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——囮となった月原を待ち受けていたのは、敵の牙だけではなかった。公安部の中に潜む影が、法をねじ曲げ、牙を剥き出す。—— 月原は、旧市街の廃墟となった倉庫街で息を殺していた。黒いタクティカルスーツが夜の闇に溶け込み、周囲の気配を極限まで研ぎ澄ませている。インカムから、本部の「ゼロの執行室」分析室にいる水科彩の緊張した声が届いた。
「主任。偽装データへのアクセスを確認。複数のIPアドレスが、ターゲット地点に急速に集結中です。敵の実行部隊、まもなく突入します」
月原はコンクリートの柱に背を預け、冷たい金属の感触で意識を覚醒させた。彼の任務は、この偽装データで敵を足止めし、齋藤と五十嵐が囮護衛として混乱を広げ、その隙に河口と内宇利の別働隊が真のターゲットの動向を掴むこと。全ては『深淵へのダイブ』という捨て身の作戦の一歩目だ。
けたたましいエンジン音とともに、黒塗りのワンボックスカーが数台、倉庫の入口を塞ぐように停車した。武装した実行部隊が瞬時に展開し、水科がドロップした偽装データが置かれた廃棄コンテナへと猛進する。
「滝山主任。敵の動きを解析しろ」月原は冷徹に命じた。
心理・分析班の滝山翔の声が、経験に裏打ちされた冷静さで返る。「動きはデータ奪取に集中しているが、必要以上の制圧力を持ち込んでいる。主任を排除する意図が強い。彼らはデータが囮であることを、どこかで嗅ぎつけている可能性がある」
(思考)「やはり、罠とわかっても突っ込んできたか。目的は、データに触れた俺の排除か、それとも、この場で全てを断ち切ることか?」
月原は即座に指示を出した。「齋藤、五十嵐。予定通り、コンテナへ突入。敵をデータから引き離せ。生きて戻れよ!」
轟音と共に銃声が鳴り響き、倉庫街は激しい交戦状態に陥った。月原はその喧騒を陽動とし、敵の指揮系統を叩くため、最も闇の深い中央通路へ身を投じる。
その刹那、インカムに吾妻月遥の、かつてないほど緊迫した叫びが混じった。
「主任!作戦メンバーの中に、深刻な情報リークの兆候!公安部内からの介入です!心理防御壁が、外部の高度なハッキングによって破られかけています!」
月原の頭の中が真っ白になる。公安部の中に潜む「影の人物」が、月原たちの「ゼロの執行室」の極秘作戦の最中に、組織の最も脆弱な部分を突いてきたのだ。
「水科!全通信経路を切り替えろ!吾妻!該当メンバーを直ちに隔離し、彼がアクセスした全てのログを消去しろ!公安内部の裏切り者が動いたぞ!」
月原は激しい動揺を抑え、目の前の敵を仕留めることに集中する。同じ公安部内の者が動いたという事実は、警視総監・桑野誠弥や管理官・楝紅和三葉の、公安部内での立場をも危うくする。彼は二重の困難に直面していた。
月原は敵部隊のリーダー格の男を組み伏せ、首元にナイフを突きつけた。
「お前たちの真の標的はなんだ!『国家の過ち』か、それともこの作戦そのものか!」
男が嘲笑うように息を吐いた瞬間、突如、倉庫街の照明が完全にダウンした。
「水科!何が起こった!」
「主任!不明な外部からのコードによって、メイン電源が強制遮断!しかも、河口と内宇利の真のターゲット護衛部隊との連絡も、この瞬間に途絶えました!」
更なる苦戦。月原は視界を奪われ、真のターゲットの安否すらも分からなくなった。闇の中で男を拘束しようとした瞬間、男は月原を突き飛ばし、闇に紛れて逃走を図った。
「逃がすか!」
月原が男を追う直前、男は振り返りざまに声を荒げた。「お前が追っているのは、殺人犯の影じゃない!『法と正義』の執行者というお前の仮面を剥がすのが目的だ!月原悠斗!」
男の言葉に月原は凍りついた。男は月原を突き飛ばした場所に、何かを投げつけた。
直後、照明が復旧。月原が投げつけられたものを見ると、それは小型のUSBメモリ。月原はそれを拾い上げる。
そして、男の姿は既になかった。
「主任!敵は一斉に撤退を開始!偽装データは奪われました!」水科が報告する。
月原は、掌のUSBメモリを見た。油性ペンで乱暴に書き込まれた数字。
『44』
偽装データが奪われた。しかし、真のターゲットの安否は不明。そして、公安部内部の裏切り者が動き、「44」という新たな謎が残された。
月原は、握りしめた拳から血を滲ませた。
「水科。至急、このUSBの解析を始めろ。そして、吾妻!公安部内の裏切り者の身元を、警察の全システムを使って洗い出せ!河口と内宇利の捜索は、俺が直接向かう。管理官に報告。作戦は予定通り継続。ただし、真のターゲットへの警戒レベルを最高度に引き上げろ」
月原は、法を裏切る闇と、公安部の組織内部を蝕む影という二重の敵に直面し、孤独な執行者の道をさらに深めていく。彼の贖罪の道は、出口の見えない、真の深淵へと続いていた。