テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夏休み真っ盛りとある日。
俺たち二年生は、全員学校に集まっていた。
グラウンドには、バスが複数台並んでいて、生徒たちは皆大きな鞄を持っている。
1泊2日の林間学校が始まろうとしていた。
「仁人、おはよ。」
「勇斗くん!おはよう。」
夏休み中、花火大会や海で何度か勇斗くんに会ってはいたが、学校で会うのは久しぶりに感じた。
1ヶ月ぶりに見る勇斗くんの制服姿に、何だか少しそわそわしてしまう。
「せっかくならバス、仁人と一緒が良かったなぁ。」
「あー、そうだね。バスはクラス毎だからしょうがないね…。」
「でもさ、向こう着いたら、泊まる部屋以外クラス関係ないじゃん?だから、一緒に行動しようよ。」
「……うん!したい!」
「よし、決まりね。……あっやべ、先生呼んでるから、もう行くわ。また向こうでね!」
「うん、またね。」
勇斗くんを見送り、俺も先生の指示に従ってバスに乗り込む。
入学当初、行事予定表で見た時は憂鬱でしかなかった林間学校。
まさか、たった一人の人物がきっかけでここまで楽しみになるとは思っていなかった。
それほどに、勇斗くんの存在は俺の中で大きくなっていた。
学校を離れると、車窓からの景色は少しずつ街から緑へと変わっていった。
乗車したバスは、森の中を進んでいき、山の中へと向かう。
ゆっくりとブレーキがかかり、目的地に到着する。
バスの外は、夏なのに少しだけ秋を先取りしたような涼しさだった。
クラス毎に集まり、今日泊まる部屋に荷物を置く。
準備を終え、宿泊施設を出ると勇斗くんと目が合った。
吸い寄せられるように、勇斗くんの元へ駆け寄る。
「行こっか、仁人。」
「…うん!」
二人でリュックを背負い、山へ歩きだす。
この林間学校のイベントのひとつ、登山に出発した。
少しずつ、山道を進む。
学生が登れる程度の山のため、そこまで険しい道のりではない。
俺も登り始めは、かなり順調だった。
それでも、 普段歩いている道に比べるとやはり歩きにくい。
そしていくら涼しい山の中とは言え、季節は夏。
歩く度に汗が吹き出してくる。
徐々に足が重くなり、呼吸も早くなる。
周りの生徒達にはどんどん追い抜かれ、隣を歩いていたはずの勇斗くんも、いつの間にか俺の少し前を行っていた。
視界がぼやけ始め、体から明確な不快感が込み上げる。
自然と足が止まり、その場に座り込んでしまった。
「………仁人?どうした、具合悪い?」
俺の違和感に気づいた勇斗くんが、駆け寄って声をかけてくれる。
「………ちょっ、と……きもちわるくて……」
「大丈夫?先生の所まで行こっか。立てる?」
気持ち悪さを押し殺して、立ち上がろうとする。だが、すぐにふらついてしまった。
勇斗くんに抱き止められ、何とか倒れずにバランスを保つ。
先生の所までは行かないと。それは分かっているのに、体がどうしても動かなかった。
「………仁人。ちょっとごめんね。」
体がふわっと中に浮き、気付けば勇斗くんに抱きかかえられていた。
そして勇斗くんは、周りの視線なんか目もくれず、そのまま歩き始めた。
お姫様抱っこをされた恥ずかしさとか、迷惑をかけた申し訳なさとか、色んな事が頭を巡ったが、疲弊しきった体では何も考えられない。
俺は勇斗くんの胸に頭を預け、静かに目を閉じた。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか、そっと瞼を開くと、そこは泊まるはずの宿泊施設だった。
感じていた気持ち悪さは無くなり、頭もスッキリとしている。
ゆっくりと体を起こす。
すると、視界に勇斗くんの姿が入った。
「…わっ……。」
びっくりして、思わず声が出てしまった。
しかし、勇斗くんからの返答はない。
代わりに聞こえるのは、規則正しい寝息だった。
座ったまま、壁に寄りかかって寝ている勇斗くんの側へ近寄る。
「……勇斗くん、寝てるの?」
俺の問いかけに何も反応せず、整った寝顔はピクリとも動かなかった。
相当熟睡しているようだ。
もう少し勇斗くんに近づくと、側にある机に何かが置いてあるのが見えた。
それは、ラップに包まれたカレーだった。
確か、登山の後はみんなでカレー作りだったはず。
そこで自分自身が、登山だけでなくその後の時間もずっと寝てしまっていたのに気付く。
それにしても、何でこんなところにカレーが置いてあるのだろう。
お皿の中身を見ると、ジャガイモや人参は形がバラバラで、正直に言うと盛り付けもあまり綺麗ではなかった。
もしかしてこれ、勇斗くんが俺のために作ってくれた……?
そう思うのと同時に、勇斗くんの指に絆創膏が貼られているのが目に入った。
具材を切る時に怪我をしてしまったのだろうか。
勇斗くんの、不格好で精一杯の優しさが愛おしくて、そっと手を包み込み、絆創膏の上を指で優しくなぞった。
「ねぇ、勇斗くん。何でそんな俺に優しくしてくれるの?」
囁くように問いかけても、返ってくるのは寝息だけ。
「そんなに優しくされたら俺、勘違いしちゃうよ?」
握っていた手を離し、勇斗くんの頬にそっと触れる。
彼からの優しさは俺だけの特別なものなのだろうか。
それとも、俺ではなくとも他の友人達にも平等に優しいのだろうか。
もし後者なのだとしたら、その優しさは受け取りたくないとさえ思ってしまう。
だって、みんなと一緒は嫌だ。
勇斗くんの中で俺は特別な存在でありたいから。
ゆっくりと顔を近づける。
唇が、触れてしまいそうな距離になる。
その瞬間、勇斗くんの口から小さな声が漏れて、ピクリと肩が動いた。
慌てて顔を離すが、起きる気配は無い。
起きて欲しいのに、起きて欲しくない。
今この状況なら、自分の気持ちに素直になれる気がした。
勇斗くんの肩にそっと額をつける。
まだ誰も帰ってきていないこの館内。
自分と勇斗くんの呼吸、そして心臓の音だけが聞こえていた。
その音が、とても愛しくて、ちょっぴり切ない感じがして胸がきゅっとなった。
本当は、少し前から何となく分かってはいた。
それでも、自覚してしまうと後には戻れない気がして、見て見ぬふりをしていた。
なのに、この気持ちは大きくなる一方で。
もう、自分では誤魔化しきれない程に大きくなっていた。
一度自覚してしまえば簡単で、今目の前にいる勇斗くんのことしか考えられなかった。
俺、勇斗くんが好きだ。