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前職は舞妓
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きょう
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「おい、峯岸先輩! マジで勘弁してくださいよ……! なんでこんな気味の悪いところに来なきゃいけないんですか……!」車の助手席で、引きつった顔でシートベルトを抱きしめているのは、今月から俺の部署に配属された新米刑事の佐藤誠(23歳)だ。
真っ白なワイシャツにピシッと結んだネクタイ。警察学校を優秀な成績で卒業した期待の新人……のはずなのだが、生憎とこいつには致命的な弱点があった。
筋金入りのオカルト嫌いで、幽霊の類が死ぬほど苦手なのだ。
「うるせぇぞ新人。捜査の基本は足と現場検証だろうが。泣き言言ってねぇでさっさと降りろ」
「いやだって! この廃ビルの事件、噂じゃ『夜な夜な首のない幽霊が出る』って近所でも評判なんですよ!? 鑑識の鑑識結果だって事故死で処理されかけてるのに、なんでわざわざ夜中に捜査し直すんですか!」
「事故死にしては現場の状況がおかしいからだ。ほら、後ろ見ろ。今日のご意見番のご到着だ」
俺が車のリアウィンドウをあごでしゃくると、佐藤がおずおずと後ろを振り返った。
ちょうど校門前からの移動を終えた渚が、大きなリュックを背負って車のドアを開けたところだった。
「……チース、峯岸さん。うわ、車内に新人さんの青ざめた匂いが充満してる」
「渚ちゃん!? なんで女子高生がこんな夜中にいるの!? 先輩、まさか本当に噂のパパ活……!?」
「誰がパパ活だぶっ殺すぞ」
俺が佐藤の頭を拳骨でゴツンと叩くと、「痛ぁっ!」と頭を抱えて縮こまった。
「渚、紹介しておく。今日からうちの班に押し付けられた後輩の佐藤だ。幽霊が大の苦手で、怪談話を聞いただけで鳥肌立てるもやし子分だ」
「初めまして、佐藤さん。皐月渚です。まあ、幽霊なんて見えなきゃただの空気みたいなもんですから、気にしないでください」
渚が事もなげに言うと、佐藤は目を丸くして渚と俺を交互に見た。
「え、あ、初めまして……って、渚ちゃん、まさかその若さで心霊マニアなの!?」
「マニアじゃなくて当事者だよ。おい佐藤、お前はそのへんの電柱にでも捕まって震えてろ。俺と渚で現場(フロア)見てくるからな」
「えっ!? お、俺を一人にしないでくださいよ! 闇の中に一人なんて絶対無理です!!」
結局、涙目になった佐藤を後ろに従え、俺たちは懐中電灯の光をたよりに廃ビルの階段を上った。
現場は三階の吹き抜け廊下。数日前にホームレスの男が足を滑らせて転落死したとされる場所だ。周囲には警察の規制線テープが風に揺れていて、気味の悪い効果音を奏でている。
「うひぃ……寒気がする……絶対なんかいる……!」
俺の後ろで俺のスーツの裾をガッチリ掴んで震える佐藤。23歳の成人男性が16歳の女子高生の後ろで怯えている姿は、情けないことこの上ない。
「……渚、どうだ?」
俺が低く尋ねると、渚は懐中電灯の光を床に落とし、廊下の奥——暗闇の天井付近をじっと見つめた。
「……うん、いるよ。おじさん」
「ひいいっ!?」
渚の短い一言に、佐藤が悲鳴をあげて跳び上がった。
「な、何がいるの!? 何が見えてるの渚ちゃん!?」
「何って、亡くなったおじさんの浮遊霊。あ、首はあるから安心して。ただ……すっごく怒ってる」
渚はそう言うと、怯える佐藤を意に介さず、誰もいない暗闇に向かって一歩を踏み出した。
「おじさん、足滑らせて落ちたってことになってるけど……本当は誰かに押されたでしょ?」
渚が空中に向かって気安く話しかける。その光景を目撃した佐藤は、顎が外れそうなほど口を開けて固まっていた。
「渚ちゃんが……誰もいない空間と会話してる……!? 先輩、これ何!? 何のミステリー!?」
「静かにしろ新人、業務妨害だ。渚、接触(タッチ)行けるか?」
「ん、やってみる」
渚が空中に右手を伸ばす。
その瞬間、生ぬるい夜風が一変し、現場の空気がフッと氷のように冷え込んだ。
「ひっ……! レ、エアコンもないのに急に寒くなった!? なになにこれぇええ!?」
ガタガタと歯の根を鳴らして俺の背中に隠れる佐藤を無視し、俺は渚の横顔に集中した。渚の眉間にしわが寄り、指先が微かに震える。死者の最後の記憶が流れ込んでいる証拠だ。
「……見えた。押されたんじゃない……足を引っ張られた」
渚が息を呑み、伸ばした手をゆっくりと引き戻した。
「足を……? 別の幽霊に、か?」
「ううん、人間。……手袋をした人間の手。背後から静かに近づいてきて、おじさんが立ち上がろうとした瞬間に……足を払って突き落としたの」
渚の言葉に、俺は手帳を取り出し、胸ポケットからボールペンを走らせた。
事故死ではなく、明らかな他殺。
現場に残された痕跡と、死者の目撃証言が再び噛み合わさる。
「よし、事故死の手続きはストップだ。鑑識に言って階段の手すりと床の微物再採取させるぞ。……おい、聞いてんのか佐藤」
振り向くと、佐藤は壁に背中をこすりつけ、白目を剥きかけながら震えていた。
「せ、先輩……渚ちゃんって、一体何者なんですか……? 幽霊と喋って、触って……そんなの、警察の捜査じゃないですよぉ……!」
「言ったろ、俺たちの秘密のバディだ。これに懲りたら、明日から別の部署に異動届出してもいいんだぞ?」
俺がニヤリと笑うと、佐藤は震える手で警察手帳を握りしめ、必死の思いで首を振った。
「い、異動なんてしませんよ! 怖いのは死ぬほど嫌ですけど……でも、事故扱いで終わらされそうだった事件の真実が分かったんなら、俺だって刑事です! ちゃんと犯人捕まえます!」
泣きべそをかきながらも、目だけはまっすぐに俺たちを見てくる新人。
「……フン、度胸だけはあるみたいだな」
横で見ていた渚が、フッと小さく口元を緩めた。
「佐藤さん、幽霊は怖がらなくて大丈夫ですよ。生きてる人間の方が、よっぽど酷いことしますから」
16歳の少女が吐き出すには重すぎる言葉。
佐藤はその言葉の裏にある「何か」を感じ取ったのか、ゴクリと唾を飲み込んで黙り込んだ。
「よし、下りるぞ。佐藤、車までダッシュだ。遅れた奴がファミレスのパフェ代奢りな」
「えぇっ!? ちょっと待ってくださいよ先輩! 暗闇に置いていかないでくださーい!!」
悲鳴をあげながら階段を駆け下りていくダサい後輩の背中を追いかけながら、俺と渚は顔を見合わせて苦笑した。
新しい賑やかや厄介ごとが増えた夜。
真犯人に繋がる長い道のりを、俺たちはまた一歩、進み始めた。
コメント
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わあ、第12話、めっちゃ面白かったです!新米刑事の佐藤くんがもう完全にホラー映画のビビリ役で可愛かったですね(笑)。でも「異動しない」って言い張るところでちゃんと刑事の矜持を見せてくれて、キャラに厚みが出ました。渚ちゃんの「生きてる人間の方がよっぽど酷い」って台詞、16歳の口から出る言葉じゃない重みがあって、彼女の背景が気になります。事故死に見せかけた他殺って伏線、どう回収されるのか続きが待ち遠しいです!