花火大会の日から少し時間が過ぎ、もう7月が終わりを迎えようといていたある日。
自室でくつろいでいた俺のスマホに、勇斗くんからの通知が表示される。
メッセージを確認すると、『少し電話しない?』と書かれていた。
突然の誘いに、心臓が一瞬跳ねる。
すると、俺が既読するのを待ってたかのように、画面には着信を知らせるマークと『勇斗くん』の文字。
不意の着信に、息が止まる。
俺は、深呼吸で心を落ち着かせ、震える指で通話ボタンを押した。
「も、もしもし…?勇斗くん?」
『もしもし、仁人?急にごめんね。』
もう聞き慣れたはずの勇斗くんの声。
電話越しだというだけで、いつもと違って聞こえた。
顔を合わせている時より、声だけの方が変に意識してしまう。
「大、丈夫だよ。……何かあった?」
『そんなに大した用じゃないんだけど、電話した方が早いかなと思ってさ。』
「用って、なに?」
『明後日さ、仁人が良ければ海行かない?』
「海」その一言がとても心に刺さった。
勇斗くんとは何回も遊びに行ったことあるはずなのに、今回だけ特別に聞こえてしまう。
『嫌…かな?』
「ううん、嫌じゃないよ。……ただ、俺泳げなくてさ…だから一緒に行っても楽しめないと思う……。」
『なんだ、そんなことか。泳げなくてもいいよ。砂浜で遊んだり、足だけ水につけたりするだけでも楽しいし。
ね、行こ? 俺、仁人と夏っぽいことしたい。』
普段の俺なら絶対に行かないだろう。
別に水に濡れたくないし、疲れるのも嫌いだ。
それなのに、勇斗くんとなら行きたいと思えてしまうのが不思議だった。
「俺も……俺も、勇斗くんと海行きたい。」
『じゃあ決まりね。また待ち合わせ時間とかは連絡するから。』
「うん、分かった。楽しみにしてるね?」
『俺も!じゃ、またね。』
「バイバイ。」
通知終了のボタンを軽く押し、ベッドにダイブする。
枕に埋めた顔が、自然とにやけてしまう。
勇斗くんからのお誘い。楽しみなんて言葉じゃ足りなかった。
勇斗くんと約束の日。
昨日早めに寝たおかげで、今日は余裕を持って起きることが出来た。
前は勇斗くんを待たせてしまったから、今回は俺が待ちたい。
そんな思いで、集合時間の15分前には到着するように向かっていた。
予定通り、時間より早めに到着する。
だが、そこには既に勇斗くんの姿があった。
「勇斗くん、おはよう。早いね?」
「おはよ、仁人。仁人こそ、ちょっと早くない?」
「俺は、ほら……前回遅刻をしてしまったので…。」
「ははっ…そんなの、気にしなくていいのに。」
「け、結構俺の中では申し訳なく思ってるんだからね…。勇斗くんこそ、どうして早かったの?」
「んー?ただ、仁人と会うのが楽しみ過ぎて落ち着かなかっただけ。」
そんな事を言われるだなんて思っていなくて、つい言葉が詰まってしまう。
動揺が隠せず、視線を逸らしてしまった。
ここ最近、勇斗くんの言葉に調子を狂わされている気がする。
何だか、俺ばかり意識しちゃっているみたいで少しズルい。
「……仁人?どした?」
「何でもない…。ほら!早く行こ!」
勇斗くんの前を、わざと先を行くみたいにして歩く。
勇斗くんも、俺のこと少しくらい意識してくれてもいいのに…。
視界いっぱいに青が広がって、思わず息を呑む。潮の香りがふわっと鼻をくすぐった。
勇斗くんもこの広大な風景を見て感動したのだろう、二人一緒に「お~!」なんて声を揃えてしまった。
「ほら、仁人早く行こ!」
「あ、待って!勇斗くん!」
走り出す勇斗くんの背中を追いかけて、俺も駆け出した。
海面が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。まるで、俺の今の気持ちを表しているようだった。
しっかりと泳ぐつもりは無いが、少しくらい海に入りたい。
俺と勇斗くんは、それぞれの更衣室で水着に着替えていた。
男の水着は、当たり前だけれど上は何も着ない。
裸を見られるのに少し躊躇いがあった俺は、持参したパーカーを1枚羽織った。
更衣室を出ると、先に出たであろう勇斗くんが、砂浜にレジャーシートを引いたり、パラソルを立てたりしてくれている姿が目に入った。
当然の事ながら、勇斗くんも水着だ。
しかも勇斗くんは、上に何も着ていない。
「は、勇斗くん、準備してくれてありがとう。」
「おー。仁人、おかえり。」
勇斗くんの体は、引き締まった筋肉が付いていて思わず見蕩れてしまう。
俺は白くて細っちいから、体見られるの恥ずかしいな。
パーカー持ってきておいて良かった…。
「よしっ、こんなもんでいいっしょ。」
「ごめんね、全部やってくれてありがとう。」
「別にいいって。ほら!早く行こ!」
優しく誘うように、手を差し伸べられる。
俺は迷うことなくその手を握り、一緒に海へ走り出した。
「わっ、冷たい…。」
足を海に入れると、ひやっとした感覚が走った。
暑さで火照った体には心地よい。
「冷たくてきもち~!!ね、仁人。もうちょい先まで行ってみない?」
「うん!!」
波打ち際から、少しずつ沖の方へ向かう。
脚の半分ほどが沈む深さまで来た。
雲ひとつない空と、頬を撫でる海風が気持ちいい。
開放感に包まれた俺は、大きく伸びをした。
その瞬間、顔に水がかかる。
「わっ!………勇斗くん?」
水が飛んできた方を見ると、勇斗くんがいたずらっ子のような笑顔を見せていた。
「もー、急にやめてよ。びっくりするじゃん…。」
「ごめん、ごめん 笑」
「………お返し!それ!」
俺も海水を手ですくい、ぱしゃっと勇斗くんの顔にかける。
「うわっ!………やったな~、ほい!」
勇斗くんも負けじと水しぶきを飛ばしてきた。
追いかけて、逃げて、またやり返して。
お互い夢中になってふざけ合っていた。
夢中になり過ぎていたのだろう。
勇斗くんからの水しぶきを避けようとした時、足がもつれてしまった。
体が横へ傾いて、海へ沈みかける。
「仁人!」
慌てる間もなく、勇斗くんに勢いよく腕を引かれた。
海へ落ちたと思った俺の体は、気がつけば勇斗くんの腕の中にあった。
服越しではない、直の肌に触れる。
視界が勇斗くんの体でいっぱいで、頭が沸騰しそうだった。
「あっぶない…仁人、平気?」
「……ぁ……っ…////」
「顔真っ赤だよ?本当に大丈夫?」
「だ、だだ、大丈夫!!うわぁっ!!!!」
水が大きく舞い上がり、一気に息苦しくなる。
とっさに勇斗くんから飛び退いてしまい、そのまま水中へと倒れ込んだ。
「仁人!!大丈夫!?」
「げほっ…だ、だいっじょうぶ……」
全身びしょ濡れになってしまった。パーカーの布が肌に張り付いて気持ちが悪い。
「とりあえず、一旦上がって体拭こうか。」
「うん……。」
本当はあんまり脱ぎたくないが、水を含んだ布はずっしりと重い。
脱いだ方がマシだと思った俺は、ゆっくりとパーカーを脱いだ。
脱いだパーカーを抱えて、ふと勇斗くんの方を見る。
勇斗くんは手で口を隠し、俺から視線を逸らしていた。
「……勇斗くん?」
「なっ、何でもない!ほら、早く上がろ!」
少し慌てている様子の勇斗くんの後ろについて行く。
砂浜に上がり、タオルで全身を拭いたところで勇斗くんから何かが渡される。
「勇斗くん、これ…。」
「俺もパーカー持ってきてたんだよね、ちょっと大きいかもだけど、これ着て。」
「え、そんなの悪いよ。」
「いいから着て。お願い。」
「分かった………。」
半分押し付けられるように受け取ったパーカーに袖を通す。
俺より勇斗くんの方が体格がいいから、手がすっぽりと隠れてしまった。
息を吸うと、勇斗くんの香りがふわっと届く。
ずっとドキドキしていた心臓が、また早くなって、もう痛いくらいだった。
この、胸が痛いくらいの鼓動も、火照った体も、赤くなってしまった顔も、全て夏のせいだ。
そう思いたかったのに。
俺の中で芽生え始めていた感情は、少しずつ確かな輪郭を持ち始めていた。






