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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第218話:地獄のロケ企画会議〜道なき道をゆく狂気のサバイバル〜
北海道、帯広市。
家賃四万円、築三十年のボロアパートの四畳半に、鈍い呻き声が響いていた。
「……あだだだだ。膝が、膝の軟骨が消滅したかもしれない……っ」
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、湿布の強烈な匂いに包まれながら、畳の上で芋虫のように転がっていた。
昨夜、冷徹秘書である結愛(ゆあ)の命令により、二十五キロのロケ機材が入った巨大なバックパックを背負い、アパートの階段を百往復する予行演習を強行した結果だ。
エウリアン(絵画商法)に騙されて背負った500万円の借金を返すためとはいえ、月給10万円のヒモ社長に課せられた無給の労働条件は、あまりにもブラックすぎた。
『ルシフェル様、準備はいいですか。週末のロケに向けた、第一回企画会議を始めますよ』
PCのディスコードから、結愛の容赦ない声が飛ぶ。
俺は這うようにして三万円のゲーミングチェアによじ登り、モニターの前に着席した。
通話ルームには、結愛、海外スタッフのヨモ、最強AIアシスタントのジェミニ先生、そして今回のロケの主役である新人VTuber・日向(ひなた)が揃っている。
「……おう、始めよう。で、ジェミニ先生。同接五万人という異常な期待値を超えて、なおかつ俺たちの『経費ゼロ』という条件を満たすロケ地は、どこなんだ?」
俺が尋ねると、ジェミニ先生の無機質な合成音声が即座に答える。
『北海道の雄大な大自然こそが、最大の無料スタジオです。しかし、ただのハイキングコースではリスナーの期待を満たせません。必要なのは【過酷な環境】と【日向の異常なサバイバル能力】、そして【限界を迎える社長の悲鳴】です』
「俺の悲鳴はエンタメの必須条件なのかよ!」
『当然です。というわけで日向、貴方が普段から歩き慣れていて、なおかつ見栄えのする過酷なルートの提案をお願いします』
結愛に振られ、画面の向こうの日向が満面のアイドルスマイルを浮かべた。
『はいっ! それなら、日高山脈の麓にある、私がよく山菜を採りに行くルートがおすすめです! 川のせせらぎがすっごく綺麗で、景色は最高ですよ!』
「おお、川のせせらぎか。いいじゃないか。マイナスイオンたっぷりで、映像的にも映えそうだな」
俺は少しホッとして、湿布を貼った膝をさすった。
川沿いのなだらかな遊歩道を歩きながら、楽しくお喋りをする。それなら二十五キロの機材を背負った四十歳の俺でも、なんとか生きて帰れそうだ。
『はい! ただ、一つだけ問題があって……』
日向は、てへっ、と愛嬌たっぷりに笑ってこう付け加えた。
『そこ、人が通るような道が一切ないんです。川の中を直接ジャブジャブ歩いて登っていく、いわゆる【沢登り】のルートになっちゃうんですよね』
「……は?」
俺の思考が、一瞬だけ完全に停止した。
「さ、沢登り!? ちょっと待て、道がないってどういうことだ!? 川の中を歩くって、お前……俺は二十五キロの精密機械を背負ってるんだぞ!?」
『あはは、大丈夫ですよ社長さん! 水深は膝くらいまでしかありませんから! ちょっと苔で滑りやすい岩がゴロゴロしてますけど、私が手を引いてあげますね!』
日向の底抜けに明るい声が、今の俺には死神の宣告にしか聞こえない。
苔むした岩場。水深数十センチの川。二十五キロの機材。四十歳の衰えた体幹。
「転ぶ! 絶対に転ぶだろ! 俺が川に倒れ込んだら、数百万円の機材が全部パーになるんだぞ!!」
『ルシフェル様、ご安心ください』
結愛が、氷のように冷酷な声で告げた。
『もし社長が転倒しそうになったら、自身の肉体をクッションにして、機材だけは絶対に水に濡らさないよう水面に背中から落ちてください。機材には保険が効きませんが、社長の骨折には労災が下りる可能性がありますから』
「機材より俺の命の優先度が低い!! 鬼かお前は!!」
『……あー、社長ぉ、川に落ちて叫ぶシーンとか絶対海外でバズるっすよぉ。最高の切り抜き動画作れそうっすねぇ……ふわぁ』
ヨモまでが気だるげな声で容赦なく追い打ちをかけてくる。
『……ルシフェルさん、冗談抜きでこのルートは最適解です』
ジェミニ先生が、モニターにそのロケ地の地形図と3Dマップを表示した。
『この沢登りルートは、両脇を切り立った崖と原生林に囲まれており、映像としての【秘境感】は抜群です。大手事務所が数百万の経費をかけて遠征するような絶景が、車で一時間の距離に無料で転がっているのです』
マップを見れば、確かにそれは息を呑むような大自然の絶景だった。
これを高品質なカメラとジンバルで撮影し、日向の可愛いアバターと合成すれば、間違いなく伝説の配信になる。
「……わかったよ。沢登りルート、採用だ。俺の命と膝の軟骨と引き換えにな」
俺はギリッと奥歯を噛み締め、痛む胃を押さえながら承諾した。
「で、企画のメインコンテンツはどうする? 頂上まで登って、ただヤッホーと叫んで終わるわけじゃないだろ?」
俺の問いに、日向が元気いっぱいに手を挙げた。
『はいっ! 今回のテーマは【究極の自給自足サバイバル】です!』
「自給自足?」
『はい! ロケに持っていく食料は、お水と少しの調味料だけ! 沢を登りながら、周りに生えている山菜を私が見つけて現地調達します! そして目的地の滝壺に着いたら、サバイバルナイフ一本で火を起こして、絶品の山菜料理を作って食べるんです!』
「おお……っ!」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
大自然の中での現地調達、からの焚き火飯。
これぞアウトドア企画の王道であり、リスナーが最も見たい「リアルなサバイバル」だ。
『素晴らしい企画です、日向。経費削減の観点からも完璧です』
結愛が、珍しく手放しで褒め称えた。
『タレントと裏方の食費すら、大自然からの現地調達で無料(ゼロ)にする。究極の低予算ロケですね。ルシフェル様の配給用の玄米すら持っていく必要がなくなりました』
「ちょっと待て、俺の飯も山菜だけなのか!?」
俺が抗議すると、日向が画面の向こうで申し訳なさそうに眉を下げた。
『あ、あの……社長さん、ごめんなさい。私が採った山菜を食べるのは、配信に映る私(のアバター)だけなんです。社長さんが食べる分まで採る時間はないかもしれないので……社長さんのご飯は、各自で用意してくださいって結愛さんに言われてます』
「なんだと!?」
俺はディスコードの結愛のアイコンを睨みつけた。
『当然でしょう。ヒモ社長の分際で、ロケ先でタレントに飯を恵んでもらおうなどと甘い考えを起こさないことです。社長は配給された塩昆布を持参し、川の水でも飲んで飢えを凌いでください』
「俺は山に塩昆布だけ持って行くのかよ! 遭難した修験者か!」
俺の悲痛な叫びに、日向が慌ててフォローを入れる。
『だ、大丈夫ですよ社長さん! もしお腹が空いたら、川岸にいるカエルとか、大きめのバッタを捕まえて焼いてあげますから! タンパク質は豊富です!』
「いらん! 頼むから俺に野生のゲテモノを食わせないでくれ!」
絶叫する俺を他所に、企画会議は着々と進んでいく。
ロケのタイムスケジュール、カメラのバッテリー交換のタイミング、ヒグマに遭遇した際のエスケープルート。
ジェミニ先生の冷徹な計算と、日向の異常なサバイバル知識が組み合わさり、かつてないほど過酷で、そして最高に見栄えのするロケ企画が完成していく。
「……よし。これで全部だな」
深夜。すべての打ち合わせを終え、俺は深く息を吐き出した。
二十五キロの機材を背負い、苔むした川の中を歩き、食料は塩昆布のみ。
四十歳のオッサンには死刑宣告に近い過酷なロケだ。
だが、俺の胸の奥底には、ヒモ社長の惨めさを吹き飛ばすような、ギラギラとした熱い興奮が燃え上がっていた。
『ルシフェル様、泣いても笑っても、本番は明後日です』
結愛の声が、静かに四畳半に響く。
『インフィニティ・ワンの社運と、社長の500万円の借金返済。すべては、このロケの成功にかかっています。……死ぬ気で、カメラを回してきてください』
「言われるまでもない。絶対に、伝説の映像を撮ってやるさ」
俺は三万円のゲーミングチェアから立ち上がり、部屋の隅に置かれた巨大なバックパックを見下ろした。
これを背負って、大自然という名の魔境に挑む。
エウリアンにすべてを奪われた俺の、正真正銘の逆襲劇。
北海道の雄大な山を舞台にした、大型新人VTuberと限界社長の地獄のサバイバルロケが、いよいよ幕を開けようとしていた。
コメント
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うわあ、もう企画会議から地獄の始まりって感じで笑ったわ…!日向の「道がないんですよね」からの沢登り発言で一気に絶望に突き落とされる社長、最高に面白かったです。結愛の「機材より社長の命の優先度が低い」発言もブラックすぎて震えた。でも最後の「伝説の映像を撮ってやる」って燃え上がるところ、ギャップが熱い…!このロケ、絶対見たいです🔥