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ある日、以前より肌寒くなってきた夜に、アリエッタはちょっと涙目になって困っていた。
「うぅ~、ミューゼ、んーとえーと……」(『寒い』ってなんて言えばいいんだ?)
なんとなく着せられる服が厚くなってきてるなと思っていたが、日常ではっきりと寒さを感じるのは初めてである。身を抱くように縮こまり、ミューゼに現状を目で訴えてみた。
「うぐっ。あ、あ~その服じゃ寒いよね。ごめんね。ん~と……おいでー」
「うんっ」
ミューゼはアリエッタを連れて部屋に戻り、まずはアリエッタの服を見てみた。ここには普段から使用しやすい服が収納してある。
「うーん、無いなぁ。流石にこれは外用だし、家用の厚着が欲しいかな。せめて羽織れるマントみたいなものがあればなぁ」
(そっか、冬服が無いのか。そうか冬かー)
「よし、あっち見てみよう」
続いて、いつの間にか増設されていた倉庫へとやってきた。ここはエルトフェリアと繋がっている渡り廊下へと出る元物置で、外側に向けてネフテリアが勝手に拡張してしまった部屋なのだ。知った後は当然ネフテリアを締め上げたが。
この部屋にはフラウリージェで作られたアリエッタデザインの服が仕舞われている。まだ服の種類は10種類もなく、部屋の一部にしか置かれていないが、それでもこれまでにデザインした服が各3人分ある。ちなみにクリムとネフテリアの分は、エルトフェリアの一室に別途置かれている。
(まさか全部実現するなんて。もしかしてこのまま増えていくんじゃ……)
以前のやり取りで仕事として請け負った自覚はあるが、出来上がった物を改めて見ると、嬉しさと恥ずかしさが同時に沸いてくる。前世では服のデザインなどしていなかったので、戸惑っているのだ。
「これがちょうど良いかな? アリエッタ、これつけて」
「ん、コレ? 着た?」(前に着たオオカミ赤ずきんのケープだ)
「そうよ。これでちょっと暖かくなるからね。今度新しく冬服作ってもらうからねー」
「はーい」
選ばれたのは、以前クリエルテス等に行く前に作ってもらった狼耳のついた赤いフード付きケープ。ケープだけでも寒さは少し防げるので、アリエッタは言われるままにケープを装着し、ありがとうの意味を込めて笑顔を見せた。
「ぅ、かわ、かわ……はふぅ。あとは部屋から毛布でも持ってくるか。子供用の毛布とか買っておけばよかったなぁ」
というわけで、肩にはケープを、膝には毛布を掛けて、今日のところは落ち着いた。
「明日ノエラさんに、子供用の冬服を相談しに行こう」
「分かったのよ。それにしても、この耳がついてるからか、餌付けしてるみたいで……ぶふっ」
「気持ちはわかるけど、そこで興奮しないでくれる?」
「パフィダイジョーブ!? えと、たおる、ドゾー」(頻繁に鼻血出すけど、医者とかいないのかな?)
「ありがとなのよ、ふぅ。もう大丈夫なのよ」
「いやいや、タオルっ、すっごい勢いで赤くなってってるからっ」
アリエッタの言葉が成長するにつれ、パフィの興奮具合もまた成長?を遂げていた。
なかなか止まらないパフィの鼻血に、アリエッタが慌て始める。
「ミューゼ! パフィあぶない! たしけてぇ……」
「うごふっ!」
「ぅええええっ!? ミューゼ!?」(なんで!?)
涙目でミューゼに助けを求めたら、今度はミューゼが胸を押さえて蹲ってしまった。
(アリエッタ、恐ろしく可愛い子……)
2人はこれまでよりもアリエッタの意思が分かりやすくなった事で、より一層可愛さにやられやすくなっていたのだ。
ただ、その原因はアリエッタ自身にもある。
「あわわわわっ、ミューゼ! パフィ! どうしちゃのっ!」
『ぶふっ!』
(悪い病気だったらどうしようママ! ふええええん!)
「わたわたしてるの……」
「かわいすぎなのよ……がくっ」
まだ言葉を覚えて間もないので、拙かったり噛んだりするのは無理もない。だがそれに加えて、思考や頭の回転は変わっていないにも関わらず、感情が少しでも高ぶると以前よりも幼児化しやすくなっているのだ。まるで本能が、幼い身体と敏感になった感情によって成人男性だった精神を壊さないよう、幼女にあわせた理性へとゆっくりと調整していってるようである。もちろんそう仕組んだのは転生の原因であるエルツァーレマイアなのだが。
その影響で、自然と可愛らしいちょこちょこした動きになり、表情もかなり豊かになってしまったのだった。
「ぐっ、こんな所で……死んでたまるか……。もっともっとアリエッタの可愛い姿をこの魂に深く刻み込んで、一緒に幸せになるのっ」
「うおおおっ、そうなのよっ。私達の楽園は、これから始まるのよ……っ」
「ふあ?」(なんかよく分からない事言ってるけど、大丈夫……なのかな?)
なんだかこのまま色々終わってしまいそうな事を呟いているが、これが最近の日常なのだ。
「いやあの2人大丈夫なの!?」
3人の動向を報告されたネフテリアは、エルトフェリアの一室で思わず叫んでいた。
影に潜んでアリエッタ達を密かに護衛していたオスルェンシスが報告したのは、明日やるかもしれない予定と、アリエッタにやられる2人の状況だけ。それ以外のプライバシー部分の説明も強く求められたが、ネフテリアが暴走する危険性がある為伏せていた。
「様子見している間に毎回復活しているので大丈夫だとは思いますが、アリエッタちゃんが少しずつ個別に行動し始めている事も含めて、プライベート中の1人での護衛は限界がありそうです」
「なんで護衛する理由が、自爆防止になってるの……」
元々外部からアリエッタ達を護る理由もあって、エルトフェリアを完成させたり、パルミラを住まわせたりしていたのだが、今は何でもない安全安心な日常に危険を感じる始末である。
「実は自分もアリエッタちゃんを見てると少し胸が苦しく」
「それは困るから! えっ、あの子何? 精神感応系の能力でも使えるようになっちゃってるの?」
「いえ、ただただ可愛さが増してるだけですね」
「どんだけなのよっ!」
ドンッ
気づいたら机を叩いてツッコんでいた。
ネフテリアもアリエッタの可愛さは心底認めているが、それにしても周囲の反応が異常である。ここ最近はサイロバクラム関連と留守にしていた間に溜まっていた仕事が忙しく、挨拶とちょっとした会話だけしかしていなかったので、アリエッタの変化した挙動に気付かなかった。それは幸いなのか、それとも不幸なのか。
「……明日あたりフラウリージェに来るのよね。ちゃんと会ってみるか」
「ネフテリア様まで堕ちないでくださいね?」
「大丈夫よ。わたくしはこれでもミューゼ一筋だから」
「それはそれで困りますが」
という訳で、明日冬服を相談しにくる時に、ネフテリアも同席する事になった。
「テリア! おはよっ。にへへ~」
「う、うん。おはよー、アリエッタちゃん」(えっ、なんか急に可愛くなってない? 笑顔のせい?)
ネフテリアは早速ちょっと堕ちかけた。隣では、ノエラがクネクネと蠢き、息を荒らげている。
「今日のアリエッタちゃんは、一段と可愛らしいですわね~。そのフード被ってるのも久しぶりに見ましたわ~」
「はぁはぁ……じ、実はその事でも相談がありまして」
「その前に落ち着きましょう? そんな胸押さえて涎垂らしたまま話進められても……舐めとってあげよっか?」
「黙ってくれませんか変態様」
「変態様!? お兄様と一緒でイヤなんだけど!」
「王族は変態しかいないから大丈夫なのよ」
「不敬! それ不敬だと思う!」
不敬と言いつつも、今の関係が心地良いネフテリアは叫ぶだけである。
そのせいもあって、すっかりネフテリアの扱いに慣れたミューゼとパフィ。王族の扱いはこんなものと、完全に思い込んでしまっている様子。
アリエッタはそんな2人に挟まれ、ネフテリアが言われた言葉の意味を考えている。
(『へんたい』? なんて意味だろう。後で聞いてみよう)
ちなみに保護者2人には、その意味を教えるという意思は全く無い。聞かれても誤魔化す気満々である。
「それでですね、今はこうやってくっついて暖めてあげられるんですけど、実は冬用の部屋着がないんですよ」
『あっ』
「なんかアリエッタに合う冬服ってありません?」
言われてハッと気づいたノエラとルイルイ。すぐにアリエッタに謝り倒し、手の空いているフラウリージェ総動員で似合う服を探し始めた。
「うあああああ不覚っ! まだウチでまともに冬用作ってませんでしたわ!」
「クラウンスターからいただいていた服があってよかったです……」
結局、子供服のサンプルにと、クラウンスターから譲られていた一般的な厚着を数着持ってきて、アリエッタに与える事で落ち着いた。
その時の慌てっぷりを見て、アリエッタは飾られている冬服を観察し始める。
「ミューゼ、さむい。ふくきる、アタータカイ。あたし、ふく、かく?」
「うん、お願いできるかな? アリエッタ良い子だね~」
「にへへ~。かくー」
「おぉう……アリエッタちゃんが凄い……可愛い」
「頑張って伝えようとしてるのが凄く良いですわっ。っていうか描いていただけるんですのね!」
昨日覚えた単語を早速活用し、自分のやるべき事を理解。さらにフラウリージェの服を観察。ここにあるのは自分が描いたデザインの服ばかりなので、すぐに考えをまとめていた。
(ふーむ。これまでのコスプレ風だと、冬は寒いか。厚着の衣装を考えないとな。メカ少女のボディースーツとか描いてる場合じゃなかったよ)
しばらく思案した後、なんとなく方向性を決めたのか、顔を上げてノエラを見た。
「あたし、かく! ふく! むふん!」
『ごはっ!』
そのやる気を伝える為に、拳を握って気合のポーズをとると、大人達は全員撃沈してしまったのだった。
アリエッタは意識していなかったが、少女らしい可愛い気合ポーズである。
「これヤバイかも……」
ネフテリアがその危険度を悟りながらピクピクしている。
大人達が何故倒れたのか全く分からないアリエッタは、不思議そうに目を点にして首を傾げるのだった。