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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
鈴虫の 声にまぎれて 好きと言う 君の返事は 風の音だけ
【短歌をテーマにした物語】
鈴虫が鳴いていた。
家へ続く細い坂道。街灯の明かりが足元を照らし、夜風が金木犀の香りを運んでくる。
隣を歩く君との距離は、いつもより少しだけ近かった。
「もうすぐ、夏も終わりだね」
私が言うと、君は空を見上げた。
「そうだな。気づいたら、秋になってた」
「夏休み、楽しかった?」
「うん。美月と花火を見に行けたから」
何気ない一言だった。
それなのに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
君は、いつだってそうだ。
私が忘れてしまいそうな小さな出来事を、覚えていてくれる。
放課後に一緒に食べたアイスの味も。
雨の日に貸してくれた傘のことも。
私が落ち込んでいた日に、何も聞かずに隣にいてくれたことも。
そのたびに、好きという気持ちが大きくなっていった。
けれど、幼なじみという関係が心地よすぎて、壊すのが怖かった。
告白して、困った顔をされたらどうしよう。
今までのように、くだらない話をして笑い合うこともできなくなったら。
そう考えるたび、私は言葉を飲み込んできた。
「ねえ、悠人」
「ん?」
「もしさ……大切な人が、すぐそばにいたら」
「うん」
「その人が、急にいなくなったら嫌?」
自分でも、ずいぶん遠回しな質問だと思った。
悠人は少し考えてから、私を見た。
「そりゃ、嫌だろ」
「……そっか」
「美月は?」
「私も、嫌だよ」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
鈴虫の声が、夜の静けさを埋めていく。
坂道の途中にある小さな公園で、私たちは足を止めた。
ブランコが風に揺れて、きい、と小さな音を立てる。
ここは、小さい頃から何度も一緒に来た場所だった。
秘密基地みたいに思っていたベンチも、今では少し小さく見える。
「悠人」
「どうした?」
私は、制服の袖をぎゅっと握った。
今しかない。
今日を逃したら、きっとまた言えなくなる。
「私ね……好きな人がいるの」
悠人の表情が変わった。
「……そうなんだ」
「うん」
「どんな人?」
聞かれると思っていたのに、いざ尋ねられると声が出なかった。
どんな人?
そんなの、決まっている。
私が転んだとき、真っ先に駆け寄ってくれる人。
私の好きなものを覚えていてくれる人。
隣にいるだけで安心するのに、隣にいるだけでは足りなくなってしまった人。
「優しくて……一緒にいると、すごく楽しくて」
「うん」
「ずっと、そばにいてほしい人」
喉が震えた。
言ってしまおう。
もう、遠回しな言葉ではなく。
「……それは、悠人だよ」
鈴虫の声が、いっそう大きく聞こえた。
「私、悠人が好き」
言えた。
ずっと胸の奥にしまっていた言葉を、ようやく外へ出せた。
けれど。
返事はなかった。
悠人は私を見つめたまま、何も言わなかった。
やがて、ひゅう、と風が吹いた。
公園の木々がざわめき、乾いた葉が足元を転がっていく。
その音だけが、私たちの間を通り過ぎた。
「……ごめんね。急にこんなこと言って」
耐えきれず、私は笑った。
「忘れてくれていいから。今までどおりにしてくれたら、それで――」
「美月」
名前を呼ばれて、顔を上げた。
悠人は困ったように眉を寄せていた。
その表情を見て、胸が痛くなる。
ああ、困らせてしまった。
そう思った瞬間、悠人は自分の前髪をくしゃりとかき上げた。
「……ごめん。何て言えばいいか、わからなくて」
「うん……」
「俺、ずっと美月のこと、幼なじみだから大切なんだと思ってた」
心臓が、嫌な音を立てた。
「でも、最近はそれだけじゃなくて。ほかの男と楽しそうに話してると、なんか落ち着かないし。帰り道も、もう少し一緒にいたいって思うし」
悠人はそこで言葉を切った。
そして、少しだけ頬を赤くして続けた。
「今日、美月が好きな人の話をするから……そいつが誰なのか、気になって仕方なかった」
「……悠人?」
「俺、たぶん……いや、絶対、美月のことが好きだ」
風が吹いた。
今度は、その音に紛れてしまうほど小さな声ではなかった。
私は目を見開いたまま、彼を見つめた。
「……ほんとに?」
「うん」
「私のこと?」
「美月以外に誰がいるんだよ」
悠人は照れくさそうに笑った。
その笑顔を見た途端、目の奥が熱くなった。
「よかった……」
こぼれた声は、泣きそうだった。
「返事がなかったから、嫌だったのかと思った」
「ごめん。頭の中、ぐちゃぐちゃになってた」
「私も、すごく怖かった」
「うん」
「でも、言えてよかった」
悠人はゆっくりと手を差し出した。
「……手、つないでもいい?」
私は笑って、その手を握った。
少し冷たい手だった。
けれど、指が重なったところから、じんわりと温かさが伝わってくる。
鈴虫は変わらず鳴いていた。
風も、木々を揺らしながら吹き抜けていく。
あの告白のあとに聞こえた風の音を、私はきっと忘れない。
返事がなかった数秒間。
怖くて、心細くて、それでも伝えてよかったと思えた時間。
「ねえ、悠人」
「ん?」
「明日も、一緒に帰ろうね」
「明日だけ?」
悠人が、つないだ手に少し力を込めた。
「これからも、ずっと一緒に帰りたい」
私は、今度こそ泣きながら笑った。
「……うん」
鈴虫の声に紛れて、好きと言った。
君の返事は、最初は風の音だけだった。
でも、あの沈黙の向こうには、君の言葉がちゃんとあった。
秋の夜風は少し冷たかったけれど、つないだ手だけは、いつまでも温かかった。
コメント
1件
「鈴虫の声に紛れて好きと言う」――もうタイトルからして美しすぎて泣きました……。告白の後のあの沈黙と風の音だけで返事がわからなくて怖くなる気持ち、すごく伝わってきました。でもちゃんと悠人も同じ気持ちでいてくれて、両片思いだったんだってわかったとき、本当に安心しました。つないだ手が温かいのが、秋の夜の冷たさと対照的で、すごく好きです。最終回じゃないですよね?これからもずっと見守りたいと思えるお話でした。水曜さん、素敵な作品をありがとうございます🖤