「はっ? 王家に呼ばれた?」
「そうよ、今日はこれから、謁見の為の準備をするわよ」
教わってから数日、今日も収納魔法の訓練をしていたところ、突然あらわれたアリサが信じられないことを言い出した。
「なんでいきなりそんなことになったんだよ?」
例のヘンイタ男爵への対策をしつつ、ここの魔導装置の補充をすることで滞在していたのだ。いきなり国のトップに呼ばれるとは寝耳に水だ。
「単純に、あんたの情報が漏れたのよ」
「ギルドマスターが口止めしてなかったけ?」
あの日、研究員には箝口令が引かれていたかと思うのだが、俺が首を傾げているとアリサが苦々しい顔をする。
「魔導師ギルドのスパイが入り込んでたのよ。それで、このままミナトを独占させてなるものかと考えて王家に情報をリークしたようよ」
「流石、仲が悪いだけのことはあるな」
こちらの世界の人間は現実世界に負けず劣らず既得権益が好きなようだ。
他の機関がのし上がるのを黙って見ていられないらしく、当然のように足を引っ張る。
「まったく、貴族連中もろくでもなければギルドにも信用できる人がいないなんて……身が休まる場がないわよ」
アリサは先程から呪詛をまき散らしていた。
「まあまあ、俺はアリサのこと信頼しているからさ」
ご機嫌を取ろうとそう言ったところ、
「ば、ばばば、馬鹿じゃない! なんで、私のことは信頼してるのよ。私だってあんたのこと利用してるかもしれないでしょ! …………………………でも、ありがと」
最後にポソリと御礼を言うあたりがとても可愛らしい。からかった時に見せる顔が好ましいと伝えたらどうなるのかが気になった。
「まあ、悪い手ではないわよ。ギルドマスターはあんたを独占しようとしていたけど、王家とのパイプが出来た方が余計な権力者に狙われ辛くなるし。あんたの言う、幸せな結婚相手も見つかりやすいしね」
それぞれの組織の思惑は別として、アリサだけは俺のことを考えてくれているのだとしり、心が温かくなる。
「おーけー、それで俺は何をすればいい?」
収納魔法の練習を切り上げると、どうすればよいか指示を仰いだ。
「そりゃ勿論、王家の人間と会うんだから最初にすることは決まっているわよ」
アリサはニヤリと笑うとスケールを取り出し、
「まずは服を仕立てるから採寸からね」
俺の身体を測り始めるのだった。
『アタミ ミナトの入城なり』
扉越しに声が聞こえると、重厚な扉が開く。両側に兵士が二人ずついて力で押し開けている。
中で火事でも起こったら大変なのではないか?
そんなことを考えていると、
(あんた、余計なこと考えてるでしょ?)
斜め後ろに控えていたアリサが突いてきた。彼女も謁見につきそうためイブニングドレスに身を包んでいるのだが、露出が激しく思わず目が向きそうになる。
女神もかくやという姿をみて視線を逸らすのは不可能に近い。
完全に扉が開くと、俺とアリサは打ち合わせ通りレッドカーペットを歩き前に進んだ。
周囲にはこの国の重鎮であろう人物が勢ぞろいしており、その中に錬金術ギルドのマスターやヘンイタ男爵、さらに俺を追い出した神殿の神官の姿まであった。
他には魔導師マントにハットをかぶった妖艶な女性などもいてこちらに熱い視線を送っている。
「よく来たな。異世界人、アタミ=ミナトよ」
数段高い位置から玉座に座ったままこちらを見下ろしているのはこの国の国王ベネフィット十三世である。
威厳のある顔をしており歳は四十を超えたばかりとアリサから事前に教わっている。
「はっ! この度は陛下にお会いすることができ、恐悦至極!」
流石に、国のトップともなると反感を食らいたくないので真面目な態度をとる。
ところで、恐悦至極ってどういう意味なのだろうか?
そんな余計な疑問がこの場で浮かぶのだが、俺の挨拶など最初からどうでも良かったのかベネフィット王は口を開いた。
「そなたが千人分の魔導装置を満タンにしたというのは聞き及んでいる。まさか、この国にそのような英雄が召喚されているとは知りもしなかったぞ」
国王の言葉に三人の人物が肩をビクリと揺らした。
錬金術ギルドのギルドマスター、ヘンイタ男爵、神官だ。
「まあ、そうですね……」
召喚して無能扱いされて放逐されたのは今から二カ月半前の話だ。
当時、まさか俺がこんなに注目を浴びるようになるとは誰も考えていなかったに違いない。
「買い被りすぎかと。俺はそこまで大した人物じゃありません」
話がここまで大きくなると流石にビビる。エリクサーによる底上げでしかないので、俺の力なんてせいぜい大きく見積もってもこの国の中層程度だろう。
後で詐称がばれて処刑されるよりは、公衆の面前で暴露してしまったほうが温情を与えてもらえるのではないか。
そんなことを考えながら王を見ていると、
「その件について、こちらでも調べさせてもらったのだが、アタミよ。召喚時に『エリクサーを作れる』と言ったそうだな」
『馬鹿なことを、かつて伝説の賢者が生涯を費やして数個作り上げた伝説の霊薬。それを作れると……』
『嘘をつくにしてももう少しましなものがあっただろうに』
『やはりただの詐欺師なのではないか?』
周囲の反応はおおむね予想通り。これは召喚された時と同じく追放されてしまう流れではないか?
そんな風に考えていると……。
「おそらくアタミは嘘をついておらん。本当にエリクサーが作れるのだろう」
国王自らがそう宣言したことで、周囲の人間が黙り込んだ。
「召喚されたばかりの異世界人のレベルが足りておらず能力が発揮されないことがある。思うに、魔導装置の魔力を満タンにしたのはエリクサーの効果ではないかな?」
俺は驚き、国王を見る。まさかそこまで推察されているとは思わなかった。
「ええ、その通りです。俺はエリクサーを作り出せます」
「ではっ!」
興奮気味に立ち上がろうとする国王を手で制する。無礼な行いであるのは間違いないのだが、ここで会話の主導権を渡すと誤解されたままだ。
「ですが、このエリクサーは俺にしか効果がないのです」
「……なんと、それはまことか?」
王座に腰を下ろし、探るような視線を送る国王。
「ええ、俺以外の人間も飲んでますけど、特に回復した様子もありません」
俺はそう言うとアリサを見る。
「ま、まさか、あの水って」
口元を手で隠し、はっとした様子を見せるアリサの想像を肯定してやる。
「ああ、エリクサーだな」
「あんた! 勝手に何を飲ませてくれるのよっ!」
アリサは驚き掴みかかってきた。
「よさないかアリサ、王の御前だぞ?」
「うぐっ……後で覚えておきなさいよ」
涙目になると悔しそうに引き下がる。どうやら俺も緊張していたようで、アリサとの掛け合いで良い感じに気が抜けた。
「疑うわけではないのだが、そのエリクサーを作って見せてもらうことはできないだろうか?」
特に設備が必要なわけでもないので造作もない。俺は皆に見えるように手をかざすと、エリクサーが入った瓶を作り出した。
『これが……エリクサー。神々しい輝きだ』
『何もないところから作り出したぞ、まさか本当に本物なのか?』
『だが、本人にしか効果がないとなると意味がないのではないか?』
周囲の言葉通りだ。いくら証明したところで意味などない。
「だれぞ、試してみる者はおらぬか?」
国王の言葉に、俺はアリサの方を向く。すると、皆も一斉にアリサを見た。
他の人間には得体の知れない液体だが、アリサはこれまで何度も飲んでいるので構わないと思った。
「わ、私が飲むの!?」
「いままで美味しい美味しいって言って飲んでたじゃないか」
「そりゃそうだけど、そんな高価な薬だと思ってなかったし……」
ところが、アリサは中々首を縦に振らない。
戸惑った様子を見ていると、列の中から一人の人物が手を挙げた。
「伝説の霊薬エリクサー、それをこの身で味わえるのなら是非もありません。私が実験台にならせていただきます」
「おお、魔導師ギルドのギルドマスター飲んでくれるか」
先程から俺に熱い眼差しを送っている妖艶な女性が近付きこちらを見るのだった。