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萩原なちち
「久々に聞いた、それ。悪代官じゃん」
いつきくんがケラケラと笑う。それを見て、だいきくんもようやく毒気が抜けたように笑顔になった。
……ほんと、この人。まだいつきくんのこと好きなんじゃないの?
たまに距離感がバグっているのを見ると、少しだけ心配になる。
「じゃあ俺、一度着替えてから、もう一回いつきくんの家に来るよ。一緒に会社行こう?」
「いや、絶対間に合わないっしょ。俺といつきくんの仲良しツーショ送るんで、それで我慢してください」
突き放して意地悪したつもりだったが、だいきくんは「それもアリ……」と言わんばかりに満更でもなさそうだ。
忘れてた。この人、男同士のそういう「供給」が大好きなんだった。
「……なんか。二人といて良かったです。一人で昨日の写真見つけてたら、今頃本当に新幹線で殴り込みに行ってるところでした」
渋るだいきくんを玄関から押し出して、いつきくんと二人、ゆっくりと朝食を再開する。
最近のいつきくんはどこか「お父さん」みたいな包容力があって、一緒にいると異様に落ち着くんだよな。
「よく見たらこれ、偶然手が触れただけじゃない? ゆうたくんの方からぎゅっと握ってたら問題ありだけど、そうでもなさそうだし。気づいてないから普通に送ってきたんだろうし」
「……ほんと、そうっすよね」
言葉では同意したものの、胸のうちはまだ沈んでいる。
ゆうたさんの切実なメッセージを無視して眠り続けた自分。一瞬でも彼を疑った自分。
そして、イケメンが合流したことを未だに何も言ってこないゆうたさんに、モヤモヤしている自分。
「また少ししたら、三人から写真送られてくるんじゃない? テーマパークで楽しそうにしてる写真。……ほんと、楽しみだね」
大盛りのフルーツを頬張りながら、本心からニコニコ笑ういつきくんに、毒気を抜かれた。
「……それ、楽しみにして今日も一日頑張りますわ」
「そう、その意気だよ、いっちゃん。グジグジ考えたって仕方ない」
「起こってもないことグジグジ言って、りゅうせいを怒らせたのはどこの誰っすか?」
「うわぁ、耳が痛い!」
家を二人で出た直後、だいきくんから「仲良しツーショ催促」のメッセージが届いた。
タイミングが良すぎて、本当は近くに潜んでるんじゃねぇかと思うレベルだ。
俺は仕方なく、いつきくんの家の前で撮った撮りたての自撮りを送りつけた。
『クソかっこいい。最高で最強』
だいきくんから即レスが来たと思ったら、通知が来たのはグループLINEの方だった。
おい、なんでわざわざそっちに俺らの写真と「最高」とか返信してんだよ。
『どういう事?』
まず食いついてきたのは、しゅうとだ。
『いっちゃんが着てるの、いつきくんのスーツじゃない?』
続いて、りゅうせいの不穏な一言。
『だいきくんいないの? なんで二人きりで朝出勤してんの!!』
スマホの画面越しでも分かる。
大阪にいるはずのりゅうせいの咆哮が、今にも聞こえてきそうだ。
「いつきくん、ヤバい。りゅうせい、ガチオコなんだけど……」
俺の隣で画面を覗き込んだいつきくんが、顔を引きつらせる。
「……二人がうちに泊まったこと、まだ言ってない」
「うわぁ……。修羅場すぎんだろ……」
「……ちょっと、電話してくる」
さっきまでの余裕はどこへ行ったのか。いつきくんは顔面蒼白で、スマホを握りしめて列の外へ飛び出していった。……ウケる。
その背中を見送っていると、俺のスマホが震えた。
『おはようございます。いつきさん』
心臓が跳ねた。
昨日の返事も返してないし、今朝の「おはよう」も送り忘れてた。
マジかよ。色々と考えすぎて、一番必要なことをすっ飛ばしてる。
これ、前もやったな。付き合う前に謝るタイミングを見失って、一週間一人で考え込んで死にそうになってたっけ。
しかも、これ個人LINEだ。
りゅうせいみたいにグループLINEで暴れてくれた方がまだ笑えるのに。
何も言わずに個人で来るってことは、これ、ガチで怒ってないか? ゆうたさん。
『おはようございます、ゆうたさん。昨日はあれからよく眠れましたか?』
震える指で返信すると、すぐに既読がついた。
『あれから少し夜更かししてしまいました。いつきさんはよく眠れましたか?』
一見丁寧だが、行間から「誰のせいで夜更かししたと思ってるんですか?」という圧を感じる。俺は必死でキーを叩いた。
『また悪酔いしていつきくんに迷惑をかけてしまいました。おかげで朝までぐっすりです。ちなみにだいきくんは床で朝までぐっすりだったようです。メッセージ気づけなくてごめんなさい。これも全部、俺に酒を飲ませた上司のせいです』
全部だいきくんのせいにして、送信。
……数秒後、返ってきたのは、予想外に柔らかな言葉だった。
『そうですね。今からりゅうせいくんとしゅうとさんに八つ当たりしておこうと思います。お仕事頑張ってくださいね。お土産、楽しみにしていてください』
「うはぁ……、かわいい」
思わず口角が緩む。
怒ってると思いきやこの絶妙なフォロー。やっぱり俺、この人には一生勝てねえ。
「いっちゃんって、そういう顔してメッセージ打つんだね」
後ろから声がしたと思ったら、電話を終えたいつきくんがニヤニヤしながら覗き込んできた。
「……っ、恋する男なんてみんなこんなもんでしょ。いつきくんだって、絶対毎日こんな顔してるはずですよ」
「……まあ、否定はしないけど」
「てか、もうりゅうせいと仲直りしたんすか? いつも思ってたんすけど、早すぎません?」
「……まあ、ちょっとね。最近使い始めた『魔法の言葉』があって」
いつきくんの得意げな顔。……嫌な予感がする。
「……どうせ、『愛してる』とか、そういう直球のやつでしょ?」
「えっ?! なんでいっちゃん分かるの!? エスパー?!」
「んなもん、すぐに分かりますよ。恋愛に関しては、りゅうせいもいつきくんもアホ丸出しなんですから」
「いっちゃんひっど! でも、その通りかもしんない」
ふふって、デレデレした顔で笑ってんじゃねえよ。
……まあ、仕事に関しては二人とも驚くほど頼れるやり手なのは認める。
悔しいから、絶対口には出してやらないけど。
「やあやあ、おふたりさん、二度目のおはよう」
「挨拶キモ」
「いっちゃん、だいきが泣いちゃうから!」
会社に着くやいなや、だいきくんが上機嫌で近づいてきた。
そういえば、しゅうとからグループLINEに反応がなかったな。流石にあの後、言ってないって事はないから、あいつも、個人LINEでだいきさんをきっちり「処刑」したクソ甘いタイプだったのか。
「りゅうせい、いつまで有給っすか? 俺、行ってみたい店あって」
「明日まで半休で、昼から出社するって言ってたよ。しゅうちゃんも一緒に帰ってくるみたい」
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