うんだよ」
「はい。普通では斬れないものも、斬れますからね」
「その素材の魂律鋼は、あたしが作ってるんだけど――
……レクト君だけに何かをあげるって、ちょっと差別してない?」
「んん……? と、言いますと……?」
ディアナの言葉の真意を、エステルは汲み取れなかった。
「うん。だから、えっちゃんにも……何か作ってあげようかな、って。
ほら、剣気も発現させたでしょう?」
「ありがとうございます。……ご存じだったんですか?」
「それはもう。ここで抱き合った記憶もあるよ♪」
あのとき、レクトはディアナの身体に憑依していた。
だからこそ、ディアナの記憶としても残っているのだ。
……エステルは、改めて顔を赤くした。
「――ごめんね。あたしが邪魔しちゃったみたいで」
「え……? いえいえ、全然……!?」
「とまぁ、そういうわけで。お祝いとお詫びを兼ねて~って意味でさ。
せっちゃんとリゼたんにも何かあげる予定だから、えっちゃんも遠慮しないでね!」
「はぁ……。そうですね、それなら私も――」
エステルはディアナに相談しつつ、話を進めていった。
一通りの話を聞くと、ディアナはエステルの肩を軽く叩いてから……修練場をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――レクトは集中していた。
修練場で、まわりを丁寧に意識して――誰もいないスペースで、虚空の一点に集中し続ける。
心象世界で、リンドブルムと戦いながら使った剣気……。
あのときのイメージを浮かべても、現実世界ではなかなか手が届いてくれない。
ただ、以前よりも手は届きそうになっている。
……もどかしい状態。
あと一歩なのに、その一歩が難しい――
レクトはふと、エステルの方を見た。
いつの間にか、ディアナが来ていて、ふたりで話している。
ディアナ自ら、こんな場所に来るなんて珍しい……。
レクトは頭を振り、再び集中した。
最近……憑依スキルを手に入れてから、本当にいろいろなことが変わった。
右足を怪我して以来、ずっとエステルにも心配を掛けてしまったし――
……しかし彼女のおかげで、久し振りに剣を持ったときは……どれだけ嬉しかっただろう。
勝手に憑依してしまい、今となっては申し訳ないと思うが……。
ただ、あの経験が無ければ、ずっとポーターの道を歩み続けていただろう。
そのあと、セシリアと知り合い、リゼと出会い、ディアナと話すようになって――
……彼女たちとの関係は、一体なんだろう?
パーティ活動室を借りている以上、パーティという関係なのだろう。
そうだとすれば、彼女たちは仲間――
ふと、虚空の一点に集中していたことが、狭々しく感じてきた。
自分の剣は、自分の夢を開くためのものであり、そして……仲間のためのものでもありたい。
……今まで、まわりの人々には世話になってきた。
中にはフローラのような人間もいるし、迷宮の中で勝手なことをする人間もいる。
でも、だからこそ……仲間である人たちは、大切にしたい。
だから、そう……。
一点に集中するのではなく、広い範囲を、包み込むようにして――
――突然の風に、エステルは驚いた。
見ればレクトの身体を中心に、力強く風が巻き起こっている。
あれは――……
エステルは身を乗りだした。
彼女の視線の先で、レクトの身体には揺らめきが生まれ、そして木の剣に収束されていく。
つい先日、自分にも起こった出来事。
エステルのときとは違い、揺らめきが外に溢れすぎているような気もするが――
だからこその力強さ。だからこその頼りがい。
……そんなものが感じられた。
「だああああああ――ッ!!!!」
レクトは木の剣を、宙に突き放った。
揺らめきは塊となり、修練場の地面を削り飛ばしていく。
その反動は凄まじく、レクトも地面に倒れてしまう。
「――お……おぉっ!?
やった……やったぞッ!!」
自身の手を眺めてから、レクトは慌てて立ち上がった。
そしてすぐに、エステルの姿を探していく。
しかし――
「レクトぉ!! おめでとう――ッ!!」
エステルはすでに飛び出してきており、そのままレクトの胸に飛び込んだ。
思わぬ突進力に、レクトはよろめいて……倒れてしまった。
「ははは……、これくらいで倒れるなんて……。
次は、右足の魔法も……頑張らないとな……」
リゼのリンドブルムから魔力を受け取り、セシリアから魔法を教わり始めている。
剣気を発現できた今、レクトは剣聖を名乗ることができる――
しかし……まだまだ、道半ば。
レクトはエステルの身体を抱きしめながら、将来に想いを馳せていった。
コメント
1件
ディアナさんの「深化されたい」という探求心、あれはもう純粋な知への渇きでありながら、レクト君への歪んだ好意として滲んでて、凄く怖くて美しかったです……。最後の「好きだよぉ」も、愛情というより未知への憧れが形を変えたものに感じられて、背筋がゾクッとしました。一方でレクト君が剣気を発現させて、エステルさんが飛び込むシーンにはじんわりきました。ふたりの距離が確かに縮まってるのが伝わって、次の展開が楽しみです🌷