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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第219話:ロケ前夜の絶望算数〜限界社長、生存確率2.5%への反逆〜
北海道、帯広市。
家賃四万円、築三十年のボロアパート。
「……重い。なんだこれ、本当に鉛でも入ってないか……?」
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、四畳半の畳の上に鎮座する巨大な物体を前に、全身から脂汗を吹き出していた。
明日はついに、アウトドア特化型VTuberチーム『やまむすめ』の第一回ロケ当日である。
目の前にあるのは、軍用の大容量バックパック。
その中には、今回のロケで使用する機材一式が、テトリスのようにギッシリと詰め込まれていた。
4K画質で撮影可能な最新アクションカメラ二台。
映像のブレを完全に吸収するジンバル。
長時間のロケに耐えるための予備バッテリー十個。
スマートフォン充電用の巨大なモバイルバッテリー三台。
さらには、万が一の滑落に備えたファーストエイドキット、緊急用のロープ、そして大型の熊よけスプレー。
経費削減のため、これらすべてを無給のカメラマン兼荷物持ちである俺が背負うことになっている。
俺は意を決してバックパックの肩紐を掴み、気合と共に持ち上げようとした。
「ふんぬぅぅぅっ!!」
ズンッ、と。
凄まじい質量が俺の腰と膝にのしかかる。
関節という関節がミシミシと悲鳴を上げ、立ち上がるだけで息が切れ、視界の端がチカチカと明滅した。
総重量、約二十五キロ。
陸上自衛隊の需品科時代に背負っていた背嚢とほぼ同じ重さだが、あの頃の俺は二十代の現役隊員だ。
エウリアン(絵画商法)に騙されて500万円の借金を背負い、部下からの配給である塩昆布と玄米だけで生き延びている四十歳の虚弱な肉体には、完全にキャパシティを超えた暴力的な重さだった。
『ルシフェル様。どうやら無事に機材のパッキングは終わったようですね』
PCのディスコードから、我が社の冷徹秘書・結愛(ゆあ)の声が響いた。
「終わったよ……。でもこれ、マジで殺人的な重さだぞ。アパートの階段を百往復する特訓はやったけど、実際の山道、しかも沢登りの苔むした岩場をこれで歩くなんて、絶対に不可能だ……」
俺が床に這いつくばったまま泣き言を言うと、通話ルームに参加していた海外スタッフのヨモが気だるげに鼻で笑った。
『……あー、社長ぉ、明日はリスナーの期待値がマックスになってる大事な初陣っすよぉ。社長が川に落ちて機材水没させたら、うちの会社一発で倒産っすからねぇ……ふわぁ』
「わかってる! だからこそプレッシャーで胃がねじ切れそうなんだよ!」
『……ルシフェル様』
結愛が、いつもの氷のようなトーンを少しだけ和らげ、珍しく真剣な声を出した。
『冗談抜きで、明日のロケは我が社の社運を懸けた大勝負です。日向のポテンシャルは完璧ですが、社長が途中で倒れればすべてが水泡に帰します。社長の体調管理は、秘書である私の責任でもありますからね』
結愛の言葉に、俺は少しだけ感動した。
いつも俺をヒモ扱いして罵倒してくる彼女だが、心の底では俺の体を心配してくれているのだ。
『ジェミニ先生。明日のロケにおける、社長の生存確率の最終シミュレーション結果を出してください』
だが、結愛の次のセリフで、俺のささやかな感動は一瞬で吹き飛んだ。
『了解しました。日向と共に、沢登りルートにおいて二十五キロの機材を運搬した場合の、ルシフェル社長の生存確率を算出します』
最強AIアシスタントのジェミニ先生の無機質な音声が、四畳半に響き渡る。
『条件一。社長の現在の栄養状態。過去一週間の主食が玄米と塩昆布のみであり、深刻なタンパク質およびカロリー不足に陥っています。これにより、入山から四十五分で筋肉中のグリコーゲンが枯渇し、足が動かなくなる確率が75パーセントです』
「四十五分!? まだ入り口付近じゃないか!」
『条件二。路面状況。苔むした岩場と水深数十センチの川を歩行するため、二十五キロの重心移動に耐えきれず転倒・滑落する確率が60パーセント。さらに、機材をかばって背中から落ち、腰椎を骨折する確率が40パーセントです』
「骨折前提の計算やめろ!」
『条件三。ヒグマとの遭遇。この時期のヒグマの活動エリアと見事に重複しており、遭遇率は15パーセント。社長の運動能力では逃げ切ることは不可能です』
ジェミニ先生は、俺の悲鳴を一切無視して冷徹にデータを読み上げ続ける。
『これらすべての悪条件、および社長の加齢による心肺機能の低下を総合的に計算した結果……』
ゴクリ、と。
俺は生唾を飲み込んだ。
『明日のロケにおける、ルシフェル社長の生存確率は……【2.5パーセント】です。逆に言えば、97.5パーセントの確率で、過労による心停止、滑落死、またはヒグマによる捕食のいずれかの結末を迎えます』
「に、にてんごパーセントぉぉぉっ!?」
俺は悲鳴を上げて頭を抱えた。
生存確率2.5パーセント。それはもはや、ロケではなく公開処刑である。
『……ルシフェル様』
結愛が、まるで遺言を聞くような、しめやかな声で呼びかけてきた。
『万が一の事態に備え、法人口座のパスワードと、会社名義の生命保険の受取人変更手続きだけは、今夜中に終わらせておいてください。社長の犠牲は、私がインフィニティ・ワンの利益として永遠に語り継ぎます』
「ふざけるな! 誰が死ぬか! 俺は絶対に生きて帰ってくるからな!!」
俺は四畳半の畳を力強くバンッと叩いた。
「俺はインフィニティ・ワンの代表取締役社長だ! うめお先生に三億円の器だと言われた男だぞ! ここでヒグマの餌になって、生命保険で会社を救うなんてオチ、絶対に認めるもんか!」
俺は立ち上がり、壁に立てかけられた300万円の版画を真っ直ぐに睨みつけた。
桜舞う美少女。星空の美少女。サイバーパンクの美少女。
俺をどん底に突き落とした、極彩色の悪魔たち。
「見てろよ……。俺は絶対に、明日のロケを大成功させてやる。同接五万人だろうが十万人だろうが、最高の景色と最高のエンタメを届けて、お前らの借金を一円残らず叩き返してやるからな!!」
俺の腹の底から湧き上がる怒りと執念が、恐怖と絶望を完全に塗り潰していく。
生存確率2.5パーセント?
上等だ。
陸上自衛隊の需品科で叩き込まれた根性と、ヒモ社長の意地を舐めるな。
『……ふふっ。その顔です、ルシフェル様』
ディスコードの向こうで、結愛が満足そうに笑ったのがわかった。
『社長がそこまで命を懸けるというのなら、私も裏方として完璧な広報とバックアップをお約束します。明日は、インフィニティ・ワンの歴史が変わる日になりますよ』
『……あー、社長ぉ、明日は世界中が注目してるっすからねぇ。ま、死なない程度に頑張ってくださいよぉ……ふわぁ』
部下たちの熱い(そして容赦のない)エールを背に受け、俺は深く深呼吸をした。
明日の朝には、あの体力バケモノの野生児・日向と合流し、そのまま道なき道の沢登りへと突入する。
限界ギリギリの肉体。
極限のプレッシャー。
そして、大自然という名の予測不能な魔境。
40歳のオッサンが人生のすべてを懸けた、最高に泥臭くてブラックなサバイバルロケの夜明けが、静かに、だが確実に近づいていた。
コメント
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うわあ…この回、めっちゃ好きです。 生存確率2.5%って、もはやホラーゲームの初期ステータスじゃないですか(笑) でも、そこで「上等だ」って立ち上がる社長、かっこよすぎますよ。 結愛がわざと確率を言って社長の闘志を引き出してる感じ、最高の関係値だなあって思いました。 明日のロケ、心臓バクバクしながら読みますね。絶対成功させてほしい…!!