TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

Green


「じゃあアイスコーヒーをお願いします」

メニューをマスターに返しながら、注文する。かしこまりました、と彼は軽くお辞儀した。

準備している手元を見ると、どうやら水出しのようだった。

「あの……その…事情とか聞いたほうがいいんですかね?」

「え?」

俺は声を上げてマスターを見上げた。

「あっでもお話しできないことなら全然いいです。もし、もしお話ししてくれるのなら僕も力になりたいなって…」

やっぱり、入ったときに泣いていた俺を心配してくれているらしい。恥ずかしくて苦笑しながら、かいつまんで話し出した。

「ついこの間、職場から辞令を出されちゃって。それは、俺の持病が原因だからどちらにも非はないんです……たぶん。でも、ただただ悔しくて。もっと頑張りたかったし、まだやりたいこともあった。それなのに、こんなあっけない終わり方ないだろって…」

喋っていると、また辛くなってきた。もしかしたらこれは病気の症状のほうかもしれない。

「お待たせしました。アイスコーヒーでございます」

言葉を切ったタイミングで、グラスを出してくれた。クリアな緑色のガラスだった。まるで、いつかテレビで見たどこかの国の湖のよう。エメラルドグリーンの宝石にも見える。

コーヒーも美味しそうだ。澄んだ焦茶色の中で、透明な氷が泳いでいる。

「いただきます」

傾けると、ブラックの苦味が喉を通り抜けた。それでいてさっぱりしていて、飲みやすい。

「すっごいおいしいです」

ありきたりな感想だけど、心からの本音だった。

マスターは嬉しそうにふわりと笑う。

「終わり、少しだけ良くなりそうですか?」

ええ、と俺はうなずいた。「もうすごく。……あの、また来てもいいですか」

「もちろんです。不定休なので、開いていなかったらすみません」

マスターの口調は真剣さをはらんでいたけど、その瞳は優しさに満ち溢れていた。

この優しさが、今俺だけに向けられている。たったひとりの喫茶店の店員が、俺のことを考えてくれている。

終わりが全てじゃないんだ。俺は気づいた。

こんな風に今から始まることもあるし、始められることもある。

「いらっしゃいませ」

後ろでドアが開く音がしたと同時に、マスターが笑って誰かを迎えた。

「あ、今日もひとりです」

「どうぞ、好きなお席へ」

入ってきた男性は、座るなりカフェラテを注文する。

話しかけていいかな、と思っていると先方がこっちを見て唇を開いた。

「あの、初めましてですよね」

「そうですね。…常連さんとかですか?」

いやいや、と彼は魅力的な笑顔で手を振った。「まだそんな常連じゃないです。最近よく来てるだけで」

そしてマスターに手渡された黄色のコーヒーカップを口元に近づける。

別れがあれば、新しい出会いも待っている。

俺はまだ諦めちゃダメなのかな。

グラスを持ち上げたとき、氷がからりと涼やかな音を立てた。


続く

時計ジカケノ羅針盤

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

70

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚