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hotaru🌙
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深夜。執務室の机上で書類に目を通していた目黒の耳に、庭園へと続く勝手口の扉が微かに開く音が入った。
気配を消して外へと視線を向けると、亮平が周囲を憚るようにして夜の闇へ忍び出て行く姿が在った。
(…此の時刻に、何処へ…?)
柱時計の時刻を確認するも、やはり外出するには不自然であって。不審感に背を押される様に、目黒は黒い外套を羽織り、窓からそっと抜け出すと足音を殺して弟の後を追った。
屋敷から少し離れた、華族街の隅に佇む古い水車小屋の跡地。鬱蒼と茂る樹木に覆われた其の場所は、月光すら届き難い暗がりとなっていた。
「亮平様!」
其の場に先に到着していたのは、平民に紛れる様に質素な和服に身を包んだ──朔乃だった。
現れた亮平の姿を認めるや否や、彼女は其の胸へと飛び込んだ。
「朔乃…。」
亮平は慈しむ様に彼女を強く抱き締め、其の美しい髪に愛おしそうに指を絡めた。
「申し訳御座いません、亮平様…っ!私、お父様の言いつけを如何しても破る事が出来なくて…蓮様との婚約を受け入れるしかなくて…っ、」
「謝らないでくれ、朔乃。君の所為じゃない。…僕が、僕が長兄として生まれなかったからだ。…君を守れない、僕が悪い。」
朔乃は亮平の胸に顔を埋めて泣きじゃくり乍らも、悲痛な決意を言葉にした。
「私がお慕いしているのはずっと亮平様だけです。只、例え蓮様の妻に為ったとしても、目黒家には居れますもの。亮平様のお近くに居られるのなら、朔乃は何でも耐えてみせます。」
「朔乃、」
立場は違えど、同じ屋敷の中で愛する人の姿を追い続ける。そんな未来を選んででも彼女は亮平の傍に居ようとする健気な覚悟に、亮平は堪らず彼女を強く強く抱き締め、口付けを交わした。
木々の影から、目黒は其の光景を息を潜めて眺めていた。
(そうだったのか…。)
朔乃との顔合わせから目黒の中で感じていた違和感が、全て綺麗に繋がった。彼等は縁談の前から互いを深く愛し合っていた。そして今や、自分と云う存在が二人の未来を踏み躙ろうとしていたのだと。
愛の無い婚姻で弟とその想い人である朔乃の人生を歪める事等、今の目黒には出来なかった。
目黒は小さく息を吐くと、今尚抱き締め合う亮平と朔乃の前へと静かに近付いた。
「!…蓮、様…!?」
鬱蒼とした木々の影から音も無く姿を現した目黒に、朔乃がひゅっと息を呑む。朔乃の声に亮平も弾かれた様に振り返り、其の瞳を大きく見開いた。
「兄様…!」
亮平の声が震える。朔乃の顔からはスッと血の気が失われ、慌てて亮平の腕から離れると、地面に倒れ込む様にして深々と頭を下げた。
「蓮様!申し訳御座いません…どうか、どうか亮平様には御慈悲を…っ!」
「………。」
目黒は何も言わず、二人の姿を静かに見つめている。其の眼差しからは怒りも、憎しみも読み取れなかった。
其れは却って、二人にとっては何処迄も恐ろしいもので。
「…兄様…処罰は覚悟しております。其れでも朔乃嬢だけは、お赦し頂けませんか…!」
亮平が唇を噛み締め、庇う様に朔乃の前に立って云った。目黒の視線が、緩やかに弟へと移る。
軈て夜風に衣擦れの音を響かせ乍ら、静かに口を開いた。
「…私は何も見ていない。散歩をしていただけだ。」
其の一言だけを残し、目黒は躊躇い無く踵を返した。
「兄様…!?」「蓮様…?」
二人の呼ぶ声にも一切振り返らず、黒い外套の背中は夜の静寂へと溶けて消えていった。
二人の逢瀬を目の当たりにした翌朝。
目黒邸の静まり返った廊下に、何時になく早い足音が響き、寝室の扉が三度、短く叩かれる。
「御館様。」
「何だ。」
ホワイトシャツに袖を通し乍ら発した返事と共に扉が開き、姿見越しに現れたのはラウールだった。普段ならば如何なる時も隙を見せない其の表情が、僅かに強張っている。
「軍より、至急の命令が届いております。」
「…至急、か。」
ラウールが胸元から取り出したのは、赤黒い封蝋の施された一通の書状だった。
「先程、連隊本部より此方を。」
差し出された書状を受け取り、目黒は静かに刃を入れ、封を切る。 紙面へ視線を落とした瞬間、その漆黒の瞳が僅かに細められた。
「………。」
指定された部隊。出頭先。そして、あまりにも短過ぎる出頭期限。其処に記されていたのは、《本状を確認次第、直ちに本部へ出頭せよ》という緊迫した命であった。
「…臨時召集…。」
目黒の指先が、書状の端を僅かに強く摘む。大陸の戦況が急速に悪化したのだろう。軍人である以上、命令に異を唱える選択肢など最初から無い。目黒は書状を折り畳むと、静かにラウールへと手渡した。
「準備は?」
「既に手配済で御座います。」
「分かった。」
淡々とした声音。長年傍に仕えるラウールには分かっていた。目黒の背筋が、緊張と覚悟でほんの僅かに硬くなっている事を。
「……ラウール。」
「はい。」
「私の代わりに、『例の店』へ時計を受け取ってきてくれ。」
「畏まりました。何処を調整されたのかもお伺いし──」
「私のではない。」
ラウールの言葉を遮る様に、目黒が静かに云った。
「私が求めるのは、…康二の時計だ。」
其の名を口にした瞬間だけ、目黒の声から軍人の硬質さが消え、ほんの少しの柔らかさが宿る。 ラウールは一度だけ目を瞬かせ、深々と頷いた。
「、…承知致しました。」
「云えば、直ぐ解ってくれる筈だ。」
「はい。」
暫しの沈黙。早朝の静寂が二人を包む。
「…向井様には、何とお伝え致しましょう。」
其の問いに、目黒の瞳が僅かに揺れた。
無事に帰る──否、そんな保証は無い。
以前の出征と比べ、今回はあまりにも急過ぎた。
何処へ向かうのか。
何時戻れるのか。
…本当に無事に、生きて帰還できるのか。
目黒自身にすら分からない。
其れでも、向井に伝えたい言葉は一つだけ有った。
──会いたかった。
唯、其れだけだった。だが、其れを口にすれば、今直ぐにでも制服を脱ぎ捨てて店へ向かってしまいそうで…目黒は静かに目を伏せる。
「…余計な事は云わなくて良い。」
「畏まりました。」
ラウールは其れ以上、何も尋ねなかった。
着々と用意された軍服へと身を包んだ目黒は軈て、冷ややかな瞳を湛え、自身に云い聞かせるように口を開いた。
「…征くぞ。」
「はい。」
ラウールが重厚な扉を開ける。其の直前、目黒は一度だけ足を止めた。
「ラウール。」
「はい。」
「必ず、届けてくれ。」
「…滞り無く、務めさせて頂きます。」
其の言葉を聞き届けたと同時に、目黒は迷いを断ち切る眼差しで自室から一歩を踏み出した。
コメント
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えぇ〜🥹💕もう激アツ展開すぎて感情込み上げまくりです!!✨️ めめも段々と自分の感情に正直になってくれたら嬉しいですね✨️💕次回も楽しみにしています!!
作品、楽しく読ませていただきました!これからもご無理なさらないように頑張ってください!楽しみに待ってます!!