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九条のペーパーカンパニーの証拠を掴み
反撃の準備を整えていた私に、一通の動画メールが届いた。
震える指で再生すると、そこには公園で遊ぶ陽太を
少し離れた車の中から凝視する映像が映し出されていた。
『詩織。お前が「誠実さ」という端金を集めている間に、俺は「現実」というコストを支払った」
「…1時間以内に、10年前にお前が実家のために手を染めた、あの「グレーな資金調達」の原本を持ってこい。……場所は、あの場所だ』
……あの場所。
かつて、直樹の罠によって実家を失った父が
絶望のあまりに身を投げようとし
それを直樹が「救うフリ」をして私を縛り付けた、あの崖の見える高台。
「陽太……!」
私は叫び出しそうな喉を抑え、資料を掴んで家を飛び出した。
タクシーを飛ばし、辿り着いた高台には、冷たい海風が吹き荒れていた。
そこに立つ九条は、陽太を連れてはいなかった。
代わりに、屈強な男たちが周囲を固めている。
「陽太はどこ!? 陽太に指一本でも触れたら…っ」
「安心しろ。あの子は今、アイスを食べている。……お前が正しく『精算』を済ませるなら、な」
九条は、私の差し出したペーパーカンパニーの告発資料を一瞥もせず、火をつけた。
紙が灰になり、夜空に舞う。
「詩織。お前は数字に強いが、人間の『悪意』という利息を計算に入れていない。…お前が俺を告発すれば、俺もろともお前の『過去の罪』も世に出る。陽太は『犯罪者の息子』として一生を過ごすことになるぞ。……それが、お前の望んだ『清算』か?」
私は、絶望に膝をつきそうになった。
直樹が「弱み」として使った私の過去を、九条は「盾」として使っている。
1円の誤差も許さない私の正確さが、自分と息子を追い詰める凶器へと変わる。
「……九条さん。あなたは言ったわね、私を『本物』に育てたと」
私は、バッグの底に隠していたもう一通の封筒を取り出した。
「なら、知っているはずよ。……私が『損切り』を決めた時の、冷徹さを」
「……何?」
「あなたが燃やしたのは、ただのコピー。……本物は、すでに信頼できる第三者——かつてあなたが切り捨てた、あなたの『実の息子』の元に届いているわ」
「……あなたが最も恐れている、身内からの反乱。その引き金を、私はもう引いたの」
九条の顔から、余裕の色が消えた。
彼は知らなかった。
彼が隠し通してきた、過去の愛人との間にできた
「捨てた息子」が、今は私の協力者である九条グループの若手社員であることを。
「……自分の人生を、一円単位で管理してきたつもりでしょうけど。…あなたの『隠し負債』は、私だけじゃなかったのよ」
遠くでサイレンの音が聞こえる。
九条の表情が、初めて「一人の老人」のそれに変わった。
「詩織……お前は……」
「私は、あなたを超えたわ。九条さん」
私は背を向けた。
崖の下に広がる海は、10年前の絶望を飲み込み
今はただ静かに、夜明けを待っていた。
【残り54日】
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