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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
秋の雨 君との距離を 遠ざけて 傘の隙間に 言葉が落ちる
【短歌をテーマにした物語】
秋の雨は、嫌いだ。
夏の雨のように勢いよく降るわけでもなく、冬の雨のように身を切るほど冷たいわけでもない。
ただ静かに降り続けて、いつの間にか心まで濡らしてしまう。
その日も、放課後の校舎を出ると、細かな雨がグラウンドを灰色に染めていた。
「うわ、降ってる」
隣で声を上げたのは、同じクラスの佐伯くんだった。
「天気予報、晴れだったのにね」
「な。傘、持ってきた?」
「一応」
私は鞄から折り畳み傘を取り出した。
小さな紺色の傘。
ひとりで歩くには十分だけれど、二人で入るには少し心もとない。
「駅まで一緒に行ってもいい?」
佐伯くんが言った。
私は一瞬、返事に詰まった。
「……うん」
好きな人からの誘いを断る理由なんて、どこにもなかった。
傘を開くと、雨粒がぱらぱらと布地を叩いた。
私たちは並んで歩き始めた。
けれど、傘が小さいせいで、肩が触れそうになるたび、私はそっと身体を傾けた。
濡れたくないから。
そう言い訳しながら、本当は触れてしまうのが怖かった。
好きだと知られたら、今までの関係が変わってしまう気がしたから。
佐伯くんは、誰にでも優しい。
消しゴムを落とした子がいれば拾ってあげるし、困っている人がいれば自然に手を貸す。
私にも、いつも優しかった。
だからこそ、その優しさが特別なのかどうか、わからなかった。
「最近さ」
不意に、佐伯くんが口を開いた。
「うん?」
「なんか、避けられてる気がするんだけど」
足が止まりそうになった。
「えっ?」
「俺、何かした?」
「してないよ!」
思わず大きな声が出た。
佐伯くんが驚いた顔をする。
私は慌てて目を伏せた。
「ごめん。ただ……何もしてないよ」
「そっか」
彼はそれ以上、聞かなかった。
その沈黙が、かえって苦しかった。
本当は、避けていた。
目が合うと嬉しくなるから。
話しかけられると期待してしまうから。
ほかの女の子と笑っている姿を見ると、胸がちくりと痛むから。
好きになりすぎないように、少しずつ距離を取っていた。
それなのに、今こうして隣を歩けることが嬉しくてたまらない。
私は、いったい何をしたいのだろう。
横断歩道の信号が赤に変わった。
私たちは屋根のあるバス停の前で足を止めた。
雨はさっきより強くなっていた。
「……あのさ」
佐伯くんが、こちらを向いた。
「俺、最近ずっと考えてたんだ」
「何を?」
「どうしたら、もっと美緒と一緒にいられるかなって」
雨音が遠のいたような気がした。
聞き間違いだろうか。
私は顔を上げられなかった。
「クラスが同じなのに、学校じゃあんまり話せないし。帰りも、最近はすぐいなくなるし」
「それは……」
「俺、もっと話したいんだけど」
その言葉は、雨よりも静かに胸へ落ちた。
嬉しい。
けれど、怖い。
もしも期待して、勘違いだったら。
今までどおりに笑えなくなったら。
「……私といても、つまらないと思うよ」
やっと出てきたのは、そんな言葉だった。
佐伯くんは少し黙った。
そして、困ったように笑った。
「どうしてそう思うの?」
「だって、佐伯くんは誰とでも仲よくできるし。私なんかと一緒にいても……」
「美緒」
名前を呼ばれた。
私は口を閉じた。
「俺が誰とでも話せるのと、誰と一緒にいたいかは、別の話だよ」
胸が大きく跳ねた。
顔を上げると、彼はまっすぐ私を見ていた。
「最近、俺のほうが避けられてるのかと思ってた。だから、嫌われたのかなって」
「嫌いなんかじゃない!」
今度も、声が大きくなった。
佐伯くんは目を丸くした。
私は唇を噛んだ。
言ってしまった。
けれど、もう戻れない。
「……嫌いじゃないよ」
小さな声で、言い直した。
「むしろ、反対なの」
「反対?」
「佐伯くんといると、嬉しくなるから。優しくされると、期待しちゃうから……だから、どうしたらいいかわからなくて」
最後の言葉は、雨音に溶けそうだった。
私は傘の柄を握りしめた。
顔を見られない。
どんな表情をしているのか、確かめるのが怖かった。
しばらくして、頭上の傘が少し傾いた。
雨に濡れないように、佐伯くんが私の側へ傘を寄せてくれたのだ。
「……俺もだよ」
その声に、私は顔を上げた。
「美緒がほかの男子と楽しそうに話してると、気になるし。最近、帰りに一緒になれないと、ちょっとがっかりする」
彼は照れたように頬をかいた。
「だから、もっと一緒にいたいって思ってた」
私は、何も言えなかった。
ずっと欲しかった言葉なのに。
聞きたかった言葉なのに。
いざ目の前に差し出されると、胸がいっぱいで、声が出てこなかった。
「……美緒?」
「ごめん。嬉しくて」
ようやくそう言うと、佐伯くんはふっと笑った。
「そっか」
雨は、まだ降り続いている。
駅までの道は、もう少しだけ残っていた。
「ねえ」
私は、勇気を出して言った。
「傘、もうちょっとそっちに寄せてもいい?」
「いいよ。俺も濡れたくないし」
「……それだけ?」
「え?」
「なんでもない」
慌てて顔をそむけると、彼が笑った。
「じゃあ、こうしたら?」
佐伯くんは傘を持つ手を少し動かした。
肩と肩が、そっと触れた。
離れようとした私の肩を追いかけるように、彼は隣を歩いた。
今度は、私も離れなかった。
傘の下は狭い。
けれど、その狭さが初めて嬉しかった。
雨が降らなければ、私たちは別々に帰っていたかもしれない。
こんなふうに、伝えられなかった気持ちを話すこともなかったかもしれない。
「明日も、一緒に帰ろうよ」
佐伯くんが言った。
「……うん」
「雨じゃなくても」
その一言に、私は笑った。
「じゃあ、明日は晴れるといいね」
「晴れても、一緒に帰るから」
駅に着くころ、雨は少しだけ弱くなっていた。
傘を閉じると、秋の風が濡れた頬を撫でた。
冷たいはずなのに、心は不思議なくらい温かかった。
私たちは改札の前で立ち止まった。
「また明日」
佐伯くんが手を振る。
「また明日」
私も手を振り返した。
彼の背中が人混みに消えていく。
そのとき、ふと思った。
傘の隙間に落ちた言葉は、消えてしまったわけじゃない。
雨音に紛れてしまいそうな小さな声も、ちゃんと彼に届いていた。
明日になれば、きっとまた少し照れくさい。
それでも、もう逃げなくていい。
秋の雨が、君との距離を遠ざけていると思っていた。
けれど本当は、あの小さな傘の下で、私たちは初めて一歩、近づけたのだった。
コメント
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みぃだよ🖤 第79話、読んだよ…「秋の雨」のタイトルからもう切なかったけど、読んだらもっと切なくて、でも最後はじんわり温かくなった。 傘の下で「俺もだよ」って佐伯くんが言ったところ、胸がぎゅってなった。ずっと避けてたのに、実はお互い同じ気持ちだったんだね。雨のせいで距離ができたと思ってたけど、本当は近づくきっかけだったっていう終わり方、すごく好き。秋の雨、ちょっと好きになれそうだよ。 お互いに想い合えて、本当によかったね🌧️🖤