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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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誰かのためになりたい。

そう思うのはいけないことですか。

独りよがりだと貴方は言うかもしれないけれど、

私はそんな貴方も救いたいの。

たとえ絶望に飲み込まれていて、

今にも命を落としてしまいそうだとしても。

救いたいと思う気持ちを

止めたくない。

それが私。


そこまで書いて、私は筆を止める。

「あぁ、明日なんか来なきゃいいのに」

背後にあるベッドへ寝転ぶ。私を抱きとめる布団が、明日の重さを吸収する。もうここから動けそうにない。

「考えるだけで憂鬱すぎて眠れないよ、ねえミリー?」

ミリーは私のお気に入りのぬいぐるみだ。うさぎをモチーフとした見た目が、最高に可愛い。

「明日ね、転校生を呼びに行くんだ。それも私が最初に会うの」

ミリーのつぶらな瞳。中心にきゅっと詰まった鼻や口が、私の話を聞くことに夢中で動かない。

「びっくりでしょ。私も驚いてる。私も転校してきたばかりなのに」

壁にもたれながらのミリーを抱き寄せる。

「でもね、初めてのお友達になれるかもしれないんだよ…」

腕の中で抱きながら、傍にある明かりを消す。

転校生とは、上手く話せるのだろうか。

私も転校してから他人と話す機会はほとんどなかった。この学校は人が少ないわけじゃない。他人と関わる授業がないわけでもない。病が流行ってるとかでも、人を避ける習わしがあるわけでもない。

ただ…。

ここには…。

何かしらの持病を抱えた人しか入れない学校なのだ。

だから、まともに会話出来る相手がいないだけ。

私もその一人。

何を持って病人とされているのか。

それは、

ここを卒業するまで知ることは出来ない。

私はいつの間にか眠りに落ちていた。

「眩し…いよ…」

外が明るくなっていた。部屋が白々しく、淡い朝焼けに照らされていた。重い瞼を持ち上げ、時計に手を伸ばす。

八時。

見間違いだろうなって思った。

力無く時計を置いて、ミリーを抱きしめ直す。

「あれ…ミリー?」

左右に手を伸ばしても、うさぎを掴む感触がない。身体を引きずるようにベッド下を覗き込む。

ミリーは地べたに突っ伏していた。

「あ、ごめんミリー」

落としたのだと気付いて、手を伸ばした時。

見覚えのない手紙のようなものが、一緒に落ちていた。

「わ…綺麗な花模様…」

カスミソウのような小さな花弁をあしらった封筒。ピンク色のシーリングスタンプで貼り付けられた押印。

私好みの手紙を、ひっくり返す。

そこに署名はあった。

「クリッシュ…」

私の名前だった。

「どうしてこんなものが…って、あ!」

今日は転校生に会いに行く日だった。

ミリーをベッドにぶん投げる。

今は時間が最優先だ。

私は準備を済ませて部屋を出た。

九時。

待ち合わせ場所に転校生はいなかった。辺りを見渡しても、人一人見当たらない。

本来、目の前のテーブル席に学校の教科書が乗っているはずだった。今は何もない。つまり、転校生は教科書を持って、どこかへ消えてしまったのだ。

「えぇ…もう無理じゃん」

校内は広大な敷地のため、探すとしたら途方もない時間を捧げる事になる。

ミリーをぶん投げていても間に合わないのなら、しょうがない。

「授業だけでも出るしかないよね…」

朝の一限目は図書室で自習のはずだった。本来であれば、既に授業は始まっている。けれど、今回は特別に、転校生との交流のため三十分遅くしてもらっていた。

「でも、流石に一人で行ったら怒られるよね…」

私は校内を歩く事にした。

時間いっぱい探しても見つからなかったという口実を手に入れるためだ。

それに私だって、二ヶ月前に転校してきたばかりだ。

「お互いが迷子になってたら、しょうがないよね」

自分に言い聞かせるように、まずは校庭へ向かった。

ガラスの向こうに透ける景色は春だった。

外靴に履き替え、レンガの道を進む。両端には鉢入りのチューリップが、隙間なく並んでいる。

「ちょっと、悪い事をしてる気分だなぁ」

四方をガラス張りに囲まれている校庭。そのうちの三方は教室が見える。

一箇所の狭い空間に生徒が敷き詰められている事だろう。

私が靴を履き替えた場所だけは廊下に繋がっている。

本来であれば、二教室分のこの場所でお話をするはずだった。待ち合わせた後、ここで自己紹介をし合って図書室へ行く。

いい流れだと思ったのに。

中央には巨大水槽のような囲いの中で聳え立つ桜がある。太い幹がイタズラに飛び出ているその下に、ベンチがある。今はそこに、散りかけた花びらが数枚乗っている。

「風情があるね」

授業から抜け出してきたような感覚。

ガラスの向こうから先生が覗いてきても知らないフリ。

今、この空間は誰にも邪魔出来ない。

だって、こうして自由でいられるのはこの瞬間だけだから。

そう思った時、風が桜の花びらをさらって行く。

遠ざかるピンクを見ていると、廊下の先に人がいる事に気付いた。

けれどそれは、死体のように見えた。


エメラルドの絶望

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