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「退屈だ」
何気なくそう呟く。
ここは錬金術ギルドの食堂で、朝ということもあり多くの職員が訪れ、朝食を摂っている。
そんな中、俺は正面で新聞を広げ朝食を摂っている人物に声を掛けた。
「いいじゃない。私だって仕事がなければダラダラしたいわよ」
アリサは眉根を寄せるとぶっきらぼうな返事を返した。
魔力の回復という名目で施設に泊まり一週間が経過した。
その間俺は、特に何をするわけでもなく暇を持て余している。
俺にちょっかいを掛けてきた貴族の動向もあるわけだし、外を歩いてトラブルに巻き込まれる訳にもいかないのだが、ここの職員たちはやたらと意識が高いので会話についていけないのだ。
今だって、そこら中では錬金術に関する専門知識の応酬や、魔導師ギルドとの軋轢などなど、頭が痛くなるような会話がなされている。
俺は唯一安らぐ会話ができるアリサとしか一緒に食事を摂ることができなかった。
俺は彼女の顔をじっと見る。先日抱き着かれた件については有耶無耶になっており、彼女の態度も変わっていないのでこちらから蒸し返すことができない。
アリサが気にしていないのなら、こちらも完全に忘れるべきなのだろうが、もしかして好意があったのでは?という、モテない男の妄想を完全に斬り捨てることもできず、こうしてモヤモヤしていた。
「ん、何よ?」
そんな彼女をじっと見ていると、俺の視線に気付いたのかアリサが首を傾げた。
「そう言えば、空間収納魔法って覚えられるって言ってたよな?」
そんな考えを持っていたことを話しても逆に彼女を困らせてしまうと思い、他の話題を口にした。
「まあ、覚えられないわけじゃないけど、難しいわよ?」
「それ、俺に教えてもらうことってできないかな?」
ただじっとしているよりは何かしている方が性に合っている。時間を持て余しているくらいなら有効活用したいと考え聞いてみた。
「んーーー」
ところが、アリサは口をすぼめると何やら考え込む。
「もしかして忙しい?」
「仕事は、ミナトの名前を出せばどうにでもなる。あんたギルドマスターにも気に入られているからね」
やはりそうだったか。となると、個人的に一緒にいるのが嫌だということになるのだが……。
「この魔法は、何より本人のセンスによるところが大きいから、教えたからって簡単にできるようなものじゃないし、習得できずに落ち込むのを見るのはね……」
覚えることができなかった時の俺が受けるショックについて考えてくれていたらしい。
「まあいいわ。それじゃ、仕事片付けたら演習場に行くから」
トレイを持ち上げ席を立つ。どうやら指導してくれるつもりらしい。
俺はそんなアリサの後姿を見送ると、
「何か御礼を用意した方がいいよな」
これまで世話になったことを思い出し、そう呟いた。
演習場でしばらく待っているとアリサが息を切らせて走ってきた。
俺をあまり待たせたら悪いと考えたのか、申し訳なく思う。
「アリサ、これ」
エリクサーが入った瓶を彼女に渡す。
「ん、ありがとう」
ただの水よりも美味しいということでアリサも愛用しているので、自然に受け取るのが当たり前になっていた。
「さて、早速収納魔法の使い方を教えるわよ」
エリクサーの瓶を右手に持ちながら、彼女はそう呟いた。
「まず、絶対に必要なのは亜空間にゲートを開くための魔力。これに関しては、ミナトの才能に疑いはないと思っている」
そのことについては俺は懐疑的だ。魔力量に関してはエリクサーを飲んでいるせいか正確なところがわかっていない。
測るための方法はこの前のような魔導装置にギリギリまで魔力を注ぐことなのだが、現在、施設にある魔導装置は十分に補充されてしまっており試すことができない。
「一部の人間にしか扱えないってことは、魔力が多くないと習得できないってことだよな?」
「そうとも言えないわよ」
「えっ?」
ところが、アリサは俺の言葉をあっさりと否定して見せた。
「中にはごく普通の魔道師がこの魔法を使った例もあるし、条件があるのよ」
「それは、どんな?」
魔力の過多によらないとすれば望みはある。さらに言うと、ごく普通の魔道師でも習得できるとするなら、なぜ使える人間が少ないという問題も。
「この魔法に必要なのは、正しい詠唱と正確に注ぐ魔力量。これだけよ」
「えっ? それなら、誰でもできるんじゃないのか?」
俺の言葉にアリサは首を横に振る。
「一般的な魔導師が持つ魔力、これをこの世界では100としているわ。魔力の測定装置があるんだけど、これが100を超えていれば魔導師を名乗ることが出来るのよ」
アリサから魔導師の規定に関する話をされる。
「そして、亜空間にゲートを開く魔法は消費する魔力が個人によって違っている。前に話したでしょ? 繋がる亜空間の場所が座標になっているって。魔力によってひらけるゲートの大きさも違うんだけど、収納できる量にも差が出てくるわ」
「なるほど、大半の人間は開ける条件の魔力が100より上だったりする。だからこの世界で魔力を持っていても収納魔法を使える人物はそれほどいない。そう言うことか?」
「それであってるわよ」
今度は正解らしい。アリサは笑顔を浮かべると俺の言葉を肯定してくれた。
「ちなみに、アリサの収納魔法に費やす魔力はどれくらいなんだ?」
ふと気になり、彼女に聞いてみる。
「私は……551あたりね」
通常の魔導師6人分程度の魔力量。それがアリサが収納魔法を使える条件らしい。
「言っておくけど、魔力が多い方が地獄よ。何せ大魔法を使えるような偉人はこの亜空間を開くゲートに必要な魔力値が高く設定されていることが多いんだから」
アリサ自身も数字の多さからして、相当な回数を試行したのだと解る。
「まあ、まずは試してみるといいわ」
習うより慣れろとばかりにそう言ってくる。俺は彼女が魔法を使った時を思い出すと詠唱をしてみた。
「亜空間へのゲートよ、開け」
身体から魔力が抜ける。だが、亜空間のゲートは開くことなく何も起こらなかった。
「今、ミナトが使った魔力値は10ね。上級魔法で15だからこれだけでも普通の魔道師からすれば結構な魔力よ」
そう言って指差した先には掲示板があり数字が浮かんでいる。どうやら使った魔法の魔力を測定する装置らしい。
「あれを見ながら、少しずつ出す魔力を調整していくの。それで、自分の最大魔力量が来るより手前に必要魔力値があれば無事収納魔法を習得ってわけ」
「それだけなのか? なんか、本当に簡単だな」
俺がそう答えると、
「ところが、一般的に魔力を回復するには施設を使っても一週間。普通の家なら一ヶ月かかるわ。収納魔法に固執するあまり、魔導師としての仕事義務を怠って首になったのもいるんだから」
「そうか……」
俺にしてみれば魔力はエリクサーで一瞬で全快できる対象なのだが、この世界の人間にとってはそうではなかった。
「ミナトは魔力が多いから、最初の方は試行回数稼げると思うけど、それで覚えられなかったら本当に地獄。費やした時間の分だけ後に引けなくなるのよ……。私も何度か諦めようと思ったことあったし」
551ともなればアリサの魔力量の半分以上。試せるのは数日に一度。ましてや彼女は錬金術ギルドの職員。他の仕事もあったので大変だろう。
そんな貴重な収納魔法を俺のために使ってくれたことに、感謝が湧きおこる。
もしエリクサーが効果を発揮してくれれば、貢献できるのに……。
「それじゃ、私は仕事に戻るから。後は頑張ってね」
「えっ? 見ていてくれるんじゃないのか?」
「やり方さえ教えたらあとは難しくないもの。じっとあんたを見てるのも悪くはないけど……」
そう意味深な視線を送ると立ち去って行った。
「一体、どれだけ魔力が必要になる、もしくは……習得できるのかどうか?」
一度の魔法発動にもそれなりに時間が掛かる。魔力が増えるほどに放出量もあがるのだろう。
「取り敢えず、耐久レースになるから頑張るか……」
地面にエリクサー瓶を並べると、俺は条件を探る為詠唱するのだった。