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エルトフェリアから少し離れた場所にある、少し大きな家。

そのリビングでは数名の男達が向かい合い、真剣な顔で会議を行っていた。全員他国他世界からの密偵で、さらにここにいる全員が別国からの密偵のリーダーである。


「近頃すっかり寒くなってきた。これは由々しき事態である」

「ああ」

「そうだな……くそっ」


以前からの観察対象であるエルトフェリアと王女ネフテリア。そして店長のクリムとノエラ。その部下であるヴィーアンドクリーム店員とフラウリージェ店員達。最近では警備を担っている様々なタイプの美女達も増えた。

お陰でファナリアだけでなく様々なリージョンから、ファナリアのニーニルは楽園かもしれないと噂されている。


「これまでの薄着が嘘だったかのように、みんな着込んでしまったではないか!」

「サイロバクラム風衣装で接客してくれたあの頃が、既に懐かしいっ……!」

「うおおおおおおん!」


そう、間もなく寒季という事で、女性陣の服が厚着になり、露出も減ってしまったのだ。男達はそれを心の底から嘆いていた。


「だが!!」

ドンッ


1人の男がテーブルを叩き、その場の嘆きを強引に収める。


「俺の部下が見てしまったらしい……」


何を……などと急かす者はここにはいない。全員が『つまらねぇ情報だったらぶっ飛ばす』と言いたげな半泣き顔で、しゃべり始めた男を見ている。


「厚着だというのに尋常じゃないくらい可愛いクリム店長を」

『詳しく頼む』


一瞬で全員が佇まいを直した。まるで戦争前かと思える程の真面目な顔つきになっている。それだけ心底気になっているようだが、見たのはここにいない部下。代表の男がなんとかして情報を聞き出したが、見た本人は完全に上の空で、手に入った情報はほんの少しだけだった。


「アイツは……『モコモコ』と言いながら撫でるしぐさをして、幸せそうにゆっくりと昇天きぜつしたんだ」

「『モコモコ』? なんだそれは?」

「何かの暗号か?」

「撫でるだと? いやらしい隠語じゃないだろうな?」

「クリム店長のいやらブフォッ」

「貴様っ! 鼻血と吐血対策はどうした! 後で掃除しておけよ」


感想が抽象的で、男達には何の事かサッパリ分からない。

結局分かったのは、推し達のまだ見ぬ姿があるという事だけ。この後かなり長い間『モコモコ』について議論していたが、結局何の結論も出せないまま、密偵代表会議は解散となった。


「こうなったら、各国で調査を進めるしかあるまい」

「ぐぬぅ。まぁ新しい服が出るらしいというだけでも朗報だな」


こうして密偵達は、明日も熱心に潜入捜査おしかつを続けていく。




(……どういう事だ? このエルトフェリアらくえんで何が起こっている?)


数日が経ち、『露出が低くても可愛い店員』が何度か目撃されていたが、見た者達の証言はかなり抽象的で、意味が分からなかった。それを解明するために密偵達は日々エルトフェリアに通っているのだが……。

同時にエルトフェリアで不審な事件が発生していた。といっても、世間的には全く何も起こっておらず、知られてもいない。巻き込まれているのは各国の密偵達のみ。


(まだ異常がないのは俺達のみ。他の国のやつらは、1人ずつ異常をきたしている)


密偵の男は、町の人々に紛れてヴィーアンドクリーム内で食事をしながら、冷静に現状を整理している。もちろん密偵と分かるような恰好はしていない。どこからどう見ても地味な一般人を装っている。


(別の国からの差し金か? しかしそれなら、1人ずつやられて、全員生きているのがおかしい)


色々な憶測をしていくが、分からない事だらけである。


(それに店員を狙うなら分かるが、なぜ密偵側が狙われるんだ? この店が欲しいなら、王女か店長を狙うべきだろう。敵の目的が分からん)


考え事をしているうちに、いつの間にか難しい顔になってきたこの男。そこへゆっくりと近づく1人の人物がいる。


(いかんな。隊長達に報告して、この場所を守ら──)

「どうしましたー? 怖い顔で食べてますけどー、お口に合いませんでしたかー?」

「ん? ああいや、すまな……──」


声を掛けられ、素直に謝ろうとした男が、顔を上げて完全に固まってしまった。


「お客様?」

「はっ! いいいいやいやあのあのあのあの!」

「?」


意識を取り戻した男が、これでもかと取り乱す。話しかけた女性は首を傾げ、心配そうに見つめている。


「しゃ、しゃ、しゃしゃしゃ」

「あ、はい。そうですよー」

「シャンテたん!?」


立っていたのは赤髪ショートボブのフラウリージェ店員。名をシャンテという。少しだけぽやっとした所があり、主に活発な男性陣の心に突き刺さっていたりする。なんでも「守ってあげたい」とかなんとか。

本日は昼にヴィーアンドクリームの手伝いのシフトが入っており、今がまさにその時間帯。


(うおおおおお!! 店番の順番はみんなで調べた通りとはいえ、まさか話しかけられるとはっ! これはいつも頑張ってるご褒美なのだろうか!)


この密偵の男。実はシャンテのファンなのだ。

各国の密偵達がそれぞれ調べた店の情報シフトを照らし合わせ、特別な日以外はフラウリージェ店員がヴィーアンドクリームの手伝いを、当番制で行っている事を突き止めていた。そして1日1回だけであれば、好きな時間に休憩に入ってよしというルールが、密偵達の間で作られていたのだ。

大体はこの男のように、推しのシフト時間内にヴィーアンドクリームで休憩するようにしている。


「はっはは話しかけていただき光栄でありますっ!」

「ああそんなに慌てて動くと」

ガシャン

「あー」


緊張して、しどろもどろになった男は、うっかり手をテーブルにぶつけ、手に持っていたフォークを落としてしまった。

慌てて拾おうとするが、


ごちんっ

「あうっ!」

「っ! うわわすみませんすみません!」


同時に拾おうとして屈んだシャンテと、頭をぶつけてしまったのだった。


「あーいえいえ、こちらこそー。では代わりのフォークをお持ちしますねー」

「はぃ……」


真っ赤になる密偵の男。それを周りから睨みつける他の客達。当然ながら、シャンテのファンは1人だけではないのだ。

その頃ヴィーアンドクリームの奥の部屋では、2匹のトトネマに餌を与えているネフテリアが、何かを感じ取っていた。


「すごく微妙なラブの波動を感じる」

『キュ?』


そう呟いた後、籠の中でのんびり暮らしているトトネマに見送られながら、店内の方へと歩いて行った。その口に笑みを浮かべながら。

シャンテと頭をぶつけてしまった男はというと、頭に確かに残った感触と音を思い出していた。


(話しかけられるだけでなく、生接触まで。もう一生頭洗いたくねぇ。俺、今夜報告したら死ぬかもしれん……)


他国の密偵の中にも同じシャンテファン仲間がいる。実は少し離れた席に座っているその人物に、殺気混じりで睨まれているのだが、男は上の空で気づいていない。

と、そこへシャンテが戻ってきた。


「申し訳ございませんでしたー。こちらをお使いくださいねー」

「は、はいっ」(うおー注文以外での会話! もうだめだ幸せ過ぎて死にそう! っていうか全身見たらめちゃくちゃ可愛いな! さっきはビックリしたのと顔が近くて気づかなかったぞ!)


シャンテはフラウリージェ店員なので、手伝い用の服も自分で作った物となっている。つい最近完成したので、お披露目しながら手伝っているのだ。

作った服は赤い服に白いファーを沢山つけた冬服。裾はモコモコ、所々に大小様々な白い玉もつけて、とても可愛らしい装い。ミニスカートではあるが、白タイツを履いていて、とても暖かそうである。

もちろんアリエッタデザインの1つで、モチーフはサンタのコスプレである。


(これは報告する事が大量……ん?)


少しだけ気を落ち着けて、食事再開しようと思った所で、それに気がついた。


(なんだこの紙?)


先程フォークを置いた時、先に紙を敷いていた。それ自体におかしい所は無いのだが、問題はその紙。


(何か書かれている)


普通なら訝し気に見て、紙を手に取って読むのだが、この男はプロの密偵。慌てず食事を続けながら、さりげなくテーブルに置いたままの紙に書かれた文章を読んでいた。


「んぐっ!?」


危うく吹き出しそうになった所をなんとか抑えた。しかしフォークを持つ手が震えている。

このような所を他人に、特に他の密偵に悟られるわけにはいかないと、懸命に手と気持ちを抑えつける。


(落ち着け、沈まるんだ、俺の右手っ! まずは冷静にこのを見直すんだ! そしてさっきの状況も思い出せ!)


状況からして、この手紙を置いたのは、間違いなくシャンテである。目の前で丁寧にフォークを乗せたのだから疑いようもない。

手紙も文字も小さめで、隣のテーブルも離れているので、たとえ隣が密偵仲間でも、内容は見られないだろう。

そこまで考えたところで、男の食べる速度はかなり遅くなった。ドキドキして食べるどころではない。

男を睨んでいた他の密偵も様子がおかしい事には気づいていたが、先程の生接触があっては仕方がないと、不審に思う事はなかった。


(シャンテたんが俺だけに……だと? それだけで死にそうなのに、この手紙。俺はどうしたらっ……!)


頭の中はまったく冷静でいられていないのに、密偵としての習性だけは忘れない。自然な仕草で誰にも見られないように、手紙をそっと袖の中に隠していた。

その後なんとか食事を喉の奥に押し込んだ男は、真面目な顔で、しかしフラフラした足取りで、エルトフェリアを後にした。少し離れた瞬間、全速力でアジトの自室に入っていった。そして机に手紙を置き、現状を再確認する。


「はぁっ、んぐはぁっ……おおおおおおちおちつけ! まずは風呂だ。服は、服ふくふくうぼろえああああ!!」


これまで押し込めていた感情を爆発させるかのように、男は全力で転がりまわった。やや落ち着いたと同時に必死になって準備を始めるのは、これより1刻後の事になる。

机に置かれた手紙には、こう書かれていた。

『本日の閉店直前にフラウリージェへ来ていただけないでしょうか?

その時この手紙もお持ちください。店の者に話を通しておきます。

少し恥ずかしいので、他の方には秘密でお願いしますね。

シャンテより』


「恥ずかしいってなんなんだああああああ!!」

からふるシーカーズ

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