——法と正義だけでは、この闇は断てない。彼は自ら剣となり、血を流してでも、守るべきものを守る。—— 月原悠斗は、分析室の冷たい空気に背を向けた。水科彩に命じた機密データの厳重な隠蔽。それは、警視総監・桑野の名前がデータにあり、その背後には国家の過ちが隠されているという、法の頂点に存在する壁に、法的手続きを経る時間はないという彼自身の判断だった。
月原は私服に着替える前、極秘のセキュア回線で、育ての親であり、月原夫妻と漆盪一家の無念を晴らそうとする協力者である警視総監・桑野誠弥にコンタクトを取った。
「解析結果から、殺人組織が次に仕掛けるターゲットが判明しました。警視総監、父さんたちが追っていた『国家機密の過ち』の闇は、やはり想像以上に深い」
『悠斗。動揺するな。私がこの地位にいるのは、月原夫妻と漆盪一家の無念を晴らし、真実を突き止めるためだ。だが、私の立場では、法の枠を超えた強制的な排除はできない。組織内の目が厳しすぎる』
月原の瞳に、強い決意が宿る。「承知しています。あなたが法と組織の盾となってくれるなら、俺が剣になります。父さんたちが命を懸けて守ろうとしたものを、俺は必ず守り抜く」
『わかっている。だが、証拠を残すな。そして、性別すら不明な影の人物の目撃情報。それが警察内部の人間であっても、今は追うな。真の黒幕が姿を現すまで、お前の安全が最優先だ』
月原は極秘回線の通話記録を完全に消去した。警視総監の「お前の安全が最優先だ」という言葉を受け、月原は一時的に単独行動を停止する判断を下す。彼の頭脳は、既に次の手を読み終えていた。単独で動くのは最も危険で、黒幕の思う壺だ。この闇は、チームで、そして組織の目を欺きながら、潜り抜けるしかない。
「了解です、警視総監」月原は誰にも聞こえない声で呟いた。「俺の安全確保のために、まず全員で、敵の罠にハマるための作戦を立てましょう」そう意見を出した月原に対し、桑野警視総監は、一瞬迷ったが彼の判断が正しいと思い、許可を下した。月原はすぐさま、直属の上司である管理官・楝紅和三葉(40歳、女性)に連絡を取った。
「管理官。双子の隠匿と現場の制圧は完了しました。しかし、回収したデータから、殺人組織の活動は我々の想像を超えて広範囲に及んでいると判明しました。このまま通常の捜査を続行するのは危険すぎます」
楝紅和は月原の報告を受け、その場の空気が一変するのを察した。「月原主任。詳細なデータ報告は後回しだ。直ちに、『ゼロの執行室』の全メンバーを招集する。警視総監からの直々の指示だ。極秘作戦会議室を確保しろ」
数分後、総勢25名の精鋭たちが、極秘作戦会議室に集結した。彼らの前には、警視総監・桑野と管理官・楝紅和が立ち、その横には、私服姿の月原が立っていた。みんなは、驚いた顔をしていたが、月原・警視総監・管理官の表情を読み取り、すぐさま集まった。警視総監・桑野誠弥が口火を切った。「君たちに与える任務は、法と組織、そして倫理の境界線を越えるものになる。月原主任の解析により、敵の次のターゲットが判明した。しかし、敵の裏には国家的な『過ち』が隠されている。これ以上、被害者を出すわけにはいかない」
警視総監は月原に目配せを送った。月原が作戦の指揮を執る。
「我々は、このデータを使って敵が仕掛けた罠に、あえてハマる」月原は断言した。「それが、真の黒幕が何を隠しているのかを暴き、証拠を掴むための、最短距離だ」
月原はホワイトボードに作戦図を書き込み、全メンバーに鋭い視線を向けた。作戦名は『深淵へのダイブ』。「一瞬たりともミスを犯すな。これは、我々の事件(やま)だ。国民の命と我々の命がかかる重大な捜査になる。1課の人間と協力し真犯人へ辿り着くためだ。いいな!」そういうと、メンバーや1課の人間は力強く返事をした。そして、月原はみんなに作戦を伝えた。「心理・分析班の滝山主任(60歳、男性)、織部(56歳、男性)、結城(44歳、男性)。お前たちが執行の盾となる」
「結城、織部。回収した機器のデータを最優先で複合解析し、偽の情報を生成しろ。水科(28歳、女性)は、情報提供者の管理と捜査員の身分偽装に徹する。心理分析官の吾妻(25歳、女性)。この作戦で発生する全てのストレスをコントロールしろ。我々の情報に乱れがあってはならない」
吾妻月遥が冷静かつ簡潔に返した。「月原主任。メンバーの心理状態は私が分析し、極秘裏にケアします。必ず、この部屋から情報が漏れないようにします。」「いいか、滝山主任」月原は、心理・分析班の最年長者に視線を向けた。「お前たち三人は、この作戦の「盾」だ。偽装データが敵の手に渡った瞬間、奴らは必ず動く。お前たちは、その動きを先読みし、本命の捜査員を守り抜け。偽装情報と本物のターゲットを結びつける痕跡を、徹底的に隠蔽しろ」滝山は静かに頷いた。「承知した、主任。長年の経験、全てを使って、敵の思考の裏をかく。偽装情報に喰らいつく牙は、必ず我々が受け止める」
月原は次に、現場での実行部隊となるメンバーに目を向けた。
「齋藤、五十嵐、河口、内宇利(全員、機動捜査担当)。お前たちは、真のターゲットと偽装情報の現場の二点に散る。齋藤と五十嵐は、偽装ターゲットの護衛を装い、敵の実行部隊を誘い込め。河口と内宇利は、真のターゲットの極秘護衛と、敵の真の動向を掴む目となれ」
齋藤が鋭い眼差しで応じた。「主任、了解です。敵が仕掛ける罠の深淵、この身で潜り抜けて、奴らの尻尾を掴んでみせます」
「そして、水科(分析・情報管理担当)!」月原の声に、一段と力がこもる。「お前は、この作戦の心臓部だ。偽装データの生成、メンバー間の通信の暗号化、そして警視総監直轄の極秘回線との連携。全てを管理しろ。お前の指一本のミスが、作戦全体の破綻に繋がる。常に二歩先を読め」
水科彩は、緊張で唇を噛みしめながらも、決意を込めた瞳で月原を見つめた。「はい、主任。必ず、誰もが予測できない完璧なフェイクを流します。私のデータ管理は、敵には決して破らせません」
最後に、月原は管理官・楝紅和を見た。
「管理官、この作戦は、表向きは『通常の殺人組織の捜査』として処理されます。公安・機動隊への要請、捜査権限の拡大、全て、あなたの組織内の盾が必要です。警視総監の意向を汲み、我々の不自然な動きを、組織の目から隠し通してほしい」
楝紅和三葉は、静かながらも強烈な威圧感を放つ声で返した。「月原主任。あなたの作戦は、私が全責任を持って組織の壁を越えさせる。ゼロの執行室の名にかけて、この『過ち』を断ち切る。全メンバー、主任の指揮の下、命を懸けて任務を遂行せよ!」
会議室の空気は、張り詰めた静寂に包まれた。誰もが、今から自分たちが足を踏み入れる闇の深さを理解していた。しかし、目の前の月原主任の、孤独なまでの決意に満ちた瞳が、彼らの迷いを断ち切った。「作戦名『深淵へのダイブ』、これより発動する」月原は、警視総監・桑野が持たせた特別な暗号鍵をホワイトボードに叩きつけ、その場の全員に深く頭を下げた。
「これは、俺の私怨ではない。法では守れなかった、全ての無念を晴らすための戦いだ。生きて帰るぞ、皆!」
彼の言葉に応えるように、25名の精鋭たちは一斉に立ち上がり、重々しい足音とともに会議室を後にした。月原は、最後に警視総監と管理官に視線を送り、自らも黒いタクティカルスーツを身に纏い、単独で本部を後にした。
彼は、偽装ターゲットの護衛部隊の囮となるため、敵が最も動きやすいであろう、人影のない旧市街の倉庫街へと向かう。彼のインカムには、水科からの低い声が届いていた。
「主任。偽装データ、目標地点でドロップ完了。敵のアクセスを待っています。あなたの安全確保を最優先します。カウントダウン、開始です」
月原の心臓の鼓動が、静かな倉庫街に響く。彼は、法を裏切った闇を討つため、自らが最も深い闇へと飛び込んだのだ。その手には、警視庁のエンブレムではなく、真実を貫くための見えない剣が握られていた。
ゼロの執行 VS 殺人組織——捕まえられるか、奪われるかの戦いは、今、最も危険な局面を迎えた。真の黒幕が、月原の『深淵へのダイブ』にどう反応するのか。そして、性別すら不明な「影の人物」の正体は、どこに潜んでいるのか。
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